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04

私は自分の努力で獲得した能力と、天から与えられた才能に対して、恨む日が来るなどとは思いもしなかった。


いらなかった。


いらなかった。


いらなかった。


いらなかった。

いらなかった。

いらなかった。


こんな才能、いらなかった。

何故、私は覚えているのだろう。

何故、あの時私は見てしまったのだろう。

何故、あの時私はあの部屋に足を踏み入れてしまったのだろう。

何故、本当に帰れるのかと聞いてしまったのだろう。


彼らは知らないのだろう。

一度ちらりと見ただけの、使わなくなって悠久が経つ忘れられかけた言語で書かれた魔法陣の意味など、小娘が理解できる筈もないとタカを括ったのだろう。


けれど、居るのだ。

私がそうなんだ。




一度見たものを二度と忘れない能力なんて、無い方が良かった。



~彼女の日記より~

10メートル四方の教室ほどの大きさのその部屋の床は、驚いた事に巨大な岩から削りだした一枚岩で構成されていた。

家具や調度品に類する物は一切なく、床にはちょうど小指の径ほどの深さと幅のある溝が幾重にも掘られているだけ。


その溝は計算され尽くした図形のようでもあり、神への祈りの文字でもあり、また絵画でもあった。

サエグスはそっと指をなぞらせる。


空いたもう片方の手には『彼女』のノートを。

床には広げられたまま置かれた文献が。


サエグスはパタンとノートを閉じると懐に仕舞い、ふぅと溜息をついた。



「当たっていてよかったと言うべきか……いや、変わらないか。何一つ変わらない。俺たちは連れて来られた。それだけは確かなんだから。どちらにしたって――――」


「居たか。んん?何だ此処は。聖域結界はもっと奥だろうに」



独白のように呟く言葉を中断させたのは元魔王軍魔獣将軍、獣王ディア・ナ・ファナトス。

自分の言葉を中断させられたサエグスはしかし気を悪くした風も無くディアに答えた。



「ここかい?ここは―――」



結論から言うと。




「『勇者帰還の間』さ」



サエグスが現れてからたった十日後に、レンテウス王国が首都『ウーレンテ』は壊滅した。







「サエグス・ジェローから今後の方針を伝える」


サエグスは魔王からの命令を知ってからすぐさまディアに主だったものどもを集めさせ、行動指針を示した。

例えばこれがニンゲンならば。

攻めあぐねている部下どもに『今までに無い方針を』『攻勢を』と大演説をブチ上げただろう。

戦いに身を置く集団にとって、積極的な行動こそが望まれる事だからだ。

だが今はその必要は無い。

やるべき事は解っている。

やれるという事も解っている。


ならば、やるだけだ。




「10日後に再度ウーレンテを攻める。部隊を5つに別け、4つは都市の四方大門を封鎖。逃げ出してきた者を始末させる」



方針は明快。

やる事は単純。


「のこり1つは俺と共に都市に突入、内部のニンゲンを殲滅する」



そこで一度サエグスは言葉を切ると自分の周囲に陣取る魔獣どもを見渡した。

巨大な熊が居た。パワー防御すばやさ大きさ全てに優れたその巨体ならば、その獰猛性を遺憾なく発揮してくれるだろう。

角の伸びた牛が居た。その突進はどれほどのものか。十分な加速さえつけばどのような騎士ですら受け止める事はできないだろう。

黒い豹が居た。其の身軽さはあらゆる障害や建造物を駆け上がり、逃げ惑う獲物を何処までも追い詰めて殺して見せるだろう。


白い虎が居た。力と勇気に全く不足を感じないその佇まい。味方とするならばこれ以上に頼もしい存在も居ない。


サエグスは大きく息を吐き、きっぱりと言い切った。


「―― 皆殺しだ」


それはこの世界に対する反逆の喚声であり、戦線布告であり、決別であった。



「たしか向こうに滅ぼした村があったとか言ったな。10日後までの拠点にする。ディア、村に着いたら部下の中でネズミとそうだな……夜目が利く飛行種族……フクロウでもミミズクでもコウモリでもいい。その当たりを集めて連れて来てくれ」


「ふむ。良く解らんが解った。貴様ら、移動開始だ」


群れは移動する。

森の奥深くをさらに超えて、その先にある村へと。

そしてウーレンテのニンゲンどもは、魔族の軍勢を完全に追い返したと致命的な勘違いを犯してしまうのである。



こと科学技術が中世程度の世界において、現代人というものは恐ろしい存在である。

例え火薬の生成方法を知らなくとも。

例え発電の仕組みが解らずとも。

例え戦術に詳しくなくとも、医術に造詣が深くなくとも、武術に優れていなくとも。


当然のように彼らが知っている一般常識は、とてつもなく危険なものなのだ。

だから、彼らを追い詰めてはいけない。

彼らを本気で怒らせてはいけない。


彼らが気づいていないか、気づいたとしても理性が押し留めている手段を、取らせては、いけない。



「何をしているのだ、お前は」



ディアが不思議に思うのは仕方の無いことだろう。

サエグスは腐敗の始まった死体の転がる村にたどり着くと、まず最初に出来たばかりの部下に死体を集めさせ、その炎で一瞬で灰に変えて見せた。

この時期腐ると臭くてかなわないから、と口にした彼のフードから見える範囲の表情には、何も浮かんでいないように見受けられる。


味気の無い火葬が済むと民家から桶をひとつ持ってきて水を張り、ディアが連れてきたオオネズミを次々と桶に突っ込んでザブザブと水洗いし始めた。

この時点で既に読者の何割かが彼が何をしようとしているか理解された事だろう。


都合15匹のオオネズミが文字通り濡れ鼠になる頃には、桶の水は毛や虫、そして様々な汚れで汚水としか表現できぬ有様になっていた。

そして今度は民家から持ってきた衣類を切り裂いて桶に沈める。


「んー……弱体化の呪いみたいなもんだ」


「貴様……まじないのたぐいもこなすのか」


「どうだかね」


「クハッ」


嗤うディアに、コイツは一体何が面白いのかとサエグスは首をかしげる

あとは夜を待つだけだ。



ウーレンテの街は夜、油断していた。

いや、それはウーレンテに限った事ではない。

基本的に魔族というものは本能レベルでニンゲンに対し敵愾心を持ち襲い掛かるが、高度な戦術や戦略行動を取ることが少ないからだ。

大規模な戦闘時に退いたと見せかけての包囲戦、挟撃、奇襲、その程度の事ならばこなす場合が見受けられる。

しかし例えばニンゲンの街に進入し、内部で破壊工作を行ったり、ニンゲンに混ざって生活し情報を集めたり……そんな事をする魔族は非常に稀である。

悪魔に分類される種族の、其の内でも知性が高く、一人ひとりを直接殺すよりも騙して大勢を殺す事を選べる者。

例を挙げるならばヴァンパイアなどがそれにあたる。


そして、この世界には電気という物は存在しない。

戦時であるため大通りなどには薪をくべた明かりや、王宮には魔法的な照明が確かに存在する。

だが万を超える人口を抱えるこの広大な都市全てを見通す程の光ではなく、また薪も無限では無くそれなりに金が掛かる。

魔法的な照明に掛かる維持費にも言える事だ。


つまり、地球でいう夜中の2時3時に単独で空から現れ、蓋の隙間から井戸の中へ湿った布を落として回るフクロウの事など、誰も気付けやしなかった。

街の一区画ならば教会や王宮などから治療術が使えるものが派遣されて収集が付いただろう。

だが行政が気づいた頃には、その呪いは致命的な程に街を多い、闇の手は平民だろうが王族だろうが一切の関係なくその命を刈り取りに向かった。


伝染病がニンゲンの間に瞬く間に広がり、酷いときには国が傾く程の傷跡を残す時代である。

夜に空を飛べる存在を使役し、意図的にそれを起こした時。


国は一週間でその統治能力を失い、その三日後に攻め込んだ魔族の軍団によりあっけない程簡単にその存在を歴史から消すことになった。


魔物のニンゲンに対する感情は、人間のゴキブリに対するそれに近い。



人間が使う、(ホイホイ)武器(ジェット)は、例外なくゴキブリを殺傷するためにある。

他に対策を行われる蚊などのように、寄せ付けない、などといった悠長な事はしない。

見つけ出して殺す。

魔物のニンゲンに対する振る舞いは、まさしくそれである。


だがそんな魔物でも躊躇するほどにあっけなく、戦うには脆弱過ぎる程に、この国は衰弱していた。


サエグスはそんな中一直線に王宮へと向かい、見かけたニンゲンを貴賎を問わず灰にしてみせる。


彼が灰燼に帰したニンゲンの中の内何人かは、サエグスが誰であるか心当たりがあるようであった。



いいのか


裏切ったな


狂ったか


何故


全ての言葉はサエグスに届くことなく、それが其の者の最後の言葉となり果てる。


かくして聖五十カ国がひとつレンテウス王国は、その歴史に幕を下ろしたのであった。



この都市から全ての生きるニンゲンが姿を消した次の日。

サエグスは王宮に私蔵されていた古代語と魔法に関する資料をある部屋で広げ、『彼女』のノートと見比べていた。


部屋の名前を『勇者帰還の間』。

異世界から召還した勇者を、元の世界へ還す魔方陣が安置された部屋である。



「知らずに習慣だけ残ってたんなら最悪だな。知っててやってるならもっと最悪だが。まぁどっちでもいいか。仇は取ったし」


解るか?と首をかしげるサエグスに対して、ディアは同じく首をかしげて答えた。

動作は同じだが意味が違う。ディアのそれは「お前が何を言っているのか全く解らん」という意味だった。


「ちょうどその辺にさ、勇者を立たせて魔方陣を起動するんだよ。どうなると思う?」


「帰還の間なのだろう。元の世界へと返るのではないか」


「そう、見えるかもしれないな。見た目だけなら」


「ふぅむ?」


「勇者の周りにはキラキラとした光の粒があふれるんだ。やがてそれは勇者の全身を覆い隠す程に増え、ついに光の瞬きと共に勇者は忽然と消えるのさ。見たことはないけど、まぁ大体そんな感じだろう」


「見た目などどうでもよいだろう。そういえば帰還術式がある割りに勇者と鉢合わせしなかったな。呪いで倒れたわけでもないだろう。帰還でもしていたのか?」




ディアの台詞にサエグスはプッと軽く噴出しそうになった。

俺だよ俺。

この国の今代の勇者は俺、三枝治郎さ。


そんな言葉を飲み込みながら、サエグスは続ける。


「そりゃぁねぇな」


「なにやら調べていたようだが、何か解ったのか?面白い事なのか?」


「あぁ、おもしれーぜ。最高のジョークだ。コイツはな、古代語で描かれているんだが、神の祝福も利用した超強力なシロモノでさ。中央に居る人間を完全にマナに分解しちまうんだよ」


「………ハ?」






「だからコイツは、帰還術式じゃなくて対勇者用の処刑装置なのさ」

魔王を倒せば元の世界に還してやると言ったな。

スマンありゃウソだ。

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