火成蒼炎は土野家にお見舞いに行く(2)
「と言うより……おい、綱紀。お前、なんでここに居るんだ?」
と、俺は金剛院綱紀に聞く。
「酷いな~、そうちゃんは、さ。わたくしだって幼馴染の陰陽師のろくちゃんが倒れたんだから、お見舞いに来ただけですよ。一応、わたくしだって幼馴染が倒れたらそりゃあもう心配するに決まってるじゃないですか~」
「いつも女の子の間を転々としている色魔の金剛院綱紀にはその台詞は似合わないと思うんだが……。腹立たしいから」
「それを言われちゃあ、わたくしも返す言葉が無いと言うか。お終いだと思うんだけれどもね」
アハハー、と力なく綱紀はそう笑っていた。
金剛院綱紀の女癖の悪さは筋金入りだった。月曜日は女医、火曜日はキャリアウーマン、水曜日はアイドル、木曜日はキャバ嬢、金曜日はモデルと、日替わりで女の間を寝泊りしているくらい、女癖が悪い。そんなこいつが、お見舞いとか何だか信じられないのだけれども……。
「けどね、こうちゃんは分かってないんだよ。女の子って言うのはね、柔らかくて可憐で、それでいて美しい。触れたりしているだけで、本当に良い物だよね。神様が男性と女性に性別を分けたのは、そう言った美しさを知るために分けてくれたんだと思うよ。いやー、女を知らない男は人生の60%を損していると思うね」
「そんなのは関係ないとは思うがな。……って言うより、女より陰陽師としての活動をきちんとして欲しいと皆が思っているけれども」
「女を知らない子供なこうちゃんにとやかく言われたくはないんだけれどもね」
「て、てめぇ! 子供とか言うな!」
イラついた俺は火の気を操って火の剣を作り出して、綱紀に斬りかかる。けれども、その剣は綱紀の操る金の腕で防がれてしまっていた。
「おっと、危ないじゃないか。そうちゃん。僕がこの金で作った義手が無かったら、防げなかったよー」
「てめぇ、綱紀……。義手の意味を分かってないんじゃないか? 義手ってお前のように五体満足の人物が使う物じゃねえし、そんな無駄に硬くて金色な義手を使う物じゃないぞ?」
「子供だなぁ、そうちゃんは。義手って言う物は、手がない人の使う物じゃないんだよ。手が使えない人の使う物なんだよ。自前の手は、ちょっと自信が無くてね。その分、この金で作った硬い腕を愛用して居る訳さ。
勿論、操作も多種多様に出来るよー。なにせ、箸を持ったりする繊細な動きや、女の子を喜ばせる動きもこの金の腕で行えるように、精一杯努力したからね……」
何故、こいつが自前の手を使わずにそんなまがい物の腕を使っているのかは分からんし、知りたくもない。けれども、自前の手を複雑なリモコン操作で操ってまで、その金で作った硬い義手を使っているのは、変態だと俺は思った。
「まぁ、そんな事よりも鹿路君だよ。聞いたかい、あの話」
「あぁ、水鬼が金鬼になったって話だろ。聞いているさ」
「だとしたら、可笑しいんだよね。いや、鬼の性質が変わると言うのも可笑しいんだけれども、もっと可笑しいのは"水鬼から金鬼になった"事そのものだね」
「どう言う事だ?」
綱紀の説明に納得出来なかった俺は、そう聞く。
「そうちゃんも相生の関係はご存じだよね。
木が燃えて火となり、火が灰になって積み重なり土に還る。土は金を含み、金属の表面には水が生じる。そして水は木を育てる。これが陰陽道における自然哲学さ」
綱紀が言っているのは陰陽師にとっては、誰もが知る五行の法則だ。順送りに相手を生み出して行く、陽の関係を相生、相手を打ち滅ぼして行く陰の関係を相剋と言う。これは陰陽師であれば誰もが知る事だ。
「そして、この相生の関係は崩される事はない。しかし、今回ろくちゃんが戦った水鬼は金鬼になっている」
「あっ……! 相生を逆に……」
「だとしたら、恐ろしい事だ。その蜘蛛の水鬼は、世界の理を逆に辿っていると言う事になる。これは女の子云々を言っていられなくなるほどの大事件だ。
しかも、調べによるとろくちゃんが戦った鬼は、名もないただの水鬼の蜘蛛妖怪。とても世界の理を逆に出来るほどの力を持っているとは思えない。だから上層部は……」
「鹿路が嘘を吐いている、もしくは……誰かが水鬼を金鬼に変えた?」
「正解でちゅ、良く出来まちたねぇ~」と言う綱紀の嫌味な言葉を聞き逃すほど俺は混乱していた。水鬼を金鬼に変える事が出来るほどの誰か、そんな誰かが居るとしたら陰陽師界を揺るがすほどの大人物なはずだ。
「今はろくちゃんが嘘を吐いているのを願って、皆回復待ちの状態だよ。後者は考えたくないからね」
「それは大変だな……。事は大きくなって来たな」
最初はとある土の陰陽師の水鬼退治。それがここまで大事に発展するとは……。
「とまぁ、これだけで済むんだったら、話は楽だったんだよ」
「ハァ? おい、綱紀、その言い方だとまだ大変な事がある口ぶりだな」
俺はもう頭がパンパンになっていた。そもそも元々頭が良い方じゃないし、こんな陰陽師の世界を揺るがすほどの事態の上にまだあるのかと俺は思っていた。しかし、綱紀の言葉は俺をさらに驚かせた。
「そうだね、そうちゃん。君はさ―――――――ろくちゃんが式神を作ったと言ったら信じられる?」




