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浜夏の家3


 浜夏隼人という青年を見た瞬間、柊は頭の中にモヤシを思い浮かべた。

年は十六、七くらいだろう。背こそ隣の逞しい男ほど高いくせに、色が白くてやけに線が細い。

まるで成長し過ぎたモヤシのようだ。

 観察していると目があって、微笑まれ柊は視線を逸らした。

モヤシは柊にとって最も身近な存在だ。節約が必須だった田中家にとって、安価で腹持ちのよいモヤシは貴重な食材だった。

だが、人間版のモヤシとは仲良くなれそうにもないと柊は思った。

モヤシはこれ以上にないほどニコニコとしていた。主に李樹を見ながら。

「君が華子叔母さんの娘さんか。すごくかわいいね」

骨張った手が李樹に向かって伸ばされる。柊の脳裏でその手が何度払っても伸ばされる脂染みた指と重なった。

「触るなっ」

気が付けば姉に伸ばされた腕を払い落としていた。思ったよりも乾いた音が鳴った。

「いつっ」

隼人が打たれた手を抑える。

痛みを堪えるその姿にはっと柊は我に返った。

もう一人の逞しいほうの男が隼人の手を取る。長い指にはうっすらと血がにじんでいた。柊の爪が引っかけたのだ。

「隼人」

「大丈夫。少しびっくりしただけだから」

隼人は心配げな男に笑ってみせる。

 今度は柊の方を向いて隼人は苦笑した。

「そんな顔しなくてもいいよ。本当にびっくりしただけだから」

 柊は眉を寄せた。

そんな顔?どんな顔をしているって言っているんだ。こいつは。

「ちが・・・」

急に柊の視界に靄がかかってきた。手足の力が抜けて立っていられなくなる。

「柊?」

すぐ後ろで李樹の声がする。

 だめだ。体が言うことを聞かない。少しずつ体の感覚が遠くなっている。

 俺が李樹を守らないといけないのに。言うことを聞かない自分の体が悲しくて憎たらしい。

「大丈夫か?」

 最後に感じたのは優しい囁きと自分を抱き留めてくれる力強い腕だった。

 頭の中で父親が生きていたころの懐かしい記憶が蘇る。死んだ父親がいつもしっかりと抱き上げてくれていたから柊は安心して身を委ねていたのだ。

 父親が死んだとき、まだ柊は幼かった。そのせいか断片的しか思い出がない。だからこそ、時とともに忘れられていく思い出を、何度も何度も頭の中で繰り返して忘れないようにしていた。

「やばい、熱中症じゃないか」

 完全に意識を失った柊の体を抱え隼人は慌てる。少年らしく細くて小さい体はくったりとしている。

「隼人!」

 李樹は涙目だ。

「隼人さん、その子を家に運びなさい」

「隼人、運ぼう」

 航太郎の得意先である老婆が家を貸してくれた。野球部で熱中症の処置に詳しかった航太郎の指示で、老婆から借りたアイスパックで脇や首筋を冷やす。

 しばらくすると老婆が呼んでくれた近所の医者が駆けつけてきた。

「倒れたというのはどの子だね」

「先生、ここです」

 航太郎が近所でクリニックをやっている園田という初老の医者を案内した。

「おや、ここらの子じゃないな」

 狭い町だ。町の住人はだいたい園田の患者のようなものだ。見知らぬ少年と少女がいればすぐに気が付く。

「私のイトコたちなんです。先生、お願いします」

 隼人の血縁者だと聞いて園田は驚いた表情で二人をまじまじと見た。

 一通り柊の様子を診て園田が下した診断は簡潔だった。

「疲労だね。大丈夫、これなら充分に睡眠と栄養を取れば治るよ。夏バテにでもなっていたのかな。君がお姉さんかな? 弟君は最近食欲がなかったんじゃない?」

 李樹は心配そうに弟の寝顔を見守っていた。

「柊、ここのところあんまり食欲がなかったんです。夜も眠れないらしくて」

 白い指が弟の額に掛かった髪を払ってやる。その姿はさながら母親のようだ。

(そうか・・・。叔母さんが亡くなったばかりだったからな)

 この二人はつい最近母親を亡くしたのだ。隼人は日頃あまり母親の存在を感じることはないが、それでももう会えないとなれば悲しいだろう。

 李樹の華奢な肩が余計に弱弱しく見えた。

「栄養剤の一本でも打っておこう。後はこのままゆっくり家で寝かせてやりなさい」

 帰っていく園田に隼人は頭を下げた。老婆にも礼を言う。

「三坂さん、ご迷惑をおかけしてしまってすみません。ありがとうございました」

「いいんですよ、隼人さん。それよりイトコさんたちをゆっくり休ませてあげなさいな」

 航太郎が父親に頼んで車を出してもらうと言った。

「助かるよ、航太郎」

「親父はお前のことなら喜んで受けるよ」

 航太郎の父親である清水酒店の店主は隼人のことをとても気に入っているのだ。日頃から航太郎に「おい、航。今日は隼ちゃんは遊びに来ないのか?」とうるさく聞いてくる。時にはそれ以上のことを聞いてくるから航太郎も困っているが。

「李樹、航太郎のおじさんが車出してくれるっていうからそれに乗せてもらおうか。家まで結構あるんだ」

 李樹は隼人に深く頭を下げた。

「隼人さん、何から何まですみません」

「気にしないで。私が約束の時間に遅れてしまったのが悪いんだから。待たせてごめんね」

 隼人は優しく李樹の肩を抱いた。一瞬、李樹の肩がびくりとした気がして放す。

「ごめん、ちょっと馴れ馴れしかった?」

「いえ、あの。・・・あまり、人から触られるのに慣れていなくて」

「ああ、だから柊も私の手を払ったかな。悪いことしちゃったな」

「い、いえ!!いつもは苦手なんですけど、隼人さんは嫌な感じじゃなかったです!今のは、その、緊張してしまって」

 恥じらう姿も可愛らしいと隼人は思った。白い滑らかの頬にほんのりと朱が交るのが初々しい。

 背後からため息が聞こえた。振り返ると柊を抱えた航太郎が物言いたげな目でこちらを見ていた。

「航太郎くん、言いたいことがあるなら言いなよ」

「言っていいのか」

「いや、言わないでください」

 隼人はこれ以上ない笑みを浮かべて言った。


 

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