(2)
「へぇ、ここが中立界の中心部かぁ……町、結構大きいな」
町の外れにある転送ポートから出てきた一人の天使が、周りを見渡しながらつぶやいた。
濃い緑の髪に、動物の耳のような形の帽子を深く被り、天界の「任務遂行課」に属する天使に支給される黒い法衣をまとっている。
年の頃はだいたい10代前半。
大きな金の瞳と顔立ちはまるで少女のようなそれだが、この世界では「天使」という時点でれっきとした少年――男子である。
「大通りに、宿に、商店も……町の設備、意外に整ってるんだなぁ」
想像してたのはもっと……と、口にしてしまいそうになった言葉を慌てて止める。
中立界には任務で何度か来たことはあったが、待機場所として1~2日滞在できる村に寄ったくらい。
こういった、ちゃんとした設備のある、ましてや中立界の中心部にあたる町に入るのは今回が初めてだった。
「……というか、任務先、ここ……だよね……? どう見ても平和そのものなんだけど……」
現在地と書類に表記された座標軸を照らし合わせるが、数値は間違いなくこの町の「中」を示している。
任務となると、たいていは人里離れた場所だったり、荒くれ者の討伐だったりがお約束ではあったのだが。
今回に限っては、やけに情報が少ないのだ。
自分に任務を命じたのは、天界でも上位にあたる神官、そして任務遂行課の最高責任者でもある天使、白李。
(渡されたのは任務の日時と場所が書かれた通達書だけ――)
肩からさげていた袋から、1枚の通知書を取り出し、そこに書かれた内容をあらためて確認する。
「肝心の白様は『行けばわかりますよ』ってしか言わないし……どうせ追求してもはぐらかされて終わりそうだったしな」
あまりの不明確さに、正直腑に落ちない部分は多々あった。
「でもまあ、受けなきゃしょうがないんだけど。今のままじゃ今期分の単位足りないし……」
天使の少年はため息混じりにひとりごちりながら、それに、と付け足す。
(単身な分、いつもよりはマシだし、ね……)
しばしの沈黙の後、さっきとは違うため息をついた。
「ここで立ち止まっててもしょうがないし、とりあえず、町に伝達役の人魂族が着任してるらしいから、そこに向かうかな」
大通り中央にある、噴水広場の前。
町の中央に位置する場所であり、通達書に記されている場所でもあった。
「えーっと、確かこの辺りに――……ん?」
目的の人魂族らしき姿は見当たらないが、その代わり、別の光景が目に入る。
視線の先には、妙な人だかりができていた。
そして、その人だかりの現況であろう奥の方から、時々何人かの罵声が聞こえてくる。
(何かのイベント……なわけないか。ケンカ、とかかな……)
周りからは、いいぞもっとやれ、とはっぱをかけている者や、オロオロと落ち着かない様子の者もいる。
(止めようにも、あまり大勢の前に出たくないし、関わり合いにならないのが賢明だよね)
事態を収拾したい、という気持ちはあるが、天使の少年にはそれ以上に、いろいろ事情があった。
「ま、別に任務には関係なさそうだし、このまま放っておいても――」
そう言いながら、天使の少年がふっと視線を逸らした刹那。
黒い影と共に、騒ぎの中心から勢いよく飛んできた大人の男の体が、少年の上に降ってきた。