現状2~回想
「その建物に当てはまるのは、やはりオリンピア大聖堂に間違いないと思うよ」
「へぇ、そうなんですか?」
カイトが夢の中で見た建物内の様子を説明したのだ。
「うむ、それだけ大きな規模の建物は限られてくるしな」
「というか、実際にある場所なんですね。おれはてっきり夢の中のイメージに過ぎないと思ってたんですけど」
「私もそれは考えたのだけどな、君の説明を聞いて実在の場所である可能性はかなり高いと見ている」
「どうしてですか?」
「この世界には神託を受ける術があるからだよ」
カイトは首をひねる。
「……それ、理由になってないような気がするんですけど。そもそも神託っていうのは正確にはいったいどういうものなんです?」
「神託というのは、そのまま神からの言葉という意味だよ。未来を知っている神が私達にそれを伝えたもの、つまりは恐ろしく正確な予言ということだな」
「へぇー、この世界には神様がいるんですね。……っていうかそんなことどうやってやるんですか??」
「古い書物には、確か『神聖なる力を宿す巫女を贄とし、古の魔術を用い、神の詞を聖なる棺に降ろす』とあったな」
「はあ……なんかよく分かんないです」
「つまり、特別な力を持つ巫女を犠牲にして、強力な魔術を使って神を神聖な建物に憑依させる、ということだ。そして、神聖な建物というのが――――」
カイトが言葉を引き継ぐ。
「オリンピア大聖堂と言うわけですね。だから夢の中の建物も"彼女"と同じように実在してると。なるほどー……ん?ってことは―――――――」
カイトの顔が青ざめていく。
「"彼女"は犠牲になってしまったんですか!? おれにあんなことを言うためだけに、"彼女"は死んだんですか!?」
カイトはホルスに詰め寄る。ホルスは怒りと悲しみの混ざった表情で迫るカイトに微笑を浮かべる。
「大丈夫だよ。私の予想では、"彼女"は確実に生きているから」
「……それは本当なんですか?」
「ああ、本当だとも」
「……信じても良いんですよね?」
「もちろん。だから少し落ち着きなさい」
カイトはその場にへたり込んでしまう。
「はぁ……良かったぁ」
そんなカイトにホルスは苦笑してしまう。
「君は少し感情表現が大げさだね。子供らしいといえば子供らしいのだけど。まあしかし、"彼女"が神託の巫女であるのは間違いないだろうな」
「そうですか……でも、少しだけ安心しましたよ」
「ん? どうしてだ?」
「いや、もし彼女が女神様とかそういうレベルの人だったら、助けるのは難しそうだったから……」
その言葉に思わず吹き出すホルス。
「……なんで笑うんですか。これでもけっこう真面目に考えてたんですけど」
「ふふ、すまんすまん。まあ、その可能性は無いに等しいだろうな。神がわざわざ異世界まで行って直接神託を授けるとは思えない」
「そうですよねー。でもあの人、すっごく綺麗で……本当の女神様かと思っちゃいました」
"彼女"のことを思い出し、遠い目をするカイト。
それを見たホルスはニヤリとして、
「なんだ、ただのお人よしかと思っていたが。 一目惚れというやつか?」
とおどけた調子で言う。
カイトは少し考えた後、
「うーん、それもあるのかなぁ……まあ理由はどうあれ、心の底から助けたいと思ってます」
と答える。その答えにホルスは不満な表情をする。
「なんだ、つまらん答えだな。ときに、君はそのナリの割に随分と老成しているみたいだが、あちらの世界ではいくつだったのだ?」
今度はカイトがしかめ面をする。
「あなただけには言われたくありませんよ……16歳でした」
これはさすがにホルスも驚いた表情をする。
「ほう、そうだったのか。君が目覚めて普通の食事を食べられないようなら私が授乳することも考えていたのだが、いらない世話だったようだね」
「ぶっ……な、なに言ってんですかあんたは!」
思わずその姿を想像してしまい、カイトは赤面する。
そんなカイトに対してニヤニヤしながら、
「冗談だよ。君のその反応が見たかっただけ」
とさらにからかう。
「まったく、あんまりからかわないでくださいよ……師匠こそ年の割に、というか明らかに若すぎますよね。 どうしてなんですか?」
「ああ、これは既死王の体液を浴びてからだな。 髪と目の色もその時からこうなってしまった。 元々は君のように黒かったのだがな。 体が老いないのは助かるんだが、寿命がいつ来るのか心配だな……」
その言葉にカイトは目を瞠る。
「へぇー、そうだったんですか! でも、その青い髪と瞳はとっても綺麗だと思うし、良いと思いますよ? 不老ってのも憧れますっ!」
キラキラとした目で見つめるカイトに対し、ホルスは恥ずかしそうに、
「うーん、そうなのか?まあ、それなら良いのだけど」
と、髪をいじりながら答える。そしてゴホン、と咳払いをして、言葉を続ける。
「では、話を戻そうか。これで、君が会った"彼女"というのはオリンピア大聖堂で神託を受け取る巫女というのでほぼ確定したわけだが」
「はい。と言うわけで早速そのオリンピア大聖堂とやらに行きましょう!!」
決意をこめた表情で尋ねるカイトを、ホルスは難しい顔をして見る。
「それは無理なんだよ」
「え、どうしてですか?」
「どうしてって、オリンピア大聖堂はまだ完成していないからね」
「……は?」
一瞬呆けた表情になり、
「はああああぁぁぁぁぁ!?」
当然のように絶叫したカイト。
「それ、どういうことなんですか!? じゃあ今まで言ってたことはどうなるんですかぁ!!」
「少し落ち着くんだ。まあ、そこが問題なのだがな……」
顎に手を当てて考える仕草をするホルス。
「実は、オリンピア大聖堂は遥か昔に破壊されてしまっているんだよ。 立て直すにも設計図が無くてね。 しかしついに、ある有名な"冒険者"達によってようやく設計図が発見されたのがちょうど3年前、それからはオリンピア大聖堂の立地国である教国ユミルが国を挙げて復元を進めているのだけど……」
そこでため息をつく。
「先程説明した通り、オリンピア大聖堂は神託を受け取るために神の媒体として作動する装置のようなものでね。当然特殊かつ精緻な技術、加えて膨大な労力が必要なんだ……復元にかかる期間はおよそ20年。完成するのは後17年だ」
カイトは今日何度目か分からない驚きを顔に表す。
「そ、そんなにかかるんですか!?……いや、だったらおかしいじゃないですか。おれの夢の中では未完成の部分なんて無かったはずですよ。というかそもそも未完成だったら神託を受けられないんでしょう?」
「だからずっと考えていたんだ。まあ、現在オリンピア大聖堂が完成していない以上、考えられるのは2通りだけだな」
そう言って拳をカイトの方へ突き出し、人差し指と中指を立てる。
それをこの世界でピースと呼ぶかは分からないが、ホルスの場違いなポーズにカイトが少し脱力してしまったのは余談だ。
「まず一つ目。過去に神託を受けた者が君にそれを伝えた。もう一つは、未来で神託を受け取った者が君にそれを伝えた。一つ目はまあ無いと言って良いだろう。なにしろ、歴史上最後に神託を受け取ったのは1000年も前の話だし、そこから今に至るまでに何人もの英雄と呼ばれるようになる者達がが活躍しているからな。その者達を越えて君に神託を告げるのは、絶対無いとまでは言わずとも可能性は薄いだろう。だから恐らくは――――」
「――――17年後に完成するオリンピア大聖堂で神託を受け取った巫女がおれの前に現れた、ということですね」
ホルスの言葉をカイトが引き継ぐ。
「その通りだ。理解が速くて助かるよ」
「でも、そんなこと有り得るんでしょうか? いくら神託を受け取る力があるからといって、異世界に、しかも時を遡って伝えに来るのは難しいんじゃないですか? それに巫女は犠牲になるらしいし」……」
「犠牲の件は不明瞭だが、異世界へ飛ぶのは君が可能であるのを証明しているだろう? しかも夢の中の実体でない状態なら、神の力を借りれば実行は容易なんじゃ無いかな? それに時間に関して言えば、こちらの世界と君のいた世界では時の流れ方が違うのでは? 仮にそうであれば、君がこちらの世界にやってきた時期と"彼女"があちらの世界へ行った時期に差ができるのは当然ではないのか?」
「うーん……よく分かんないですけど、おれが小っちゃくなったのもそれに関係してるんですかね」
そして少しの沈黙の後、カイトがハッとした表情をする。
「"彼女"が未来から来たのなら、オリンピア大聖堂を設計図ごと壊しちゃえばいいんじゃないですか? そうすればオリンピア大聖堂は完成せずに"彼女"を助けるまでも無くなるんじゃ……」
「いや、それは愚案だろうね。設計図はとっくに複製されてるだろうし、なにしろオリンピア大聖堂はこの世界の宝だ。大犯罪者になるリスクを犯してまでするべきことでは無いよ」
「うぐ……やっぱ即物的なのはだめかぁ」
シュンとするカイトにホルスは苦笑する。
「本当はその"彼女"を保護できれば一番良いのだが。場所はおろか今の容姿も分からないとなるとな……」
「じゃあ、今できることは何も無いってことですか……」
「つまるところ、そうなるな。確かな情報を手に入れるまでは下手に動くのは控えたほうが良いだろうね」
「……頭では、理解しているんですけどね」
納得いかない、といった表情をするカイトに、再び苦笑するホルス。
「まあそう腐るな。まだ時間はたくさんあるんだ、力を付けてからでも遅くはないと思うぞ?」
「……分かりました、我慢します」
「よしよしいい子だ。褒美にデザートをあげようじゃないか」
完全に子ども扱いのホルスに対し、さらに不機嫌になるカイトだった――――――
ホルスの口調が微妙にちぐはぐなのは仕様です。




