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Wonder Worker World ~ 隻眼の英雄 ~  作者: 今宵 侘
第2章 グリトニル迷宮 潜入編
48/50

和解

―――、――――!!


何だろう…声が聞こえる。


―――い、大―――か、ぉい!?


暖かい…ぬくもりが気持ちいい。


「おい、セリカ、起きてくれ!!」


「んぇ……?」



段々と覚醒してくる意識。

目の前には、黒髪の男の顔がある。


緊張していた表情は、私が目を開くと同時に安堵のそれへと変わる。


「はー、良かった…首とか痛くないか?他にも痛むところとか無いか?」


「別に痛く、無い、けど――――」



意識が完全に覚醒し、今の状況を確認する。


私が罠にかかって落とし穴に落ちて、カイトが助けに来てくれて、私は彼の手を取って―――――



「そっか…私、まだ生きてるんだ」


「ああ、もちろん生きてるぞ…ちょっと危なかったけどな」


そう言って苦笑する彼の顔の距離の近さに、思わず頬が熱くなるのを……え?



何、人間なんかに照れてるのっていうか何で抱きかかえられてるの!?



「いやぁぁぁぁああああああああ!?!?」


「がふっ!?」


この状態から逃れる為に力任せに振り回した腕が彼の顎にクリーンヒットし、その拍子に投げ出された私と同時に尻餅を着いてしまう。


「な、ななな何触ってんのよ!?」


「んなこと言ったって着地した後セリカが気絶してたんだからしょうがないだろ!?」


「わ、分かってるわよ、そんなこと! このバカ!!」


「えぇ!? 何か凄い理不尽さを感じるんですけど!?」



彼が悪くないのは分かってる、分かってるけど…!



―――――ダメだ、このままだとまた先の失態の二の舞になってしまう。


一回、二回と深呼吸し、改めて周りの状況を確認する。


辺りは石製の杭の残骸がガレキの山のように散らかっている。

そして、私達の周囲はキレイに丸く凹んでいて、逆ドーム状の中心にいるような風景になっている。


この様子を見るに、彼は私の意識が途切れる寸前に感じたあの莫大な魔力の塊を地面にぶつけ、落下する勢いを相殺したということが容易に想像できる。



そしてつられたように思い出したのは、彼が魔力を纏った際に見せた、血のように赤く染まった瞳のことだ。


聞いてしまっても良いのだろうか……いや、その前に感謝の言葉を言った方が……いやでも彼は人間だし……って、またそんなこと言ってたら……


何から聞こうか、伝えようかと口をもごもごさせる私に、彼は薄く笑って目の前に手をかざした。


「言いたいことがたくさんありそうなのは分かったけど、とりあえず耳を塞いどいてくれないか?」


耳を塞ぐ…何で?


「上に連絡――というよりは命令かな――しなきゃいけないだろ?」


私の疑問を読んだかのように言葉を紡ぐ彼だが、上の通路までは相当距離があるようだし、果たして大声で呼びかけて届くだろうか…?


「おれには魔術があるから心配無いさ。 行くぞ―――?≪拡声ラウドスピーク≫」


そう言って彼が自分の喉に手を当てると、その部分がぼんやりとした紫色の光に包まれる。


私はまた心を読まれたことに若干の不満を覚えながらも、彼の耳を塞げというジェスチャーにおとなしく従う。



『おーいルル、ライ、ダラリオ、聞こえてるかぁ?』



魔術によっておよそ人の声とは思えないような大音量となった彼の言葉が広い空間に反響して空気を震わす。


「『手短に言うからよく聞いてくれ!おれとセリカは何とか無事だ。目立った外傷も無し。 だけど残念ながらこの場での合流は不可能だ! 幸い地図はどちらの手にもあるから、おれ達は下から、そっちは上から”お宝部屋”を目指そう! そっちは怪物集団にくれぐれも気を付けてくれ!じゃあ健闘を』祈る…っと、時間切れか…まぁ要件は伝えられたし大丈夫かな」


魔術の効果が切れたらしい彼にもう耳から手を離してもいいのか目で問いかけ、彼が頷くのを確認してからようやく手を離す。


「耳押さえてるセリカ、可愛かったな…」


「なっ…!? 何言ってんのよアンタは!!」


「あれ、まさか聞こえてた!?」


「思いっきり聞こえてるわよ! 猫人族の聴力を舐めてるんじゃないの!?」


「いやぁ、予想以上でビックリです、あはは…」


「もう、アンタはホントに…っ!!」



悪気無さそうに頭を掻く彼に、私は続きの言葉に詰まってしまう。


どうして、こんなにも心を乱さなければならないのか。

まったく…どうかしてる。


どうしようも無く激しく動悸するこの心臓など、一度取り出して異常がないか確かめた方が良いに決まってる。




こつん。




間の抜けた音が鳴り響き、私達はほぼ同時にその音がした方角へと目を向ける。

ガレキが散乱する中目に留まったのは白い布のような何か。


「ルルのスカーフだ…!」


その正体にいち早く気付いた彼は、小走りでそこへ鬼人の娘のスカーフだというそれに駆け寄り拾い上げる。

中には重りの石ころと伝言らしき紙が入っており、彼は紙を眺めながらこちらへと戻ってくる。



「『了解です。 どっちが先に秘宝の場所までたどり着くか競争だね!』だってさ。 こりゃ負けてらんないぞ」


苦笑をこぼしながらその紙を私に手渡す。

丸っこい文字で書かれたその紙面を微妙な気持ちで眺めながら、彼の方を盗み見る。


…目が合ってしまった。

私は思わず顔ごと目をそらしてしまう。


落ち着かなく顔を背けたまま横目で彼の方を見やると、彼はこちらを見ながら不思議そうに顔をかしげている。


……はぁ。

彼の顔を見ていると、ぐずぐず悩んだりしている自分が馬鹿らしく思えてくる。


「…どうして」


「ん?」


「どうして、私なんかを助けに飛び出したりしたの?」


私にはもう、どんな答えが返ってくるか予想できたけれど、何となく彼の口から聞きたかった。


「なんかとは何だ、なんかとは! おれ達が仲間だからに決まってるじゃん」


当たり前のようにのたまう彼に、私はどうしても卑屈になってしまう。


「…でも、私はずっとアンタを突き放してたでしょ。 私はアンタのこと仲間だと思ってないかもしれないのに」


「そんなの関係ないよ。 おれが仲間だと思ってるから、それで十分だ」


「そ、それに、私のせいでアンタまで死んじゃってたかもしれないでしょ!」


「それはあり得ないって」


「何でそう言い切れるのよ!?」


「いや、だっておれ強いし」


「あ、アンタねぇ…!」


平行線になりつつある会話…そして彼は本当に何が起こっても死ななそうな位の強さを持ってることもあながち嘘と言い切れないのにも腹が立つ。


「…それに、さっきのは気付いたらセリカに手を伸ばしてたんだから、今さら何言っても変わんないだろ?」


「それは、そうだけど…迷惑かけたし結局私のせいで作戦がメチャクチャになっちゃったし……」


「だぁー、もう!! そうややこしく考えなくても良いんだよ! 取り敢えず誰もケガしなかったし、おかげでおれ達は大分ショートカット出来そうだし…ほらあそこ見て!」


彼の指さす方を見てみると、確かによじ登れそうな距離に奥へとつながる通路があるのが見える。


「結果オーライなんだし、セリカが落ち込むこと無いって。 あっちの三人も相当タフだし…まぁ本当はルルにはあんまり負担掛けたくなかったんだけど…きっと上手くいくって。な?」


……彼の言葉は、本当にどうしようもなく私の心に響く。

両親が殺されてから、ほとんど感情を表に出すことの無かった私が、こんな楽観で先行きも見えないような言葉に、酷く安心してしまう。



―――――私には、何よりもまず彼に言わなければいけないことがあったはずだ。


でも、それを口に出すのには少しの勇気が要る。


それは、今までの私の在り方を変えてしまうことになる一言だから。



息を大きく吸って、そのままの勢いで吐き出す。


突然深呼吸を始めた私に、彼は何かを感じたのか真剣な――それでいてどこか優しげな――表情でこちらを真っすぐ見つめている。


さらにもう一呼吸置いてから、意を決して言葉を紡ぐ。


「これ以上はアンタにも迷惑がかかりそうだから、自分を責めるのは辞めにする。 ……それで、あの、言うのが遅くなったけど…さ、さっきは助けてくれてありがっとっ…!?」


…噛んだ。


大事な所で噛んでしまった……もう、何なのよっ…!!


自分でも分かるくらい赤面しているだろう私…ポカンとした表情をしていた彼は、突如相好を崩し大笑いを始める。


「な、なによっ!! 緊張してたんだからしょうがないでしょ!!」


「ごめんごめん…でも、お礼の言葉くらいでそこまで緊張すること無いのに」


「わ、私にとってはただの感謝とは訳が違うのっ!!」


「え、どいういうことだ、それ?」


まだ小刻みに震える彼を見てやっぱり止めようかとも思ったが、それもまた癪なので顔を背けたまま右手を差し出す。


「ん、その手がどうしたんだ?」


「……和解の印。 アンタは私が憎む人間だけど、アンタだけは特別に”仲間”って認めてあげても良いって言ってるの」


「あぁ、つまりこういうことか」


自分でもむかつく程に高慢な口調も一切気にする事無く、彼も自分の右手を差出し私の手を握った。


「……今まで、色々と酷いこと言ってごめんなさい」


その温かい彼の手は、私を少しだけ素直にさせる。


「いやいや、おれの方こそ報酬の事とかセクハラ紛いの言動してごめんなさい」


「ふん、まったくだわ」


手を握り合ったままペコリと頭を下げる彼と、さらにそっぽを向く私。


「「…ぷっ」」


緊張の糸が切れたように、私達はしばらくの間今の状況を忘れて笑い合った。



「じゃあ、改めてよろしく。 後、おれの事はアンタじゃ無くカイトって呼んで欲しいな」


「…ん、分かった」


ようやく笑いも治まり手を離し、また少しだけぎこちない会話に戻っていく――――


「いやぁ、それにしてもセリカの笑うところ初めて見た…やっぱ可愛いな、さすがは天然猫耳だ、うん」


「は……な、ななな何言ってんのアンタ!!?」


「げふっ!! あれ、もしかしてまた聞こえてた…?」


「……き、き、聞こえてんのよ、ばかぁ!!」


――――ことも無かったみたいだ。





全く反省した様子の無いカイトに激昂しながらも、どこか心のつかえが取れたような清々しさと、得体の知れない高揚感のようなものを感じていた。



人間と鬼人娘の奇妙な二人組に会ってから止むことの無いこの騒がしくて通常以上に体力を使う行軍は、どうやら彼と二人だけになっても変わらないらしい。





――――まぁそれも、そう悪いものでは無いのかもしれない。





天邪鬼な第三ヒロイン、セリカの本当の登場シーンでした。



可愛い娘はチョロいと相場は決まっているのです…まる。



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