土野鹿路は死を覚悟する(1)
五行にはそれぞれ相性と言う物が存在する。木は土に強く、土は水に強く、水は火に強く、火は金に強く、そして金は木に強い。この関係性を相剋と言う。
妖怪は原則として1つの妖怪にそれぞれ五行のうちのどれかの種類の元素を持っている。そして持っている元素によって、名前が変わったりするのだ。例えば水の元素を持っていたら水鬼、土の元素を持っていたら土鬼と呼ばれるように。
今回、この僕、陰陽師の土野鹿路が退治をお願いされたのは、僕の得意元素である土に弱い水鬼だったはずだ。とある村で液体を吐き出して人々を困らせる蜘蛛の妖怪が出て来たので、それの退治に呼ばれた。とは言っても、僕は派遣の、しかもかなり低級の陰陽師である。
妖怪や幽霊――――――僕達はそう言った存在をまとめて、鬼と呼んでいるのだが、そう言った者達の発見、および苦情の文句は一旦五行の名門の当主の元へ運ばれる。
木の名門である木祓呂家の当主、木祓呂大樹。
火の名門である火壬夜家の当主、火壬夜炎禍。
土の名門である土屋敷家の当主、土屋敷石岩。
金の名門である金剛院家の当主、金剛院金次。
水の名門である水宮司家の当主、水宮司玄水。
彼らの元に集められた鬼達の情報は、その鬼の特徴からどのような鬼かを割り出し、その相剋にある存在の陰陽師を送って始末する。そう言った仕組みになっていた。今回は液体を吐き出す蜘蛛の妖怪と言う事で、その妖怪は水鬼のものであると判断されて、相剋関係にある土の陰陽師であるこの僕、土野鹿路が派遣されたのである。
「とは言っても、僕なんかに任すと言う事は多分、相当弱い鬼だと思うけどね」
と、僕は自虐的にそう笑っていた。陰陽師と言う物は気をどれだけ扱えるかと言う事で、その価値が決まる。勿論、多く扱えたらと言う事は勿論、どれだけ上手に扱えるかと言う事でもその価値は大きく変わって来る。上級の陰陽師だと、その身に宿している気の力は常人の数百倍だと言われており、さらに小指一本分の気の力だけで数百体の鬼を蹴散らしたと言われている。
けれども僕はそんな凄すぎる陰陽師達に比べたら、かなり劣っている。いや、比べる事すら本来ならばおこがましいと言われるくらい劣っている。そんな僕なんかに任せるほどの水鬼、僕でも倒せるくらい弱い蜘蛛の妖怪だと思っていた。
「蜘蛛を退治するのにも関わらず、鬼退治とは変だと思うけどね」
僕はそんなくだらない事を思いながら、退治を命じられた蜘蛛が居るとされている古寺へと辿り着いた。囲っている塀はあちこちが崩れており、寺の壁や床にも穴や亀裂があった。屋根の瓦も割れており、今にも壊れそうな古寺がそこにはあった。そしてそんな屋根の上に、赤い瞳を持った巨大な黒い蜘蛛がこちらを見つめていた。
「あれが退治を命じられた水鬼、か」
『シャアアアアアアアアアアアアアア!』
大きな声をあげながら、その巨大な蜘蛛はこちらへと向かって来る。僕はその蜘蛛に対して、気を操り迎え撃つ。
「"土よ、形を持ちて動きだし、土の刃になりて敵を討て"」
僕が気によって作った土の刃は宙に浮かび、そのまま蜘蛛の身体を斬って蜘蛛の身体は真っ二つとなって落ちて行く。
『シャアアアアア……!』
口から白い水を吐きつつ、絶命の声をあげながら倒れる巨大蜘蛛。気を練り上げて作った土の刃で、相剋の関係にある水鬼を倒していたし低級の妖怪だろうから大丈夫だろう。
「後はきちんと倒した証拠に、蜘蛛の一部を持ち帰って……」
そう思いながら、それでもゆっくりと倒された蜘蛛へと近付いていた。
(―――――――ん? あの蜘蛛、まだ動いている。まだ倒しきれてなかったか)
僕は土の刃を作って、まだ動いている水鬼の巨大蜘蛛の息の音を止めるために、ゆっくり近付いていた。そしてまだ生きている巨大蜘蛛の身体に土の刃を突き刺していた。
「よし、これで……」
そう思ったその瞬間、
――――――――――僕は金色の気を纏った、金の蜘蛛に貫かれていた。




