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Wonder Worker World ~ 隻眼の英雄 ~  作者: 今宵 侘
第2章 グリトニル迷宮 潜入編
49/50

魔眼と約束 - 1


「ほら、セリカも早く。 おれが引き上げるから」


身軽な私達獣人も驚くほどの跳躍で先に通路へと入ったカイトが、こちらへと手を伸ばす。


先程とは上下の立場が逆になったが、助けられる側はどちらも私だ。

そのことに少しだけ申し訳ない気持ちと劣等感が頭の中をよぎってしまい、私も自分の力だけで入ろうと足に力を込め飛び上がる。


「よっ、と」


私一人だけでも十分到達できた距離だったはずなのに、彼はそれを意に介すること無く私の手を取り優しく着地させる。


「別に手貸さなくても良かったのに…」


これではまるで、私が一人だけでは何も出来ないみたいじゃない……しかも、そう悪い気分では無いところがまた厄介なのだ。


果たして厄介なのは彼なのか、それとも私自身なのか…それは自分でもよく分からない。


「別に良いだろ、減るもんでも無いし」


「アンタの体力が減るでしょ」


「セリカの軽い体持ち上げたって体力減ったりしないよ。 逆に軽すぎるセリカの体の方が心配だ」


「なっ、あ、アンタねぇ…!」



言い返してみても、恥ずかしい台詞を返され何も言えなくなる。

しかも、決して私を恥ずかしがらせようと狙ってやってるわけでも無さそうなところが、さらに悪質だ。



「…カイトのバカ」


「え…今もしかして名前で呼んでくれた!? ちょ、聞きそびれたからもう一回!」


「う、うるさい!!近寄ってくんな、気持ち悪い!!」


何度目かの鉄拳制裁を加えながら、私は早くもこの人間と和解なんてことをしたのを後悔し始めていた。


「そんな本気で殴ること無いだろ…?」


頭を押さえて涙目を浮かべるカイト。


……本気の殺意を込めた弓矢はいとも簡単に避けるくせに、こんな技術も何も無いげんこつは彼に届いてしまうのか。

そんなことを考えてしまい、私はあの最初の襲撃時のことをかなり根に持っていることを自覚した。


…いつか、そのヘラヘラした顔に矢羽根を生やしてやれるくらいの弓師になってやるんだから。



彼を(物理的に)射止めるための物騒なシュミレーションをしていると、彼はすでに先程までのやりとりが嘘のように真剣な表情をしており、通路の天井を見上げている。



「なぁ、セリカ」


「…何よ」


「さっきは大丈夫って言ったけど、上の三人は無事にこっちまで来れると思うか? あの大量のキメラを三人で相手すんのはどう考えてもちょっと厳しいよな」


「キメラっていうのは、あのおかしな化け物のこと?」


「あーそっか、キメラじゃ通じないよな…ごめん、それで合ってるよ。 で、おれ的にはルルのことも考えて、やっぱりここはちょっと無理してでもアイツ等の所に向かおうと思うんだけど、セリカはどう思う?」


「…こんな事態に陥ったのは間違いなく私のせい。 その責任もあるし、今すぐ彼らの元に向かいたいと思ってる……だけど、その気持ちを別にすれば、彼らに助けはいらないわ」


「…つまり、セリカはあの三人で十分あのキメラ達を再起不能に出来る戦力に十分足りえるってことで良いんだよな?」


「ええ。 本当はカイト達には手の内を隠しておくつもりだったけれど…こうなってしまった以上、ライもダラリオも本気で行動に出ているはずよ」


「その”本気”ってさ…やっぱりあの二人も”血統持ち”だったり?」


「っ…ええ、その通りよ。 いつから分かってたの…?」


「セリカが”血統持ち”ってことと、たった三人で行動してるって知った時からかな。 治癒に関する先天的な才を持ってるのはこの世界に五人いるかどうかっていうくらいの凄く珍しいものだっていうのは知ってるだろ? いくら切羽詰まってるからといって、三人なんて少人数で接触してきたうえに人間にその存在を知られるようなヤバい真似、普通は出来ないって。 とりあえずセリカ達全員が何かしら特別な能力を持ってるだろうことは予想できてたたさ」


「……そっか」



場当たり的な言動ばかりしておきながら、頭の中ではここまで分析されていたのか。

最初から分かりきっていたが、やはりこの人間はあなどれない。


「まあ”血統”は何も魔力とか魔術に関係したものばかりじゃ無いし、ライなんて『いざとなったら隙を見て殺す』って気満々だったっぽいし」


「…そこまで分かってたのね」


朗らかな顔で物騒なことを平然と言う彼に、私は頭を抱えてしまいたくなる。


「とりあえず、あっちの取り残され組はほっといても大丈夫なんだな?」


「ええ、特にさっきみたいな落とし穴じゃ無い広間があれば、ダラリオが一掃出来るはずよ」


「え!?まさかのダラリオか…どんな”血統”なのか気になるな」


「後であっちの鬼人の娘にでも聞けば良いじゃない」


「…あいつのことはルルって呼んでくれよ。鬼人の娘じゃ何かよそよそしいだろ?」


「別にアンタ達と馴れ合うつもりなんか無い! さっきのはただ和解しただけなんだからね!」


「ツンデレなセリカは可愛いなぁ」


「な、何でそうなるのよ!ツンデレって何よ!!」



これからの行動についての話が雑談めいたものに変わり、私達の足も自然と前に動きだした。


地図によるとこの通路は本来あの落とし穴の間の所で行き止まりのはずで、迷宮の最奥にかなり近い地点であった。


歩みを止めないままカイトがくだらない話を続けるのに一々突っかかるのに疲れた私は、いつもよりどこかぼんやりとした頭で半分以上を聞き流している。



そして思い出すのは、意識が途切れる前に見た光景。

引きつった笑みを見せていた彼の瞳は、確かに真っ赤に染まっていた。


あの時感じた体が縮み上がるような怖気は今も感触として残っている。


…しかし、先程の真剣な会話から時が過ぎてしまい、凄く切り出しづらい。

私は誰かと上手く会話する手段など知らないのだ…必要ないと思ったものは全て切り捨ててきたから。



「…ん? どうかした?」


そんなことを考えている内にいつの間にか彼を凝視してしまっていたたようで、私の視線に気付いた彼が首を傾げ尋ねてくる。


「…何でもない」


口ではそう言いながらも、私は彼の黒く澄んだ右眼をついつい見つめてしまう。


…それは当然お互いにじっと見つめ合うことになるわけで、恥ずかしくなった私は全力で彼から目をそらす。


「あぁ、そうか。 見られてたのか、あの時…」


私の行動の意味を理解したらしきカイトが、「あぁ~」とか「しまったなぁ」と気の抜けた独り言を呟き始める。


「なんで普通に魔術使わなかったんだろ、おれ……やっぱりちょっと腑抜けてるのかなぁ…」


「ちょ、ちょっと」


「は、はいっ!?」


いつまでも終わりそうに無かったので声をかけると今までとは打って変わり、明らかに怯えたような表情でこちらを見てくる。


「ど、どうしたのよ…?」


「…えーっと、さ」


不安げに視線を彷徨さまよわせる様は、あまり彼らしくないものだ。



そして、意を決したように私の目を見据える。

すると、黒い瞳の色が一瞬の内に紅に変わり、全身が撫でられるような悪寒に襲われる。


反射的に武器を構えようとするも、すでに悪寒は消え失せ、彼の瞳の色も深い黒へと戻っている。




「これさ…”魔眼”っていうんだけど、知ってるよな?」


私が言葉を出せないでいると、普段の彼からは信じられないくらいに弱々しい声で言葉を投げかけてくる。


「ええ、噂でしか聞いたことは無かったけれど」


「だろうな…人はこのことを話すことさえ躊躇うからな。 例え”魔眼”を宿す者がどこかにいたとしても、その話はそう広まることは無いから」



苦笑いを浮かべる彼の顔からは、感情を読み取ることは出来なかった。

全てに蓋をし、仮面を張り付けたようなその表情は…まさに今までの私のようで。



気付けば私は彼に近づき、胸ぐらを掴んで顔をグイッと引き寄せていた。


「ちょ、セリカ!?」


「ふーん、普段の目からは”魔眼”なんて全然分からないのね。 あの禍々しい気配の痕跡すら残ってない」


「近い、距離が近いって!!」


彼の指摘にさすがに恥ずかしくなり、突き飛ばすようにして距離を取る。


きっと今の私の顔は真っ赤になっているんだろうけど、彼もまた照れたように顔を赤くしていて、いつもの意趣返しが出来たようで胸のすく思いだ。



「一体何がしたいんだ、セリカは…」


「何がって、私達ばかり手の内見透かされるのは悔しいじゃない。 だから、アンタが隠してる状態でもその”魔眼”を見破ってやろうとしてみただけ…まぁ、全然分からなかったけれど」


「お、お前なぁ…少しくらいは怖いとか思わないのか?」


「はぁ…?アンタは私を怖がらせたいわけ?」


「いや、そういう訳じゃないけどさ」



私が怖がってないと言っているのに彼は何故ここまで引き下がるんだろう…かなり面倒だ。

まあ、私も人のことは言えないが。



「アンタの相変わらず底の見えない能力はともかくとして…私は”カイト”っていう人間の中身のことは、ある程度分かってるつもりよ? 例えアンタが”魔眼”っていう物騒なものを右目に宿しているとしても、伝説に出てくる化け物みたいに暴れまわったりなんか絶対にしないって思える、私はアンタを信頼してる―――――だからこそ、私はアンタと和解したんだから」



我ながら、こっぱずかしいことを長々とのたまってしまった…こういうことを平気な顔で言えるカイトの気がしれない。



「い、言っとくけどこれは励ましとかそんなんじゃないから! そんなことで今度はそっちから無駄に壁とか作られても面倒なだけだから! もう一回言うけど人間と馴れ合う気なんて無いんだから!」


また余計なことを言ってしまったが、これはもう不可抗力なのだ。

また笑われるんじゃないかと思っていたら、彼は意外な反応を見せる。



「うん…ごめんな。 いや、ここは”ありがとう”って言うべきだな…本当にありがとう、セリカ」



彼は確かに笑った。


でも、その表情は心の底から安堵したような、今にも泣き出しそうな表情で―――――



ゴッ!!



「いってぇ!! 何すんだよセリカ!!」


「うっさい!! もう早く行くわよ!!」




あーもうっ、何で私まで泣きそうになってんの!?訳わかんない!!



私の中ではじけそうになった様々な気持ちをごまかすように大股で歩き出す。



「ちょっと待った!」



その歩みは彼の手によってすぐに止められてしまう。



「…何よ、もうさっきの話は終わりだから」



これ以上何かを話すと危険だと私の何かが告げている、気がする。



「いやまぁ、さっきの続きにはなるんだけどさ」


「じゃあ嫌、絶対嫌! 何も答えないわよ、私は!」


「まあまあ、一つ提案だけさせてくれよ、な?」



そう頼む彼の表情は、すでにいつも見せる穏やかなものへと戻っている。



「提案…?」


「そう、提案。 おれ達には互いにカードが揃ったんだ。 だからここは一つ―――――」









「――――――おれと取り引きしないか?」


思ったより長引いてます…早く戦闘シーンまでいきたい

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