”魔眼”
粘液に覆われた体に無数の触手と眼球がうごめき、体の中心部には植物には本来あるはずのない巨大な口がまるで体が二つに裂けているように開かれている。
その体長は5mを優に超え、その臭いと相まって見る者に嫌悪を与えてなお余りあるだろう。
隣に立つルルもそのあまりのおぞましさに顔を真っ青にしている。
そして、そんな状況でおれが発した第一声は、
「なんだ、モ○ボルじゃん」―――――――である。
「もる……?」
「あ、いや何でもないよ」
ルルが反応しかけたので慌ててごまかす。
ティボレって名前だったのか。
”魔獣の森”にもたまにいたけど、ずっと愛称で呼んでたから本当の名前を知らなかった。
幸か不幸か魔獣については博識である自信があり、聞いたことの無い名前だけに期待していたのだけど……
ま、ルルもいるしそんなに強い相手じゃなくて良かったかな。
そんなことを考えていると、触手の先に複眼の一つが付いた形状をしたような無数の眼が一斉にこちらを向く。
何回見ても気持ち悪いな……ルルなんて「ひっ」って言って硬直しちゃったし……大丈夫かなぁ。
「ルル、見た目はヤバいけど落ち着いて対処すれば大丈夫だから、な?」
「う、うん……」
ルルを奮起させよようとしていたらモルボ…もといティボレの触手が襲いかかってきた。
「あいつの粘液は触るとまずい!焼き切れ!≪炎纏≫!」
剣を抜き魔術を発動させると、剣が青い炎に包まれる。
こちらに伸びてくる触手を難なく切り落とし続けながらルルの方をみると、「いやぁあああああああ!!」と叫びながら触手を焼き潰している。
……あれは気合の叫びじゃなくて拒絶の叫びだな。あんな声で避けられたらおれは立ち直れない。
その時、後ろから回り込むように伸びた何本かの触手がルルに迫っているのに気づく。
すぐに助けに入ろうとしたが、ルルが振り下ろそうとしている魔鎚に込められた恐ろしい量の魔力を感じ、すぐさま距離を取りつつ剣を地面に突き刺す。
「ふっとん、じゃぇえ!!」
どっかぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああん!!!
最初にルルが加減を間違えたときの数十倍の爆発が辺りを包む。
残ったのは真っ黒に焼け焦げた地面と爆破の中心にへたり込むルルと、剣とローブで何とか場を凌いだおれだけだった。
や、やりすぎです、ルルさんや……
今のでティボレも消し炭になったかと思い見回すと、爆風で遥か彼方に吹き飛んだティボレがぴくぴくと痙攣している。
これで星7つか……そう考えるとルルも中々に規格外の存在のようだ。
しかし、もう少し加減を覚える必要があるな、これは。
やれやれ、と思いながら屈んだ状態から立ち上がる。
ルルの方へ近づいていくと、ルルがへたり込んだまま顔だけを向けてくる。
「ルル、いくら何でもあれはやりすぎだ、ぞ……?」
ちょっとだけ説教してやろうかと思って声を掛けたが、ルルの両目から大粒の涙がこぼれ始めて頭が真っ白になる。
「え、ちょ、どうした!?まさか怪我でもしたのか!?」
「……ったの」
「へ?」
「怖かったの!!臭いし気持ち悪いし触手はいっぱい来るし!!ふぇぇえええええええん!!」
……あちゃー、失敗したなこりゃ。
ルルの訓練のために瞬殺するのは止めたんだけど、ルルが女の子っていうのが抜けてたかもな。
ちょっと力があるからってそういうのは考えれて無かったな。
申し訳ない気持ちで一杯になりながら、ルルを抱きしめて落ち着かせる。
「ごめんな、ルル。おれがさっさとやっちまえばよかった」
「ひぐ……ごめんな、さい」
「いいや、ルルのことおれが考えてやらなかったのが悪いんだ。ルルが謝ることじゃないよ」
「うん……ぐす」
はぁ……またルルのトラウマが増えちゃったかもな。
最悪だ。
「っ!!カイッっ!!」
ルルの鋭い叫びに意識が呼び戻され振り向くと、大量の黄土色の液体が目の前にせまってきていた。
マズイっ!!ティボレのやつまだ生きてたのか!!
その液体の正体はティボレの口から吐き出される酸弾で、触れたものは強烈な酸によって溶かされてしまう凶悪な攻撃である。
瀕死で距離もあった為、すっかり油断していた。
間近に迫る酸弾。
詠唱も間に合わない。
ルルがしがみつく腕に力が籠るのを感じ、今回はとことんダメだったな、と自己嫌悪に陥り、目を閉じる。
―――――――もう、使うしかないか。
―――――――発動。
おれが目を開いた瞬間、酸弾が迫っていた速度が無かったかのように急停止する。
一塊になり、空中で巨大なボールを形作る。
―――――――行け。
すると、酸弾はこちらへ来た方と正反対の方へと勢いよく飛んでいき、瀕死状態のティボレに直撃した。
ギギャァァァァァァァァアアアアアア……と断末魔の叫びの後、ティボレは静かに地面に伏した。
ふう。
今度こそ終わったな。
ティボレの討伐証明のために一部分を削ってこなきゃいけないが、とりあえずはルルだ。
「大丈夫か?」
「カイ……その、目、どうしたの?」
……やっぱりまだ抜けて無かったか。
「ああ、これがおれの”特異体質”なんだ」
「とくい、たいしつ?」
「そう。”魔眼”って呼ばれるものだよ」
今、おれの瞳は紅く染まっているだろう。
少し経てば黒く戻るんだが。
「ま、がん……じゃあ、さっきの魔術みたいなのも?」
「ああ、この眼の能力だよ」
ルルの目はおれの右眼を凝視している。
「気持ち、悪いだろ?」
かつての記憶がよみがえり、おれの胸にズキリと痛みが走る。
「そんなことないよ」
「……え?」
「”とくいたいしつ”も赤い目も、わたしと一緒。嬉しい」
そう言ってほほ笑むルル。
おれは思わず目頭が熱くなって俯いてしまう。
「……どうしたの?どこか痛いの?」
さっきとは立場が逆になり、心配そうに頬に手を当ててくるルル。
「ううん、何でもない。ありがとな、ルル」
もう一度ルルを抱きしめる。
体に伝わる温かさは、何よりもかけがえの無いものに感じられた。
体を離すとルルは顔を真っ赤にしていておれも少し恥ずかしくなって、それをごまかす様にティボレの遺体の一部を回収した。
ルルは嫌そうな顔をしていたが、我慢して手伝ってくれた。
「それじゃ、帰るか」
「うん!」
「魔獣はまだ居るから気を抜いちゃだめだぞー。宿に着くまでが冒険者ですからね?」
「うー……なんだか子供扱いされてる」
「ははは、気のせい気のせい。……ありがとな、ルル」
「え?」
「何でもない。行くぞー」
おれがこの”眼”を見せるのは何人目だろうか。
ある者は嫌悪し、ある者は拒絶した。
それが敵であっても、気の合う友人であっても。
だからルルには見せないように必死に隠してたけど、どうにも隠し事は苦手みたいだ。
……おれって弱いなぁ。
出会って1週間ほどの少女に、一体何度救われ、励まされているのだろう。
彼女に自覚は無いみたいだけど。
助けているつもりが、逆に助けてもらってしまっている。
おれの隣を歩く小さな≪夜叉妃≫に三度感謝の言葉を心で述べながら、スレールの町に帰った後にするべきことを頭の中で整理し始めたのだった。
いよいよ”魔眼”の登場です。
実は奴隷商を脅したときも使ってたのですが……詳しい能力は追々ということで。
それにしても隻眼に魔眼って、それなんて厨二病?
安心してください。まだ増えます(笑)
ティボレ…insectivore(食虫植物:英)より。ティボレは虫から魔獣まで何でも食べる。容姿は某RPGより抜粋。不細工の代名詞。




