三人の獣人
ライクーン「獣人タグ理解でっしゃろ?」
筆者「うんw まあ、ルルも一応獣人なんだけどねw」
「迷宮って……”グリトニル迷宮”のことだよな?」
「ご明察や! さすがは旦那やなぁ」
「この近くで”迷宮”なんて呼ばれる場所はあそこしか無いだろ……」
「まぁ、それもそうやね」
「”グリトニル迷宮”……?」
首を傾げるルルに、大まかな説明をしてやる。
この大陸で”迷宮”と呼ばれるのは1000年以上も前に作られ、今でも現存する4つの遺跡群のことであり、おれ達が向かっていた街の近くに残る”グリトニル迷宮”もその遺跡群の一つである。
”迷宮”という呼称の由来は、どの遺跡群もその面積が広大かつ恐ろしく入り組んでいるかららしいのだが、問題はその4つの迷宮の中でも”グリトニル迷宮”はとびっきりのいわくつきなのだ。
聞くところでは、「あそこに入ったら最後、決して帰って来られない」だの「夜になると既死者達が遺跡を徘徊している」だの、「遺跡の下にはさらなる広大な地下迷宮がひろがっている」「その奥には巨大な魔獣が鎮座している」、etc、etc……という風に、ファンタジックなこの世界でもおよそ聞いたことの無いような話で溢れ返っている。
これが眉唾物ならそんな話は軽く聞き流しているところだが、”グリトニル迷宮”が迷宮の中で”不可侵危険地域”に指定されている内の一つとなれば、その噂があながち嘘と言うわけでも無いのだろう。
”魔獣の森”と共に、天災級の代物である”不可侵危険地域”が2箇所もコモル自治区に存在することに、知り合いとなったスレールのメイヤーを含めコモルの為政者達には同情を禁じ得ないが、まあその話は置いておこう。
「……で、そんな危ない場所に一体何の用があるんだ?」
ルルへの説明を終え、再びライクーンの方へ向き直る。
「まぁ簡単に言うと、お宝さがしやな」
「……はあ?」
軽薄な微笑を浮かべ続けるライクーンに、今度はルルと一緒になって首を傾げる。
「確かにお宝は眠ってそうだけどさ……そこまでして欲しい物があるのか? おれみたいな人間に頼るリスクまで負って」
おれの問いかけにルルもコクコク頷き同意する。
しかしその目はライクーンの上でピクピク動く小麦色の耳に密かに釘付けになっている。
何故そんなこと分かるかって?
おれも気になってるからだよ!
「ほんま鋭いなぁ旦那は……まあ順を追って説明するとな?」
ライクーンの口調が何だか最初より砕けた調子になっているような気がするが、そんなことよりおれとルルの関心はさっきから忙しなく動く熊人ダラリオの赤茶の丸耳に集中している。
「実は、”グリトニル迷宮”は獣人のご先祖様が創りはった遺跡らしくて、あの迷宮にまつわる伝説やら逸話がボクらの間でたくさん話し継がれてきたんよ……ま、その話はひとまず置いといてやな。ボクらが今暮らしてる獣人達の共同体の話になるんやけど」
順を追ってというか急展開だな。
それにしてもダラリオの耳はよく動くのに、セリカの垂れ猫耳は微動だにしないな……。
「ボクらの共同体には見ての通り色んな種族がおってな……そのせいで今、組織の方針について意見が二分されとる。 それぞれの派閥が互いに一歩も引かない状況が続いて、皆もううんざりなんや! そこで、ボクらの派閥で提案されたのが、”獣人族に伝わる伝説の秘宝”を手に入れるというものなんやけど……ちょっと旦那にルルティア嬢、ちゃんと聞いてますの?」
「ん、あ、ああ……どうして派閥争いを納めるのにその”伝説の秘宝”とやらが必要なんだ?」
「”じょう”?……”じょう”って何、カイ?」
彼らの耳に気を取られてのがバレたらしい。
ライクーンの表情が少しだけ困ったものになったので、慌てて言葉を返した。
……対してルルはいつも通りのマイペースさだ。
「嬢ってゆうのはお嬢さんっちゅう意味や……それで話を戻すねんけど、実はどちらの派閥のリーダーもお互い自分らの意見を通すには力量が足りん思われててな……そこで”伝説の秘宝”を手に入れて、それを依り代にして派閥の力を強めたいっちゅうことなんや」
「なるほどねぇ……勇者には聖剣が付きもの、”蒼き英雄”には銀狼が付きものってやつだな」
実はスレールで”蒼き英雄”についてそれとなーく聞いて回ったのだが、師匠は予想以上のご活躍だったようで……相棒のロウラの知名度もかなり高いようだった。
”グリトニル迷宮”のこともその時ついでに聞いたのだが……まあそれはさておき、物語の主人公にはその人物を象徴する”何か”が必ず存在する。
ライクーン達の派閥も、彼らの派閥のリーダーという”主人公”を象徴する物として、”伝説の秘宝”に白羽の矢を立てたのだろう。
「まあそんなとこやな……」
いささか安易過ぎる理由とは思ったが、自分たちを差別する者が多い人間にまで頼る様子を見ると、状況はあまり芳しくないのだろうとも思う。
「それで、おれみたいな人間にわざわざ頼ったのはどうしてなんだ? アンタらけっこう強いじゃんか。 おれ達の協力が欲しいほど迷宮の敵が強いのか?」
「いや、そうやない……戦力的には十分なんやが、問題があってな」
「問題って?」
「遺跡に入ったんまでは良かったんやけど……目的の建物には入る事すらできんかったんや」
「へ? そりゃまたどーして?」
「扉に魔術的な封印が仕掛けてあったんよ……物理的な破壊が出来ん時点で、獣人のボクらにはお手上げやった」
「ふーん、魔術ねぇ……」
ずっと気になっていたことが頭に持ち上がり、その原因である猫人の左腕を見た時、初めて彼女の耳がピクンと跳ねた。
「……なによ」
「君―――確かセリカだったか、それ魔力制御の装置だよな?」
「っ!!」
セリカは慌てたように左腕のブレスレットを隠したが、もう遅い。
彼女だけでなく、他の獣人二人も驚いた表情をしている。
「どうして分かったのよ……?」
憎々しげに言う彼女を見て、あまり触れて良い話題じゃなかったと少し後悔した。
「どうしてと聞かれたら、おれにはそのブレスレットに流れる魔力が見えるとしか言えないんだけど……隠してる時点で話題に出すべきじゃ無かったよ、ごめん」
「いやいや、悪いのは隠してたこっちなんやから……まったく、旦那には敵わんわ」
苦笑ぎみのライクーンにまた少し罪悪感を感じる。
「じゃあ、お返しという訳ではないんやけど……ルルティア嬢、あんさんも獣人なんやろ?」
「!!」
「っ!……どうして知ってんだよ?」
今度はこっちが凍りつく番だった。
「ははは、そう難しいことやない。 ボクら――――とりわけセリカはよう鼻が利くってだけや」
「なっ……匂いだけで種族が分かるってのかよ!?」
「……少なくとも、人間じゃないってことくらいは簡単に分かるわよ」
信じられないような話に驚くおれに気を良くしたのか、少しだけ自慢げな口調でセリカが話す。
尾行時も彼女の鼻が役に立ったに違いない。
しかし、最初からこちらを見る敵意の視線が衰えた様子は無い。
「まあ正体も全部バレてるみたいだし、一応自己紹介するか。 おれはカイト、見ての通り人間だ。 こっちはルルティア、鬼人族の女の子だ」
ルルティアが紹介に合わせ、ペコリと頭を下げる。
「俺の斬撃をはじきとばした時点でほぼ確信してたよ」
熊人のダラリオが苦々しい口調で言った。
明らかに力自慢な体格の大男が、喜捨で細身の女の子に力で負けたのだ。
悔しい気持ちはよく分かる。
「魔力を隠してたのは旦那達の尾行の為で、別に他意は無かったんや。 まあ、指摘されんかったらそのまま隠し続けてたのも事実やけどな。 セリカ、もう外してもええで」
セリカがその言葉に素直に従いブレスレットをはずす。
その瞬間、装置の中に閉じ込められていた魔力が彼女の全体を流れ出す。
ルルもそれを感じ取ったようで、目を丸くしている。
「中々の魔力だな。 セリカがいれば封印も解けたんじゃないのか?」
「軽々しく名前で呼ばないで。……≪白灰猫≫は治癒魔術以外は専門外なのよ」
「へえ、やっぱり君も”血統”系か。 まあ、それ以外に獣人が魔力を持つことはほとんど無いからな」
「ふん……その鬼人の子も魔力があるみたいだけど、やっぱり”血統”なのね」
そこまで言うと、再びそっぽを向いてしまう。
あちゃあ、相当嫌われてんな、おれ……とは思うものの、話に応じてくれた分、ヴェストリーの頑固な薬屋よりはずっとマシだ。
「そういう訳で、旦那には扉の封印と、恐らくその先にもある魔術的な仕掛けの解除を頼みたいねん」
「……まあ、それくらいなら構わないけど」
……ここでいくつかの疑問は残ったし、この狐人がいくつか隠し事をしているのも気付いているのだが、彼らが困っているのは本当のことなんだろうしな。
「ルルはどう? 危険な場所だけど大丈夫そうか?」
「……私は大丈夫だよ?」
控えめな表現だが、未だにダラリオの耳をチラチラさせながらキラキラした目でおれを見る様子からは、ぜひ行きたいという気持ちがひしひしと感じられる。
「ん、じゃあ決定だな。 でも、それ相応の報酬は払ってくれよ?」
「それはもちろんや! 働いてくれた分はキッチリと返すつもりや……しかしここまで言っといてなんなんやけど、本当にええんか?」
「ホント今更だな……そこまで言われたら断れないだろ? 他に頼めそうな人もいなさそうだしな。 男に二言は無しだ」
「そぉか! ホンマに助かる、ありがとぉな!!」
ライクーンは興奮した様子でおれとルルと握手を求めてきた。
「よろしゅうな!!」と手を上下に振り回される。
その後、ダラリオも「……よろしく頼む」と握手をしに来たので、この熊人に対する好感度が上昇した。
ルルは未だに彼の耳が気になる様子で、触りたそうにうずうずしていて思わず吹き出しそうになった。
「……私は認めない」
温かくなりかけた空気を再び凍らしたのは、セリカの一言だった。
「特に人間。 お前が私達を襲う素振りを少しでも見せたら、私の矢でその喉貫いてやる」
そう言い残し、スタスタと歩いて行ってしまう。
ルルが怒ったように口を開いたが、おれは苦笑気味にそれを止める。
「セリカは生粋の人間嫌いでなぁ、堪忍してくれや?」
申し訳なさそうに言うライクーンだが、おれにそれを責める権利は無い。
「あれが普通の反応だよ。 アンタらも無理に接すること無いんだぞ? これはただの協力関係なんだからな」
「いやいや、こっちからお願いしてんのにそないな態度とれんって! ボクはむしろ感謝しても足りひんくらいや」
「ははは…まあ、仲良くしてくれた方がおれも嬉しいよ」
そう言ってルルと共にセリカに付いていくよう歩き出す。
「――――――ホントに、堪忍な」
未だ立ち止まるライクーンから再び漏れ出した弱々しい呟きを、おれ達が聞き取ることはなかった。
迷宮に関して違和感が残る人もいると思いますが、後の展開で解消されるので大丈夫です。
グリトニル(Glitnir ?)…北欧神話に出てくる宮殿の名前。 柱は赤い黄金、屋根は銀から出来ているという、何ともまあ豪勢なお屋敷である。もめ事の調停をする場所らしく、どんなもめ事でも和解させる凄いんだか怖いんだかよく分からない場所である。
キャスパリーグ(Cath Palug ウェールズ語)…アーサー王伝説に登場する猫の化け物。なんと、「老白」という豚から生まれた猫らしく、セリカの外見のイメージもそれを参考にした。通称、「ローザンヌの湖の悪魔猫」。 なんだかRPGの中ボス臭がプンプンする。




