グリトニル迷宮 入門
おれ達の行く手を阻むように乱立する遺跡群の間を縫うようにして進む獣人組に黙ってついていくと、少しだけ開けた広場のような場所へと到達し、その奥には今回の目的地であろうことがはっきりと分かる巨大な建造物が目に入る。
それ単体でも十分に大きな石のブロックが何重にも積み上げられ綺麗な山形を形成しているこの建築物は、おれが元いた世界の階段ピラミッドによく似ていた。
一番上には祭壇部屋のようなものが設置されているので、どちらかというとエジプト文明というよりは中南米の古代文明で造られた建築に近い――――ま、そんなのはどっちでも良いか。
一方、もちろんこんな建物を見るのは初めてだろうルルは、口をポカンと開けながら巨大な階段ピラミッドを見上げている。
「カイトは、あまり驚かないんだな」
おれの反応の薄さに気付いたダラリオが声を掛けてくる。
「あぁ、前にもこういう建物見たことがあったからさ」
「…ということは、他の迷宮にも行ったことがあるのか?」
「えーと、まぁ、そんなところだな」
「…そうか」
「ほら、無駄話せんとはよ行くで」
横合いからのライの掛け声で話は中断された。
ダラリオは訝しんだ表情のままだったが、きびすを返してライの後をついていった。
怪しまれてるな…とはいえ、おれが異世界出身なんて言うわけにもいかないしな。
でもまぁ、あいつ等も何か隠し事してるみたいだしお互い様だよな。
そんなことを考えている内に階段を上りきり、祭壇部屋の前に到着する。
「これが例の扉ってやつか」
その扉は思っていたよりも小さく、大きさは縦2m横1m弱ほどで一般の民家の玄関とそう大差無い…だからといって普通の扉ということでは決して無く、凝った意匠を施されていた形跡と共に、この扉を破壊しようと試みられた後だろう無数の傷が表面を覆っている。
一番奇妙なのは、扉の取っ手やそれに準ずるものが一切無いのだ。
これでは引き戸なのか開き戸なのかさえ分からない…もはやこれが扉なのかさえ疑わしくなってくる。
「これ、扉なの…?」
おれの気持ちをそのまま代弁したようなルルの発言に、ライが苦笑気味に答える。
「一応、れっきとした扉やで? まあ普通のやつとは違うかもしれへんけど、ご先祖様の残してくれはった書物にはちゃんとここが入口やと記してあった…はずや」
「…はず?」
「え、えぇやん細かいことは! さ、ここでようやく旦那の出番でっせ?」
ライはルルのジト目から逃げるようにこちらに話題を振ってくる。
「そういえば、これを開けるのが本来の依頼だったな」
「い、いや、確かにここに来るまでに散々手貸してもらってるけどな…?」
「分かってるって。 ちゃんとやるから」
「ホンマ、頼むで…?」
ライから懇願するような目を向けられたので、そろそろ動き始めようか…
あまりグダグダしてると危険な予感がする。
まずは扉に触れ、どうして扉を開けられないのか調べてみることにする。
すると、この扉には相当量の魔力が循環していることが分かる。
発動している魔術は…≪硬化≫と≪魔術反発≫だろうか。
ここで浮き上がる疑問は二つ。
まず一つ、この手の魔術は魔力を常に供給し続ける必要があるのに、どうして何百年も…下手をすれば千年以上もの間こんなに大量の魔力を持続させることができているのかということ。
もう一つ、この扉にはそうした扉を厳重に守る魔術の元となる魔術陣や、扉を開ける為の鍵となる魔術陣さえ見当たらないのだ。
基本的に、無人の状態でも魔術を維持し続けるには莫大な魔力に加えて、その魔術の核となる魔術陣をその場に刻んでおかなくてはならない。
そのルールに例外は絶対に無いはずで、魔術陣が無くては例え魔力量の多いおれが一つの魔術に魔力を全力で込めたとしても、魔術は三日と持たずに消滅してしまうだろう。
しかも扉を閉めたり開けたりするための術陣まで無いとなると…見た目だけで無く本当に扉なのかどうか怪しくなってきたぞ、これ。
「どうやった?…その反応からして、あんまり良い感やないみたいやね」
扉から手を離して首を捻っていると、ライから声がかかる。
「うーん、確かに大量の魔力と厳重な保護魔術が敷いてあるのは感じるんだけど、その元になる術陣が見当たらないんだよ…つーか、これ本当に扉なのか?」
そう返すと、ライはガッカリを体現したかのように肩を落とす。
「ここの周りは隅々まで探したんやけど、もうここしか無いんよ。 そうか…やっぱり旦那でもダメやったか……」
「だから言ったじゃない。 例え誰に任せようと私以上の成果は出せないって」
落胆するライの後ろから、セリカが声を上げる。
ほれ見たことかと言わんばかりの彼女の表情には、それでも少しだけ残念そうな、そして申し訳なさそうな色が含まれていた。
「そもそも、人間なんかに頼むのが間違いなのよ。 ライもダラリオも、私達の目的を忘れてるわけじゃないでしょう?私達は――――」
「――――そこで終いや、セリカ。 それ以上はアカン」
「……」
ライの言葉によって、セリカは口をつぐむ。
目的、か…おれ達に伝えた「部族の統一」とは恐らく違うような気がする。
「カイ、扉を開けてセリカを見返そうよ。 わたしに出来ることがあったら手伝うよ?」
思考を巡らせていると、おれが落ち込んでると思ったのだろう、ルルが励ますように声をかけてきた。
「ありがとな、ルル。 でも、今回はおれ一人で出来そうだから大丈夫だよ」
「え…あの扉、開けれるの?」
「ん、多分な」
「また多分なの…?」
不安げなルルを安心させるように頭を撫でた後、ライに尋ねる。
「なあ、ライ。 確認なんだけど、本当にここしか入れそうな所は無いんだな?」
「え、ああ、せやね。 辺りを散々周ってみたけど、この扉しか無かったと思うで」
「そっか。 了解」
そうなれば、もう発想を転換するしか無いな。
この意味の分からない扉に厳重な保護、不自然なくらいに劣化の無いこの建物全体が、誰かが中へと侵入するのをこれ以上無いくらいに拒絶している。
もはや、目の前にあるのは外側からも内側からも開けられるただの扉では無く、外部からの接触を断絶する蓋や栓みたいなものだろう。
最初から外からは決して入れないようになっている…そう考えれば、方法は一つ。
内側から開ければいいのだ。
再び扉らしきものに手を触れ、目を閉じる。
4人の視線が自分に向けられているのを感じながら、静かに呟く。
「≪侵食《カバーイロ―ジョン》≫」
魔術を行使した瞬間、セリカが慌てたように声を上げる。
「ちょ、その扉には≪魔術反発≫がかかってる! そんなことしたらアンタが吹っ飛ぶわよ!?」
「えぇ!?カイ、だめーっ!!」
セリカの警告につられてルルまでもおれに駆け寄ってくるが、彼女たちの予想している事態は起こりえない。
「大丈夫だから、離れてて」
「え…ど、どうして……?」
一向に吹き飛ぶ様子を見せないおれにセリカが驚いた声を漏らすのが聞こえてくる。
おれが使った魔術の内容は、「魔力を喰う」というもの。
まあ喰うというのはただの表現で、実際は自分の魔力で相手の魔力を押しつぶして中和させているのだが。
つまり、おれは≪魔術反発≫やその他諸々の保護魔術の「元」になる魔力を潰しているので、≪魔術反発≫が発動することも無い。
そうして魔力を喰いながら保護魔術の元となる術陣を探して、魔術を奥へと引き伸ばしていく。
すぐ見つかると思ってたんだが…どうやら見通しが甘かったようだ。
この扉、正体はなんと5m四方くらいの巨大な石のブロックで、表に出ているのはほんの一部だけだったのだ。
暗闇の中を手探りするような感覚で、ブロックの向こう側にあるいくつもの術陣をようやく見つけ出すことに成功し、魔術によって魔力との繋がりを断ち切ることに成功する。
その直後、カチ、という音と共に扉が横にゆっくりとスライドしていく。
ズズズズズズズズズ……
轟音と共に少しづつ開いていく扉を獣人4人はポカンとした表情で眺めていた。
「ふぅ…」
思ったよりも魔力を消費してしまった。
これが後に響かなきゃ良いけど……
「ウソ…開いちゃった……」
信じられないといった表情のままか細く呟くセリカを後目に、駆け寄ってくる二人の影の方に振り返る。
「カイすごーい!凄い凄い凄いよ!」
「さっすがは旦那や!! ボクは旦那が出来る子やって信じてたよ!!」
キラキラした目でこちらを見上げるルルに、褒められてるようで馬鹿にしながら握手した手を振り回してくるライ。
ダラリオはすでに入り口を覗きこみ、中の様子を確認している。
「…どうやって開けたのよ」
驚きから立ち直ったセリカが、今度は胡乱な目つきで尋ねてくる。
「内側に術陣が敷いてあったからそれを解除しただけだよ」
「内側って…あの扉、もの凄くぶ厚かった気がするんだけど…それを平然と反発食らうはずの魔術使って開けるってどういうことなの……」
「ま、まぁ扉は開いたんやし結果オーライや! さ、早く行こか!」
俯いてブツブツと何かを呟き続けるセリカに危険な匂いを感じ取ったライが、慌てたように扉の奥へと進む。
「この先は下りの階段になってるみたいだ」
「えー…なんでわざわざ上らせといてまた降りなあかんの…」
ダラリオと言葉を交わしながら迷宮の中へと先に行ってしまう二人…どうやら俺は不機嫌なセリカを押し付けられたようだ。
「あー、セリカも行こうぜ?」
「……フン」
試しに声を掛けてみたが、見事に無視され二人の後を付いて行ってしまった。
「なんだろう、この気持ちは…」
「…カイ、お疲れ様」
「やっぱりルルだけが俺の癒しだ…ありがとな」
傷ついた心をルルとの会話によって回復しながら、おれ達は薄闇の中へと足を踏み入れたのだった。
短い&話が進まなくてごめんなさい…次話もすぐ更新出来ると思います。
こちらの保護魔術は”特待生”の保護魔術とは一切関係ないです。




