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Wonder Worker World ~ 隻眼の英雄 ~  作者: 今宵 侘
第2章 グリトニル迷宮 潜入編
38/50

かすかな違和感

「はい、セリカの分」


「……」


おれが差し出した料理の盛られた器を、セリカが無言で奪い取っていく。



ローブを纏っていないので、最初に会った時には見えなかった真っ白な尻尾が歩調に合わせてフリフリ揺れているのが何とも可愛らしい――――――



おれとルルがが獣人三人組と出会ってから3日目の朝。



時間が惜しいとの声があり、かなりのペースで移動し続けた結果、コモル自治区最大の街ウトガルドまであと少しというところまで来ている。


大分幅が広くなった街道の脇に隠れるようにキャンプを張り、ただ今朝食の時間に突入したところである。



そして今日の朝食を含め、調理器具をほとんど持っていない獣人組の為に毎食おれが料理を担当しているのだが……



セリカの人嫌いぶりは予想通り筋金入りだ。


この三日間まともな会話さえ出来ずにいる。


最初に料理を作った時も、「人間の出す料理なんていらない」と受け取り拒否までされた。


しかし、ライの―――ライクーンにそう呼べと言われた―――「セリカ、スレールの酒場で普通に食べてたやん」という一言によって、顔を真っ赤にしながらも渋々食べてくれた。



それでも全く変わらない態度に、餌付け作戦は失敗だなぁ……と本人に聞かれたらかなりマズイことを考えていると、食事中だったルルがその手を止め、セリカの方へ近づいていく。




「セリカ、ちゃんとカイにお礼言って」


「……来ないで」


「セリカがお礼言わないから来てるの」


「……ほっといてよ。 別にアイツがお礼して欲しいとか言ってるわけじゃないでしょ」


「それでも作ってくれた人には感謝するのが普通でしょ!」



頬を膨らまして怒るルルに、鬱陶しそうに流すセリカ。



このやりとりも見慣れたものである。


おれも別に良いとは言ってるんだが、それではルルの腹が納まらないらしい。



「まーたやっとるんか……すんまへんなぁ、旦那。 セリカにはもう何回も言ってるんやけど」



食事の度に始まる睨み合いはすでに恒例の風景となっており、近くの川から水汲みを終えたライが申し訳なさそうにこちらに近づいてくる。



「ルルもずっとあんな調子だし、お互い様だって。 それより、水汲みありがとな」


「いつもご飯作ってくれてるし、この位はせんと釣り合わんって! な、ダラリオ?」



「そう言うなら、ライももう少し手伝ったらどうだ……?」



同じく水汲みに行っていた熊人ダラリオが、俺の腰の高さはあるだろう巨大な樽を両肩に担ぎ上げてやってきて、それらをおれの前に軽い地響きと共に地面に降ろした。



「だってボク、そんな重いの持たれへんもん。 それに、樽に水汲むのは手伝ったやん」



悪びれないライの様子に、ダラリオはため息をついて呆れ気味だ。



「まあ何にせよ、二人とも助かった。 取りあえず朝飯にしよう、ルルとセリカはもう食べてるし」



苦笑しながら二人にも料理を手渡す。


「おおきに、旦那」


「ありがとう」



二人がそれぞれに礼を述べてそれを受けとった。




ライは相変わらずの態度だから置いておくとして、この三日間でダラリオとは大分打ち解けることができた。



元々それ程人間嫌いでは無いらしく、料理を作っているおかげもあってか、いつの間にか警戒を解いてくれていた。


デカい図体に見合わず面倒見の良い性格で、不機嫌なセリカをあやしたりライの調子の良い物言いに振り回されている姿がよく見られ、ダラリオの好感度は他二人を差し置いて上昇中である。



「あ、旦那。 そういえば、まだ報酬の話してへんよね」


樽の上で食事をしているライが、ふと思い出したように問い掛けてくる。


「あー、そういやそうだったな」


同じく隣の樽に座ってご飯を食べながら、最初に報酬を貰うことを約束していたことを思い出す。



「で、旦那はどんな報酬がお望みなんや? 用意できるもんなら、今すぐにでも用意するつもりやけど」


「んー、そうだなぁ。正直まだ何にも考えて無いんだけど……どうしよう」


「どうしようって……旦那、特に欲しい物も無いのにこんな危険な申し出引き受けてくれはったん?」


「だって、アンタら困ってたみたいだしさ。 それに、獣人の秘宝ってのがどんなのか気になるだろ?」



ニヤリと笑いかけると、ライはいつも浮かべているニヒルな微笑を少しだけ引きつらせる。



「いくら何でも、秘宝は渡せんからな?」


「んな事は分かってるよ。見るだけで十分だし、お宝がその秘宝だけとは限らないし」


「せやなぁ……じゃあ、報酬は秘宝以外で迷宮の中で見つけた財宝は全部そっちに譲るってことでどうや?」


「ふむ、なるほど」




彼らの話では、”グリトニル迷宮”は獣人の祖先が創ったものだから、そこの財産の所有権は彼ら獣人にあると言っても良いだろう。


それを迷宮へ案内までしてくれる上、迷宮で見つけた物のほぼ全てをくれると言っているのだから、こちらに大きな利があると言って良い。




「だけどなぁ……」


「それだけじゃ不服なんか?」


「いや、そうじゃないんだけどさ」



確かに魅力的な提案ではあるが、そこまで財宝が欲しいという訳でもない。


せっかく獣人からの頼みという珍しい機会に出会えたのだ。


報酬をもっと活用するような手がきっとあるはず。


最悪、報酬なんて貰えなくてもこうして親交を深めるだけでも良いんだし。



「ま、取りあえずは保留にしといてくれないか?」


「ええけど……ボクらの出せる報酬も限界はあるで?」


「そんなことは分かってるよ。 無理なことは言わないから安心しろって」


「はぁ……旦那、その言葉信じとるからな?」


「はいよ」



「……なぁ」


まだ不安げな表情をし続けているライに苦笑しつつも再び料理に手をつけていると、今までおれ達の後ろで樽に寄りかかりながら座って食事を続けていたダラリオが声を掛けてくる。



「お前は……カイトは、どうして獣人にここまで優しく出来るんだ? 鬼人を連れている時点から不思議に思っていたんだが、東王国の出身だったりするのか?」



コモルが属している西の王国であるランパード王国とは違い、東の王国は人種差別の制度がかなり昔から取り払われていることもあり、他種族を蔑むような人間が少ないらしいと聞くので、ダラリオはおれの出身をそう推測したんだろうが、そうじゃないどころか大陸を統治する5大国の中で唯一行ったことが無い国だ。


さらに言うなら、おれの出身は”異世界”であり、他種族なんてずっと憧れの存在だったくらいなのだ。



「いいや、違う……けど、おれの住んでた末端村には二人の精霊族がいたんだ」


「末端村って”魔獣の森”沿いの村の事か?」


「うん、よく知ってるな」


「いや、ランパード王国出身なら誰でも知ってるやろ……旦那が強い理由、少し分かった気がするわ」



驚く二人を後目に、おれはオーリグとビヤードさんに初めて会った時の興奮と、それから過ごした日々を思い出して自然と頬が緩んでくる。



「おれ、この世界に生まれてから親がいなくてさ。 ずっと師匠と二人で暮らしてたんだけど、その精霊族の二人はおれの事よく気にかけてくれてたんだよ。 まあ気に掛けてくれてたのはその人達だけじゃないんだけど、凄く頼りにさせてもらったんだ。 だから、おれが誰かに頼られたなら、それがどんな相手でも出来るだけ力になってやりたいと思ってる」



そこに込めるのは、真っすぐな決意。


誰にも曲げられない、そして曲げないと決めた強い思いだ。



「……そうか」


ダラリオはそう小さく返した後、いつの間にか空になった皿を「ごちそうさん」とおれに渡した後、その場を離れていった。



「カイ」



呼びかけに反応して振り向くと、そこには若干瞳を潤ませているルルの姿があった。


きっと話を聞いて、おれの「親がいなかった」という言葉に思うところがあるのだろう。



「ごちそうさま。 今日も美味しかったよ!」


「ん、お粗末さん」


ダラリオと同じく空になった皿を受けとった後も、ルルはこちらをジッと見たまま動かない。




と、ルルが樽に乗り上げておもむろに手を伸ばし、おれの頭を撫で始める。



「カイはホントに凄い。 私、カイのことすっごく頼りにしてる。 でも、カイが辛くなったら、私のことも頼ってね?」


そう言って、ルルは優しげに微笑みかけてくれる。


「……ありがとな、ルル」



小さな手の温かな感触が頭から伝わり、心の芯までじんわりと温められていくような気持ちになる。



ルルだって、親を亡くしたばかりと言っても過言ではないのだ。


色んな苦難を経験しながらも、こうして元気に生活し、おれのことまでも気に掛けてくれる。



おれはルルの持つ強靭な心に敬服し、優しさを向けてくれたことに胸が熱くなるのを堪えながらも、ルルのされるがままになっていた。



「カイの髪、意外とサラサラだねー」


「ダラリオみたいにモフモフじゃなくてごめんな」


「ううん、これはこれで好き」



両手でおれの頭を撫でながら満足げな表情のルル。



撫でられる、というよりペットをわしゃわしゃ可愛がるような手つきに、最近ルルの餌食になっているダラリオの事を思い出し微妙な気持ちになったが……ルルが楽しそうなのでそのまま食事を再開する。



すると、足音無く近づいてくる影が一つ。


ルルもそれに気付き狭い樽の上で器用におれの後ろに回るが、その両手はおれの頭から離れない。



「……ん」



そこにはセリカが空になった皿を片手でおれに突き出している。


ムスッとした顔で非常に不遜な態度だが、彼女はいつも洗う必要が無いくらい綺麗に完食してくれるので嬉しい。



「お、今日も全部食べてくれてありがとな。 美味しかったか?」


「……べつに」


元々目も合わせていなかった顔をさらにそらし、そっけない返事をするセリカだが、彼女の顔がほんのり赤くなっているのを隠せてはいない。


「むー! 『ありがとう、ごちそうさま、美味しかったです』でしょ!!」


「うるさい。 そんなの言う必要なんかない」


「必要なんかなくない! セリカに感謝の気持ちは無いの?」


「そ、そんなのあるわけないでしょ」


「むーー!! この薄情者!!」



「いててて! 引っ張ってる、髪の毛引っ張ってるよルル!」


「わわ、ごめんなさい……って、わ、きゃあっ!?」


「ルル!? 大丈夫か!?」


ここが狭い樽の上だということを忘れ、慌てて手を離し後退したルルが派手な音を立てて転がり落ちた。



今度はおれが慌てて駆け寄りかけたが、ルルの「えへへ、大丈夫だよ」という返事にホッとする。


ルルが体を起こすのを手伝い、先程のお返しと頭を一撫でしてから振り返ると、セリカが気まずそうな表情をしてこちらを見ていた。



「何とも無かったから気にするなって。 な、ルル?」


「うん。 鬼人はこのくらいで怪我するほどヤワじゃないから」



「……ふ、ふんっ」



セリカは先ほどよりも顔の色を赤くして、きびすを返して行ってしまった。




「はぁ、協力が終わるまでに仲良くなれるだろうか……」


気遣いはしてるつもりなんだけどな……ルルとはちゃんと喋るし、やっぱり根本的に人が嫌いなんだろうか。



「セリカが素直じゃないだけだよ」


むくれた顔でそう言うルルに少しだけ癒されたが、ここまで頑固だと取りつく島も無い。



自身のかつての記憶を思い出し、何かきっかけがあればな……と思案する。



「旦那」


「うおっ!? ライ、まだそこにいたのか」



近い距離から呼びかけられ、反射的に身構えてしまった。



普段なら四六時中喋りかけてくるので、今の今まで黙っていたことが信じられなかった。



いつもなら「セリカ、そんな態度したらあかんやろ?」と言いながらも女獣人二人のケンカを嬉しそうに煽ってるのに……




「今日も朝メシありがとぉな。 美味しかったで」


ダラリオと同じく、そそくさと皿を渡してテントの片付けに向かってしまう。




「?……どうしたんだろ、ライ」



違和感の残るライの行動に、ルルが不思議そうに首を傾げている。




これはただの人間嫌いだけじゃなさそうだ……最初から分かってはいたけど、やっぱり何か隠してるよな……




それは多分、”獣人の秘宝”に関することだろう。



出会った時に聞かされたライの話にはいくつかの矛盾があった。


おれ達部外者に頼らざるを得なかったことに加え、この三日間の強行軍は明らかに焦っていると見える。



そこまでして手に入れなければならない物とは何なのか――――――少なくとも、ただの偶像としてだけではないことは分かる。




おれは自分の経験から感じる波乱の予感に期待と不安を覚えながら、皿と樽の片付けを始めたのだった。

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