死の危機、再び
カイトは、立ち尽くしていた。
目の前には全長5m程、肩高だけでも2mはあろうかという巨大な青いトラが、こちらを真っすぐ見据えている。
カイトは動けない。
例え逃げたとしてもすぐに追い付かれてしまうだろうことは予想に難くないことだったが、、
カイトにはそんなことを考える余裕すら無く、恐らく生まれて初めて向けられただろう強烈な殺気にただただ射竦められ、恐怖していた。
喰われる、死ぬ、喰われる、死ぬ、……2つの単語が信号のようにカイトの頭の中で交互に点滅していた。
すでにトラはカイトの目と鼻の先まで近づいている。
そして口を開け、獲物を捕らえた愉悦による巨大な唸り声を上げた。
ここまでカイトが気絶せずにいれたのはほとんど奇跡に近かった。
ああ、結局おれは死ぬのか……そう思い目を閉じかけた。
その瞬間、"彼女"の顔が脳裏によぎる。
新たな、そしてより大きな恐怖がカイトの中に芽生える。
このまま死んだら、"彼女"を救えない……!
そう思った途端、トラに対する恐怖は掻き消えた。
再び目を開け、小さな拳を握り締め、目の前のトラを見据える。
――――――その目は、紅く染まっていた。
そして、叫ぶ。
「おれは……おれは、こんな所で死ねないんだあああぁぁぁあぁぁぁぁ!!!」
いきなりのカイトの叫びに、トラが一瞬だけ怯んだその瞬間――――――圧倒的な閃光と爆発がカイトの周囲を包んだ。
トラはそれにより森の遥か奥まで吹き飛ぶ。
「ロウラ!」
どこからか声がした瞬間、カイトの横を一陣の風のような疾さで何かが通り抜けた。
そして、それは体制を立て直そうとしていたトラのわき腹に思い切り突っ込む。
カイトの所にまで伝わる衝撃が起こり、木々をなぎ倒しながらトラが再び吹き飛んだ。
トラを吹っ飛ばしたそれは後ろ向きに跳躍し、カイトの近くに着地した。
それはあのトラにも劣らない巨躯を持った、白銀のオオカミだった。
二度の致命的な攻撃を受けたトラは、それでも巻き込んだ木々をどかしながら立ち上がった。
しかし、目には先程と変わらぬ殺気を滾らせているものの、口から発する呻き声は弱弱しいものになっている。
その時、カイトの後ろから音も無く現れたのは、白いローブを纏い杖を持った、強烈な存在感を放つ女の人だった。
そして杖を掲げ、声を発した。
「≪雷光の痛撃≫」
その瞬間、その言葉を合図にしたかのようにトラの周りに目を覆うほどのまばゆい光が発生し、トラに向かって炸裂した。
最初に起こった爆発も彼女によるものだろう。
トラは、死んでいた。
さすがにあの巨体でも、今の三連撃を喰らえばひとたまりもないだろう。
辺りには肉の焦げた嫌な臭いが立ち込めている。
「大丈夫だったか?」
女がカイトに近づきながら問いかける。
そしてカイトの目を見て、驚愕した表情を浮かべる。
「君は……"魔眼持ち"なのか」
その言葉を最後に、極度の緊張状態から開放された安心感によって、カイトの意識は途絶えた。




