(3)
「にゃぶっ!!!」
突然の衝撃に、思いもよらず変な声が出る。
同時に、上からも「ぶぎゃっ」と言うような不快な声が聞こえてくる。
…………重い。
天使の少年が、自分の状況を把握した時には、上から降ってきた男の下敷きになっていた後だった。
「……ちょっ……一体何が――」
上に乗ってのびている男を押しのけていると、人だかりの視線がこちらに向いているのを感じる。
その人だかりの中央から一人、こちらに近づいてくる足が見えた。
「なぁーんだよ、もう終わりかー? 息巻いて絡んできたワリには大したことねーなぁ!」
見上げると、目の前にいたのは自分とさほど変わらない年頃の、魔族の少年だった。
その少年は、自分の上に乗っている男を見下ろしている。
(な……なにこれ、喧嘩!? もしかして僕今、巻き込まれて――ぶっ!!)
状況を判断していた矢先、男の重みに、更に圧力がかかり思考が止まる。
どうやら魔族の少年が、男を上から足で小突いている衝撃だった。
「おーい、さっきまでの勢いはなんだー? とっとと起きろよ、もうちょいだけなら相手してやるから」
挑発的な言葉を発しながら、何度も、げしり、げしり、と踏みつける。
男の下敷きになっている天使の少年の体は、同じリズムでぎゅっ、ぎゅっ、と圧迫される。
(…………っ……の……いい加減……に――……っ!!)
回復が見込まれない状況に、ついに堪忍袋の緒がぶちりと音を立てた。
「いい加減に……っ……しろーーーっ!!」
「のあああぁーーーっ!!??」
天使の少年は、上に乗った男の体重などものともしない力で押しのけ、立ち上がった。
踏んづけていた男の体の下からヒトが出てきた事に驚いた魔族の少年は、乗せていた足を取られてそのままひっくり返る。
「な、何だお前!?」
「何だ、はこっちの台詞だ馬鹿っ!!」
「なっ……ば、馬鹿って誰の事だよ!? イキナリ失礼なヤツだなっ!!」
魔族の少年がゆっくりと立ち上がった。
「馬鹿も、失礼なのも、全っっっ部、君の方だよ! 巻き込まれなくていい騒動に巻き込まれて、こっちは迷惑被ってるんだよ、この迷惑悪魔っ!!」
こちらを睨みつける眼光の鋭さに気負いそうになるが、腹に溜まったものが止められない。
言動に加減などする余裕もないくらい、思いの程を吐き出した。
「言いたい放題言いやがって……お前、オレとやろうってのか?」
「うぐっ……」
完全にこちらに向けられた魔族の少年の怒気に、天使の少年は気圧される。
先程の、大人数人をあしらうような強さを見る限り、正直、この少年との戦闘沙汰は避けたい。
かと言って、このまま引き下がるわけにもいかない雰囲気だ。
さて、どうするかと思考を巡らせていたその時――
「はいは~い~~! お二人共~、こんなところにいらしたのですね~~!!」
妙に拍子抜けするような間延びした声の主が突然、2人の間に割って入ってきた。
割り込んできたそれは人型ではなく、球体のような形をしたものがふわふわと浮いている人魂族の人魂だった。
「も~、待っててもなかなか来ないから~、道に迷ってるのかと思いましたよ~~!」
「なっ……なんだこいつイキナリ現れやがったぞ!?」
「任務については~別の場所でお話しますね~~」
「おっ、お前何者だ!?」
「はいはい~、それじゃあ、葵さんも、紅さんも~、ちゃっちゃとこちらに来てください~~」
「えっ……あっ、ちょっと首……!」
「なっ、おいこら! ちゃんと質問に答え……っとと、何すんだ、離せーっ!!」
魔族の少年の訴えに応じる素振りもなく、人魂は短い両手でそれぞれの襟首を掴むと、そのままぐいぐいと引っ張っていくのだった。
騒ぎの根源が立ち去り、静まり返った噴水広場は、集まっていた野次馬たちも顔を見合わせながら、ぽつぽつと散っていった。