スレールとの別れ
ここで、一段落です。
次からまた登場人物を増やしていきます。
出発の朝。
最後の挨拶をするために、おれとルルはシヴィルへと足を運んでいた。
「昨日は楽しかったな」
「……うん」
不機嫌そうに返すルル。
ジルさんとの話し合いの後、おれ達はアニエスの案内の元スレールの観光をした。
ルルはどうもおれと二人で遊びたかったらしく、年甲斐もなく―――本人の前で言ったら張り倒されそうだが―――はしゃぐアニエスに敵意ある視線を送り続けていた。
「ま、まあアニエスのおかげでスレールを完全攻略できたわけだし、これで思い残すことなく出発できるよ」
ルルはまだ不満げだったが、不意に少し俯いて立ち止まる。
「でも、皆とお別れするのはちょっと寂しいね……」
その言葉に、思わず頬が緩んでしまう。
本来は人間と交わることの無い夜叉であるルル。
奴隷商にも追われていた彼女がスレールの人とここまで打ち解けてくれたことに、喜びを覚えずにはいられない。
「でも、永遠のお別れって訳じゃないからな。 おれの住んでた場所はここから近いし、旅が一段落したらまた戻って来れるさ」
そう言ってルルの頭を撫でると、ルルははにかみながら頷く。
そうしてたわいも無い話しをしながらシヴィルに辿り着き、扉を開くと―――――――
「よお! もう行っちまうって聞いたから見送りにきたぜ!」
「何も言わずに行こうだなんて水臭いじゃない!」
「知ってたら昨日も飲みに誘ったのになぁ」
「ルルちゃあん、もう行っちゃうなんて寂しいよぉ!」
「ふ、ふん! おれのアニエスさんに付きまとう鼠は早く行っちまえ!」
「いっつも付きまとってんのはお前だろーが……」
たくさんの冒険者たちに囲まれ、目を白黒させるおれ達。
私服の者もいれば、何時でも依頼に行けるような格好の者も、逆に依頼を終えたばかりの酷い格好の者まで様々だったが、共通しているのは皆がおれ達の見覚えのある者ばかりということだった。
「ちょっと通しなさいよ、あなた達!」
その中をかき分けるように近づいてきたアニエスと、その後ろでニコニコと微笑むスレールのメイヤー、ジルさん。
「ジルさんまで……この騒ぎは一体何なんだよ?」
それを聞いたアニエスがまるで悪戯を成功させたような笑みを浮かべる。
「カイト君たちが今日出て行くって皆に話したら、こうして集まってくれたのよ」
「え……じゃあ、わざわざおれ達の為に……?」
「わざわざなんて言わないで!……あなたは、この町を救った”英雄”なんだから」
「な、何だそれ……はっ! まさか!?」
「ご推察の通り、カイト君が奴隷館を潰したことはとっくに知れ渡っているのよ?」
ニヤッと口角を吊り上げるアニエス。
後ろの冒険者達も同じような表情をしている。
「まあ、隠すなとは言わなかったけどさ……」
がっくりと項垂れる。
確かに傍から見れば悪を懲らしめたヒーローなのかもしれないが、内実は貴族に対する暴行に彼らの所有物への放火など、完璧に重罪人である。
あのクソ貴族が行っていた奴隷商がそもそも法律違反だから、おれがやったという証拠は恐らく出てこないだろうが、王国に目を付けられたのは確実だろう。
「大丈夫だよ。 王国側には私が口添えしておいたから」
ジルさんがおれの考えを読んだのか、苦笑しながら声を掛けてくれた。
「それでも貴族側にマークされたのは確実だろうけど……」
その言葉に再び項垂れる。
「まあ、カイト君なら誰が相手でも大丈夫なんじゃないかしら」
「奴隷館を一夜で潰せる奴に相手になるのなんていねーだろ」
「そもそもティボレを討伐できるくらいだしな」
無責任なアニエスの言葉に後ろの奴らが追従する。
「カイ、わたしが守るから大丈夫だよ?」
ルルが俺の手に自分の手を重ねてくる。
ルル……やっぱり君はおれの唯一の良心だ!
しかし女の子に守られるのは少し情けないというか何というか……
はぁ、と思わず出たため息。
――――――まあ、それでも。
「ま、何とかなるかな。 それより、おれ達の為に来てくれて本当にありがとう」
そう言って頭を下げる。 ルルも一緒だ。
「気にすんな! おれ達が勝手に来ただけだしな」
「そうよ! それこそ水臭いじゃない!」
あちこちから上がる嬉しい声に、目頭が熱くなってくる。
「おれ達は同じ”冒険者”なんだ。 仲間に遠慮はいらねぇよ」
そう言って前に出てきたのは、最初に絡んできた厳つい冒険者。
「……あん時は悪かったな。 おめぇは凄いやつだった。……また、飲み比べしようぜ」
「……ああ。 必ず」
そう言って拳をぶつけ合う。
互いの腕には、同じ色のリングが光っていた。
「次はぜってぇ負けねーからな!!」
「それは無いなー。あんた、意外と下戸じゃんか」
その言葉に周りから笑いが起こり、彼は顔を真っ赤にしながら「覚えとけよ!」と言い残し下がっていった。
「……ホントに行っちゃうのね」
アニエスから不意にこぼれた言葉。
それに反応して、皆が口を閉ざしてしまう。
「……ほんの10日と少しだったけど、カイト君とルルちゃんが私達に与えてくれた物は凄く大きかった。 カイト君は大したことないと思ってるみたいだけど、あなた達はこの町を塗り替えてしまうくらいの快挙を成し遂げたのよ?」
そんなこと無い、と言おうとしたのを手で制され、アニエスはさらに言葉を紡ぐ。
「もう行ってしまうのは寂しいけれど、あなた達に凄く凄く感謝してるの! この町に来てくれて本当にありがとう!
―――――――カイト君、ルルちゃん、あなた達に出会えて本当に良かった……だから、必ずまた、戻ってきてね? 私たちは、いつでも大歓迎だから」
「うん……ありがとう、アニエス」
おれは、何とか言葉を返した。
ヴェストリーでも貰った温かな思いを確かに感じながら。
すると、今までずっと俯いていたルルが、アニエスに飛び込んだ。
「アニエス、ありがと……私のこと知っても、嫌いにならずにいてくれて、ありがとうっ……!」
アニエスは我慢できなくなったのか、ルルを抱きしめ返しながら、大粒の涙をこぼし始めた。
「そんなことで、こんなに可愛い子を嫌いになるわけないでしょっ……!!それはこっちのセリフ!!最低な人間の私たちを好きでいてくれてありがとうね……!!」
泣くのを必死に堪えているおれの元に、ジルさんが近づき耳打ちする。
「実はね、私の信頼している冒険者の何人かにはルルティア君のことを伝えてあるんだ」
驚き、目を見開く。
「危険かと思ったのだが、少しでも事実を知る者がいた方が良いと思ってね」
そして二人につられて鼻水をすする何人かの冒険者たちを見て、ジルさんの行動に間違いが無いことを確信する。
「ええ、良い判断だと思います……ホントにありがとございます」
「これはスレールの問題だからね。むしろ感謝するのはこちらの方だよ」
微笑みを崩さない彼の眼の奥には、強い意志の色が宿っている。
「君が奴隷館に残したあの手紙で、目が覚めたんだ。 必ず、この町に住む人皆を幸せにしてみせるよ。
――――――本当にありがとう」
そう言って頭を下げるジルさん。
「ちょ、頭を上げてください! 気持ちは十分伝わってますから!」
まさかメイヤーに二度も頭を下げられるとは……あの置手紙がただの当て付けのつもりだったなんて絶対に言えない………。
それから持ちきれないほど沢山の土産を渡され、異次元袋を使ったために一騒動起こり、その後アニエスに抱きしめられ、「次はたくさんサービスしてあ・げ・る♪」と囁かれ、また一騒動起こった。
「おれのアニエスさんがぁ……」と泡を吹いて倒れた一人の冒険者と不機嫌に頬を膨らますルルに苦笑しながら、おれ達はスレールとの別れを告げたのであった。
おれ達の旅は、ここから始まるんだ。
スレールの冒険者たちの顔を思い浮かべ、そしてヴェストリーの人々の顔を不意に思いだし、首に掛けられた蒼い水晶に触れる。
おれ達は歩き出す。
その後ろにひっそりと付いてくる複数の影があることにも気付かずに…………。
*******
「行っちゃいましたね……」
「ああ、残念だね」
カイト達を見送った後、先程までの喧騒が嘘のように閑散としたシヴィルのホーム。
そこでは、この町のメイヤーと一人の受付嬢が未だに残り、会話を続けていた。
「ルルちゃんの経歴は分かりましたけど、カイト君は一体何者なんでしょうか……」
”彼”は異質な存在だった。
いきなり現れた、新参にもかかわらず紫ランク相当の冒険者で、一夜で奴隷館を潰すほどの実力の持ち主。
彼女の疑問ももっともである。
「……彼は、ヴェストリー出身だと言っていたよね」
「ええ、そうですね」
「あそこは、”末端村”の中でも唯一ここ30年間、魔獣による被害を一度も出したことが無いんだ」
「へぇ、それは凄いですね!! 凄腕の冒険者でもいるんですか?」
”末端村”とは、”魔獣の森”に隣接する5つの村の事である。
「いや、あそこに常駐しているのは紫ランクが1人と青ランク4人で実は”末端村”の中でも一番守りが薄いと言っても良いんだ……30年も常駐している冒険者もその中にはいないしね」
「えぇ? じゃあどうして被害が一度も出ていないんですか? ここ2,3年ならカイト君のおかげと言ってもおかしくは無いでしょうけど……」
メイヤーは神妙な顔をしながらも話を続ける。
「随分前にある噂が流れてね……アニエス君は”蒼き英雄”の話は知っているかい?」
「当たり前ですよ! 100年に一度と言われる魔獣の大侵攻を食い止めた英雄ですから!……しかし、王国の内戦に巻き込まれ、姿を消してしまったとか」
「その内戦がいつ頃だったか知っているかい?」
「ええ、親に何度も聞かされてますから。 確か、ちょうど30年前の……って、まさか!?」
「そう、姿を消した”蒼き英雄”が”魔獣の森”で暮らしているという噂さ……私もまさかとは思っていたのだが、カイト君の高い能力を見れば、一つの予想が出来るだろう?」
「か、カイト君が”蒼き英雄”の弟子ってことですかぁ……!?
そ、そんな馬鹿な―――――――はっ!!そう言えば!!」
受付嬢がカタカタと震えだす。
「ど、どうしたんだい?」
「し、シヴィルへの登録の時に、聞かれたんですよ……『冒険者の腕輪の色に、黒い色は無いか』って」
「そ、それは本当なのかい……!?」
冒険者に公表しているのは白から紫の色のみであり、シヴィル職員、もしくは実際に黒い腕輪を持つ人物の関係者でも無い限り、その存在を知ることはない。
つまり――――――――
「「カイト君は、”蒼き英雄”の弟子………」」
その事実は、二人を戦慄させるには十分なものだった。
「私達は、気付かない内に、”伝説”に触れていたのかもしれないな……」
「彼のことを”英雄”と呼んだのも間違いでは無かったのかも知れません……」
そして二人は顔を見合わせ、何とも言えない顔で”彼”が出て行った扉を見つめ続けるのであった。
そこは、世界のほんの片隅。
しかし、そこに佇む二人の人間に確定的な予感を与えて、物語は進んでいく。
後に語り継がれることになる―――――”英雄”の始まりの冒険の、幕引きである。
「シヴィルで最初に絡んできた冒険者」……最後まで名前を出すタイミングがつかめず結局出せずじまいでした(笑)
何となく ブ から始まる名前にしようと思ってたんですが……誰か考えてくれると嬉しいですww




