(1)
「あーもーっ! どっちがどーなのか全然分かりゃしねーーー!!」
分けても分けても、目の前に広がるのは木と草の緑。
中立界に広がる森の一角に、その声の主はいた。
変わらない景色に苛立ちながら、道なき道をあてもなくかき分け進む一人の少年。
年の頃はだいたい10代前半であろうか。
遠目にも目立つ金の髪に道化師のような帽子を被り、右頬には魔族特有の赤の紋章、背には黒いコウモリの翼が1対生えている。
活発さを感じさせる少しつり上がり気味な紫の瞳は、怒りで更につり上がっていた。
「くっそー、あのヤロー! ぜっっっったい許さねーっ!!」
人気のない森に、少年の声だけが虚しくこだまする。
現状の原因でもある「あのヤロー」の事を思い出しただけで、腹わたが煮えくり返りそうになり、叫ばずにはいられなかった。
そしてその直後、自分の意思とはお構いなしに、お腹が緊張感なくグギュルルル……と音を立てる。
「…………」
しばしの沈黙の後、手前の木にヨロヨロと寄りかかり、腹部を押さえる。少年に追い討ちをかけるように、もう一度音を立てた。
「……まだ朝メシ食ってなかったのに……こんなところに放り出しやがって……」
空腹のせいなのか、声にも先ほどの元気はない。
そもそも何故自分が今の状況にあるのか、原因の発端は数十分前に遡る。
起きて早々、魔王補佐役に「用があるから」と、広間に呼び出された。
彼自身、魔王補佐役の言動に対して気に食わない事が多々あった。
それで今日こそ日頃の鬱憤を晴らしてやろうと息巻いて乗り込んだ矢先、床に仕組まれていた転送用の魔法陣にまんまとかかってしまい今に至るのだ。
あの対人嫌いが用もなく誰かを呼びつけるはずがないところを、もっと警戒すべきだった。それは、多少なりとも反省点ではある。
転送される間際、魔王補佐役が鼻で笑いながら「馬鹿め」と言い放った時の顔を思い出すと、また腹が立ってくる。
「っ……ぬあぁーっ! ちくしょーーーっ!!」
叫ぶ……と同時に、腹が再び情けない音を立て、一気に気力を持っていってしまう。
この森に落ちてから、それを何度も繰り返していた。
何故、魔王補佐役が自分をこのような場所に転送したかの意図は言うまでもなく分からない。
だが、ここが魔界でない事だけは、なんとなく大気の流れや気配で分かる。
しかし、正直今はそんな事はどーでもいい。
何故自分が見知らぬ場所で、こんな目に遭わなければいけないか、そっちの方が重大問題なのだ。
「黒羽あのヤロー……帰ったら覚えてろよ……。お前がヅラだって事、魔界中にバラしてやる……」
魔王補佐役――「黒羽」への恨み言をつぶやきながら、だが手足は休むことなく草をかき分け進むのだった。
それから歩くこと十数分――薄暗かった森の景色が少しずつ開けるのが分かった。
直感だけを頼りに歩いていた方向が見事的中し、魔族の少年は「さっすがオレ!」と言いながら、足早にその光の差す方に向かう。
森を抜けたその先には、それなりの大きさであろう町が眼前に見えた。
町を歩く他人の気配に、少年のテンションは一気に上がる。
「おーしっ! んじゃあ、テキトーに町のヤツとっ捕まえて帰り方を聞き出……」
魔界への帰還と黒羽への報復を意気込んだ矢先、お腹が今までで一番大きな音を立てた。
「…………の前に……まず、メシ……食うか……」
とにかく、腹が減ってはなんとやら。
魔族の少年は、空腹によろめきながら町へと足を踏み入れた。
空腹を満たす事で頭がいっぱいで、あまり周囲に注意が及ばないまま歩いていたその最中。
ドンッ、と正面からきた何かにぶつかる衝撃を感じた。