土野鹿路が目を覚ますと……
僕、土野鹿路にとって、式神とは手が届かない位置にある存在だった。1人の人間には原則として五行のうちの1つの元素しか使えない。だから、それを埋めるために使う物である。水の陰陽師が土が苦手なので木の式神を使ったり、逆に火の陰陽師が他の五行の4つを式神として使うような物である。つまりは自分にはない五行を補うために使うのが式神であるけれども、それが誰にでも使えるのであれば苦労はない。
元々、式神とは式の札を使って、幽霊や妖怪を格の高い状態で式として使う方法である。つまりは幽霊か妖怪が納得しない事には使えない。こちらの実力を相手側が認めなければ、意味は無い。下級陰陽師である僕なんかに式神として仕えてくれる者なんて居ない。前に数回試した事もあったが、式神が出る事はなかった。要するに僕の実力不足と言う事なのだろう。
知り合いの木の陰陽師、木祓呂椿に貰った式神の札も、自分が実力不相応と思っているので防御用に失敗した式神の札を貰っていた。あんなのでも気を込めているから、防御として使えるのである。
だから、眠りから目を覚まして、
「あっ! ご主人様! やっと起きてくださったんですね! ハクコは幸せです!」
目の前にある光景が理解出来なかった。
目の前には、美人系の女性が心配そうな顔で覗き込んでいた。白い髪を腰まで伸ばしていて、出る所は出ていて引っ込む所は引っ込んでいるモデル体型。白地に裾の辺りは赤色の巫女服を着ている身長の高い美人さん。頭には髪と同じ色の狐を思わせる耳、そして背中から見え隠れする5本の真っ白なふわふわな狐の尻尾。
「あなたは……」
「あっ、そうでしたね。申し訳ございませんでした。
私の名前はハクコ。土野鹿路様の式神で、白狐です」
☆
後から聞いた話によると、僕を土野家に運んだのはこの、僕の式神と名乗るハクコだそうだ。どうも、椿から貰った式神の札のどれかが偶発的に作用してこの、僕には似合わない狐の妖怪の式神、ハクコが出て来たらしい。
……まぁ、ハクコからしたら
「いえ、これは偶然なんかではありません! 例え鹿路様が信じないとしても、私と鹿路様の間には切っても切れない、目には見えない式神と主の金剛石よりも硬い絆があるんですよー」
と顔を赤らめつつ、くねくねと身体を揺らしながら照れていた。
「まさか、俺らの中で一番最初にお前が式神を手に入れるとはな。イラつくが、ここは幼馴染として素直に喜びの言葉を送ってやるよ」
「そう言うなよ、蒼炎」
と、俺は見舞いに来てくれていた幼馴染の陰陽師、火成蒼炎にそう答える。蒼炎は俺と同年代の陰陽師であり、同じ陰陽師を師としていたから交流も深い。自分としては、この努力家の陰陽師がいつか式神を手に入れると思っていたから、その前に自分が手に入れているのに自分自身が驚いているくらいである。
「僕なんかが式神を手に入れた事自体、今でも信じられないんだよ。師からは、蒼炎の方が式神を先に手に入れるだろうって言われていただろ?」
「あの人はそう言ってたな。まぁ、一番早く式神を手に入れるとしたらと言う問いには、いつの間にか消えている綱紀を指名していたがな」
と、顔を歪ませながらそう口にする蒼炎。綱紀こと金剛院綱紀もまた、僕達と同じように同じ陰陽師を師と仰いだ間柄である。どうも僕が寝ている時に見舞いに来たみたいで、起きる前に帰っていたとかなんとか。
「まぁ、綱紀も忙しいんだよ。きっと事情があるんだよ」
「お前は甘いぜ。きっと女の所に行ったんだな。今日は確か……火曜日だからキャリアウーマンの所か。
全く……。陰陽師ならば陰陽師としての責務を果たすため、日々精進をして欲しいがな。まぁ、お前は今はゆっくりと休め」
「これ以上居たら疲れるだろう」と言って、帰るために立ち上がる蒼炎。「折角来てくれたんだから、送るよ」と言うと、「イラつくぜ。お前は休んどけ」とキツイ顔で言われてしまった。最も、彼なりに気を遣った言葉だと分かっているけれども。
「じゃあな、元気にしとけよ」
そう言って、蒼炎は帰って行った。そして1人残される僕。いや、式神を手に入れたから1人じゃない、か。
「鹿路様。あの失礼な言い方をする陰陽師の言う通りです。今はしっかりと休んで、英気を養ってくださいませ。その間のお世話は不肖、式神であるこのハクコが務めさせていただきます」
そう言って、布団を取って僕にかけようとするハクコ。いくらなんでも式神とは言え、そんな事はさせられない。
「いや、式神とは言っても、こっちがわざわざ来て貰っているんだからそこまでさせるのは……」
そう言うと、何故か涙を流すハクコ。
「う、嬉しいです。ハクコ……式神をここまで大事にしてくれる主に巡り合えた事を、水と天に感謝します! さぁ、鹿路様! そんな事はお気になさらずに、全ては鹿路様の式神であるハクコにお任せくださいませ!」
「さぁ! さぁ!」と急かすよう言うハクコに逆らえず、僕はそのまま横になってうとうとと眠りにつきはじめる。
「お休みなさいませ、鹿路様。今はゆっくりお休みくださいませ」
彼女はそう言いながら、うっとりとした顔でこちらを見ているのであった。




