グリトニル迷宮 内廊 - 2
「何なんや、コイツは…」
「あれだけ攻撃を受けてるのに…」
息を切らすおれ達の前で、すでに致命傷を受けて倒れたはずのケルベロスが再び立ち上がる。
この狭い地形に加え、本来は動きのある物には行使できないはずの≪魔術反発≫を纏っているおかげで肉弾戦に持ち込まれたが、速いだけで直線的な動作しかしないケルベロスの攻撃を見抜き、こちらが一撃も受けること無く優勢で戦闘が進んでいるのだが…どれだけ攻撃を与えても、ケルベロスが倒れないのだ。
セリカの放った無数の矢が突き刺さり、ルルの放った打撃によって左側の首はひしゃげ潰れてしまっている。
そんな痛々しい姿になってもケルベロスの戦意は少しも衰えた様子は無く、黄色い六つの瞳がギラギラと光りこちらを睨みつけている。
ここがどれだけファンタジーな世界であろうと、これは生物として明らかに度を超えている。
とすると答えは一つ――――――
「―――――”既死者”か」
ダラリオのその呟きは、おれの考えと見事に一致していた。
「ああ、もうそれ以外あり得ないな」
「はぁ、はぁ…じゃあ、あの怪物は死なないってこと? そんな、どうすれば良いの…」
ルルが絶望したような声を上げるが、人型や既存する獣形の”既死者”と違う点に気づいているので問題無い。
「あの様子じゃ確かに死なないんだろうけど、倒す方法はある」
「ホントに!? どうやって?」
「なに、簡単な話だ―――行けるか?ダラリオ、ライ」
「ああ、一瞬だけで良いからアレを抑えてくれ」
「え、なに? 話についていけんのやけど」
「とりあえずケルベロスの動きを止めるんだよ! ライは右側を頼む!」
そう言い残し駆け出すと、「ああもう、やればええんやろ!やれば!」という声が後ろから聞こえてくる。
相変わらず真っすぐ向かってくるケルベロスに対し、少しだけ左側に寄りながら剣を構える。
目の前に、未だ潰れていない右頭と中頭が大口を開けて迫りくる。
首二つはちょっとキツかったな…と後悔しながらどう受け止めるか考えていると、中頭が急に驚いたように口を閉じる。
何事かと確認すれば、中頭の目に見事に突き刺さる矢が視界に映る。
セリカに感謝の念を送りつつ、剣の峰を右頭のに思い切り振り下ろす。
それでも止まらないケルベロスの勢いに負けそうになるものの、懐に飛び込んだライの一撃でケルベロスは急停止する。
そして、ケルベロスを覆う大きな影。
巨大な戦斧を振り上げながら飛び上がったダラリオが、ケルベロスを両断するような勢いで斧部を背に叩きつける。
グジャッ!!!
ズズン!!!
おぞましい音を立てたケルベロスは、叩きつけられた勢いのまま地面に伏した。
辺りに漂う濃密な血臭。
返り血を拭き取るダラリオと共にケルベロスから距離を取ったが、再び立ち上がる様子は無い。
「倒した、の?」
ルルが武器を構えたまま尋ねてくる。
「ああ、脊髄を粉々に粉砕したからな。 再生でもしない限り、もう動けないだろう」
ダラリオが淡々と説明をするが、ルルはまだ不安げな様子だ。
「え…でも、”既死者”ってすぐに再生するんじゃないの?」
「おれもそう思ってたけど、コイツは最初に負った傷がずっと残ったままだったからな。 多分、元々存在しない形の”既死者”は再生出来ないんだと思う」
おれが補足してやると、ルルは一応納得したみたいだ。
「そんなの全然気づかなかった…ダメだなぁ、わたし…」
「そんなこと無いて! ボクも気づかんかったし」
「じゃあ、わたしはライと同レベルなんだね…」
「あれ!? 何で落ち込んどるん!? ボクってルル嬢にそんな風に見られとったんか…ごっつヘコむねんけど…」
暗い雰囲気を纏う二人を余所に、セリカとダラリオはテキパキと再出発の準備を整えていく。
「ウジウジして無いでさっさと行くわよ、まったく」
戦闘前に邪魔にならないよう投げ捨てた荷物をまとめ終わったセリカが二人を急かすように声をかける。
「こんなところに居たら、またあの三つ首犬みたいな化物が来る――――――」
フラグ、とはまさに今のセリカの言葉のことを表すのだろう。
後ろから近づく複数の気配。
恐る恐る振り向くと――――――
ケルベロスに劣らない外見を持った無数の異形の怪物達が、地響きを立ててこちらへ迫って来ていた。
「…逃げろおおおおおおお!!」
おれ達の逃走劇は、まだ終わらない。
~~~~~~
「ふぅ…何とか撒いたな」
眼前を埋め尽くす程に大量の怪物達との追いかけっこを続けたおれ達は、これまた罠だらけの通路をかいくぐりながらも何とか奴らから身を隠し、今に至る。
「でも、すぐ見つかってしまうやろなぁ……あのバケモンから逃げながら秘宝の部屋に行くのはちょっとキツイと思うで…」
「では、いっそのこと立ち合って全部潰すのはどうだろう…?」
「馬鹿なこと言わないでよ! ダラリオもあの数を見たでしょ!? 1匹ずつ相手取って全滅させるなんて不可能だし、挟み撃ちに合ったら一巻の終わりじゃない!」
ジリ貧の状況に、今後の動きについて獣人組がギャーギャー騒ぎ始める。
ルルも気丈な様子を見せてはいるが、かなり疲労が溜まっているように感じる。
…冒険者気分も、そろそろ終わりかな。
決して遊んでいた訳では無いのだが、本気を出さないと全員の命に関わる。
「という訳で、おれがおとり役をやるから獣人組は先に行って良いぞ」
「「「……は?」」」
おれの提案に、獣人三人が同じような表情で固まる。
「カイが残るなら、わたしも残る」
「ん、そう言うと思ってた。 あんまり無茶すんなよ?」
「うん」
まあ、ルルが手を出すまでも無いくらいにやるけどな。
これ以上ルルに負担は掛けさせられない。
「ちょ、ちょい待ち! 勝手に話が進んでもうとるけど、本気でっか…?」
「こんな切羽詰まってる時に冗談なんか言わないって。 しばらくおれが怪物の相手してるから、さっさと秘宝とやらを取ってこいよ」
「いやいやいや、挟み撃ちにでもされたらどうすんねん!?」
「えー、それはまぁ、あれだよ…魔術で片方を塞ぎながらやれば平気だ」
「…ホンマに大丈夫なん?」
本当は”魔眼”を使って一網打尽にする予定なのだが…ライの気遣わしげな視線が痛い。
「な、内容はともかく絶対に大丈夫だ! それは断言できる。 だから、お前らは早く――――」
「―――――ダメ」
「へ…?」
「絶対にダメ!!」
意外にも反対の声を上げたのはセリカだった。
かなりの剣幕に、少し押され気味になる。
「な、何でダメなんだよ?」
「そんなの、無理に決まってるからよ!! いくらアンタが凄腕でも、あれだけの数相手にしたら確実に死んじゃうでしょ!?」
「い、いや、それだけ心配してくれるのは嬉しいんだけどさ…このままだとどうしようもないだろ?」
おれはグイグイと詰め寄ってくるセリカに対してたじろいでしまう。
「しん、ぱい…?」
セリカは動きを止め、ポカンとした表情をしていたが、やがてみるみる内に顔が真っ赤に染まっていく。
「~~~~~っ!! してないっ、心配なんかしてない!! こんなところで戦力を分散させるのは馬鹿だって言いたかっただけ!!」
どうやら心配してくれていたのは無意識下だったらしく、必死に言い訳を捲し立てるセリカ。
普段はあまり動きの無い白い猫耳がぴょこぴょこと跳ねて、正直凄く愛らしい。
「セリカはもうちょっと素直になったらええんとちゃう?」
「うるさいっ!」
ライの呆れ気味の言葉を跳ね返し、セリカはライの手から地下迷宮の地図をひったくる。
「ここを行った先に円形の広場みたいなスペースがあるの。 もう戦うしか道は無いみたいだし、せめて戦いやすそうな場所に移動するわよ!」
セリカが地図上で指差した部分には、確かにこの場所だけ横に膨らんだような形になっている。
「でも何か怪しくないか、ここ…?」
「もうそれしか方法は無いの! 罠なんか受け流せば良いのよ! これで決まりで良いわね?」
セリカのあまりの剣幕に、おれ達はコクコクと頷くのみ。
「じゃあ早速出発するわよ!」
そうしてセリカはおれ達の返事を待たずに歩き出してしまう。
セリカ以外の一行は慌てて出発の準備を整え、セリカの行ってしまった道を辿って行く。
セリカはかなり先行してしまっていて、彼女の後ろ姿が見えた頃には目的の広場の目の前に当たる通路まで来てしまっていた。
「少し待てないのか、セリカ! 一人で行くのは危険だと分かっているだろう!?」
セリカはダラリオの忠告にも聞き耳持たずといった様子で、
「アンタ達が遅いからいけないんでしょ! 私の方が合理的に動いてるのに、どうしてアンタ達に合わせなきゃいけない――――――」
がこん。
「――――――えっ?」
無機質なスイッチの音が響くと同時に、セリカの足元の通路が急こう配に傾く。
「きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!!!」
「マズい、罠だ!!」
滑り台になった通路により、セリカが広場の方へと滑り落ちていく。
「カイッ!!」
ルルの悲鳴にも似た叫びが聞こえたが、それに構わずおれは全速力でそこへ飛び込み、セリカ以上のスピードで通路を滑り降りながらへと手を伸ばす。
セリカも半分錯乱した様子で手を伸ばし、おれの手を掴むことに成功する。
そしてセリカと横並びになった瞬間、広場と予想していた場所へと放り出された。
「なっ…!!」
着地する為に目線を下げた瞬間、おれ達は驚愕に目を見開き、絶句する。
下には、底なしの真っ暗な空間が広がっていたのだ。
あの前フリにも関わらず戦闘描写は申し訳程度になりました…
メインはもう少し先になるので、これで勘弁してくださいw




