区都ウトガルド
違和感の残った朝食の時間の後、早々に目的の街ウトガルドへと足を進めたおかげで、その日の昼前には街の全景が見える場所まで来ることが出来た。
「うはっ、すげーなこれは……!」
「うん、すっごいね……!」
おれとルルが感嘆の声を上げたのは、目的地であるウトガルドの外観に因る。
同心円状に広がる街並みを、10m以上の高さはあるだろう白みを帯びた岩壁が、街をぐるりと囲うようにせり立っているのだ。
おれ達が今立っている場所が小高い丘でなければ、街の内部を見ることは出来なかっただろう。
「師匠に聞いてはいたけど、やっぱり実際に見てみると違うもんだなぁ」
「あれ、街の人達が作ったの?」
観光地に行った時によく言いそうな台詞を呟いていると、おれ以上に興奮した様子でルルが尋ねてきた。
「いや、違うよ。 あれはあそこが大昔に火山だったものの名残なんだ。 時が経って風化が進んだ結果、硬い地質の部分だけが未だに残ってああいう風になったんだ」
「ふうん……?」
いまいち分かっていない様子のルル。
「ってことは街がある場所が昔は火山の火口だったってこと?」
「え、ああ、そういうことだな」
「へぇ、凄いね! 火山なんて見たこと無かったから嬉しいな」
と思ったら、意外に理解していたようである。
「あれ、それってつまり街の真ん中から溶岩が溢れてるってこと!? ど、どうしよう……」
「いやいや、溶岩なんてとっくに枯れてるから大丈夫だって」
「そうなの? 良かったぁ……」
「あのー、旦那? ちょっとええ?」
ルルと楽しい観光地講座をしていると、ライに声を掛けられる。
「ん、どうした?」
「その、ウトガルドに着いたら準備の為に一日休憩って決めたやろ?」
「ああ、今からグリトニル迷宮に向かうと夜になっちゃうからな。 まだ迷宮について聞いてないこともあるし……何か不都合でもあるのか?」
「いや、旦那達には特に無いんやけどな。 街に入れる場所が一か所しか無くて、そこには審査がえらい厳しい門番さんがいつも立ってるんや。 それで、前にあの街に入った時にボク達が獣人ってことがすぐにバレてしもうて、色々大変やったんや……」
苦々しい表情を浮かべるライ。
後ろの二人も同じような表情を浮かべているのを見れば、相当嫌なことがあったんだろうと予測できた。
ライは説明を続ける。
「旦那は人間やし、ルル嬢ちゃんは角以外はほとんど人間と変わらんし問題無いはずやから、ボク達が迷惑かける訳にはいかへん。 そういうわけで、今から別行動にせえへん?」
「やだよ」
「それじゃ、ボク達はここらへんで野宿でも……ってえぇ!? 嫌ってどういうことや!?」
「どうもこうも、仲間が外で野宿してるのをほっといて宿でぬくぬくなんて出来るわけ無いだろ。 ほら、行くぞ」
おれの言葉に反応したのはルルのみで、獣人組は皆固まってしまって動かない。
「いや、でも、旦那……」
「アンタら、冒険者のリング持ってるだろ?」
「え? ああ、持ってるけど……」
ライはそう言って右手を持ち上げる。
その手首には、黄と緑のマーブル色になった腕輪が光っている。
セリカとダラリオは橙と黄のマーブルだったはずだ。
「なら、冒険者としてウトガルドに入れば良いさ」
白壁の街へ歩き出しながら、ニヤリと笑ってみせる。
「おれの魔術、ナメんなよ?」
~~~~~~
「まさか、普通に入れるとはな……」
「ああ、ボクもびっくりや。 けどあれは普通とは言われへんやろ」
「……」
獣人組が何やら話してるが、とりあえずウトガルドに入れたから良しとしておく。
ウトガルドの唯一の入り口は巨大な門のようになっていて、街の衛兵たちが入街審査なるものをしている。
その後、審査を受けた者は職種や街へ来た目的によってプレートが渡され、それを身に付けていなければならない。
まるでこの街が一つの独立国のようなシステムで、あまり治安の良くないコモル自治区の中でも治安がすこぶる良いというのも頷ける。
ここでは人間以外の種族には一目で分かるように特別なプレートを渡されるらしく、種族間差別の名残りを感じさせる。
そこで、おれは衛兵に<錯乱>の魔術を使い、おれ達の認識を”ただの冒険者”にすり替えておいた。
この魔術は相手の額に触れて発動すること、相手との魔力量の差が大きいこと、そして”魔眼”の力をほんの少しだけ使うこと、後は被術者が矛盾を感じた瞬間に魔術が解けてしまうという何かと制限が多い魔術だが、上手くいけば相手に対して催眠術まがいのことができる。
おれ達を担当した衛兵は二人だったが、魔術をかけたことを悟らせないよう配慮して一瞬で終わらせた。
その光景を唖然とした表情で見ていた仲間達をよそに、手続きは滞りなく終了した。
後はシヴィルで適当な依頼でも受けておけば、一旦ウトガルドを出ても入街審査を繰り返す必要はなくなる。
という訳で、おれ達は早速ウトガルドのシヴィル、厳密には冒険者専用のホームへと足を運んだ。
意外にも建物の規模はスレールのそれと同じくらいで、石製の重い扉を開けると、やはり内装も同じような感じだ。
「なんかスレールとあんまり変わらないね……」
ルルもおれと同じことを感じたらしい。
同意の声を返そうとした時、不意に前方から声がかかる。
「シヴィルは大陸の共通機関ですからね。 それに、ムダに規模を大きくしても、酔って騒ぎ立てる冒険者が増えるだけですし」
その声の主は、カウンターに座る20代前半ほどの男。
整った顔立ちで、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「ま、言われてみれば、依頼の受付と酒場だけだしそう大きくすることも無いか」
「ええ、大方その通りです。 ときに、どうやらスレールから来たようですが、このタイミングでどうしてここに? 街道の整備関係で今はスレールに依頼が集中しているはずなのですが」
興味深げに尋ねる受付の男。
彼の言うとおり、ティボレを討伐したことで街道を再び開通させるため、住み着いてしまった下級の魔獣の掃討や道の整備などでスレールから大量の依頼が発注されている為、冒険者として稼ぐならスレールに留まって依頼を受けるべきだ。
「まあ、冒険者は旅のついでみたいなものですからね。 ここにもほとんど観光目的で来たんですよ」
「そういうことでしたか……無粋なことをお尋ねして申し訳ありません。 ここに在駐している冒険者たちは皆スレールの方へ駆り出されている状況なので、どうしても気になったものですから」
辺りを見回してみると、確かにいくら昼前と言えど冒険者の数が少なすぎる。
「あはは、じゃあその分おれ達がバリバリ働きますよ」
「それはありがたいです。 と言っても、今あるのは近場の採集依頼くらいだと思いますが……」
受付の男に促され掲示板を見るが、言われた通り星1つか2つ程度の依頼ばかりだ。
ウトガルドで正式に依頼を受けたっていう証拠が欲しいだけなので実際は何でも良いのだが……どうせなら少しは手応えのある依頼が良い。
「お、これ良いじゃん」
手に取ったのは、『グリトニル迷宮の探索依頼』、ランクは星6つ。
「これでお願いします」
「え、探索依頼ですか……!?」
依頼書を男に渡すと、その目が大きく開かれる。
「何か不都合でも?」
「いえ、そんなことは無いんですが……」
何か良い淀むように視線をさまよわせた後、男は声のトーンをいくらか落として話し出す。
「あの迷宮についての噂は聞いたことがありますか?」
「ええ、何でも”既死者”が徘徊してるとか」
「そうなんです。 特殊な魔力を持つものが魔力を込め続けなければならないはずの”既死者”が、かれこれ40年以上も活動を続けている……明らかに異常な状況です」
それについては既にライ達から情報を得ている。
「そのおかげであの迷宮の探索もままならず、依頼もずっと残り続けているんですよ。 とは言え、それ以前から謎が多い場所ではあったのですが。 そんな訳で、あなた達のランクなら命を落とす心配も少ないですが、得られるものも少ないと思いますよ?」
男の目つきがこちらを試しているように細められた。
「そうですね。 でもまあ、実は元から迷宮に行ってみる予定だったので、依頼も物見のついでとして受けることにします」
結局、何を言われても迷宮に行くことは決定事項だし、状況がどうであれ一石二鳥というやつだ。
「本当に、行かれるのですね?」
「はい。 手続きお願いします」
「……さすが、噂通りですね」
「え?」
「いや、何でもありませんよ。 後ろの方達もこちらへどうぞ」
「早速明日から行ってみたいと思います。 ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ依頼完遂の報告をお待ちしています」
受諾手続きを終え、カウンターから背を向ける。
「あ、カイト様。 今晩の宿がお決まりでないようなら、シヴィルの方から紹介させて頂きますが?」
「あー、もう宿は決めてあるので……わざわざすみません」
「いえ、こちらこそ要らぬ節介でした。 では、また」
「ええ、さようなら」
男の声を背に浴びながら再び重い扉に手をかけ、シヴィルを後にした。
~~~~~~
「黒髪隻眼の少年に赤髪の少女は間違いないでしょう。 では、あのフードを被った三人は一体誰だったのか……宿に監視を付けておく予定でしたが、仕方ありません。 できるだけ悟られないよう、尾行を開始してください。 まあ、本当に噂通りの人物なら尾行する必要も無いのでしょうが……それにしても、奴隷館潰しの次は迷宮探索ですか。 話の種に尽きない人です、まったく」
五人の冒険者が立ち去りほぼ無人となったシヴィルには、受付の男が堪えるような、それでいて無邪気な笑いを響かせていた。
ウトガルド(Útgarðar 古ノルド)…「ウートガルズ」とも。北欧神話で巨人の国にある、ウートガルザ・ロキが治めている都市。 見上げればうなじが背に着くほどの(?)大きな城壁をもつ……そういう設定なんです、ホントに。




