依頼 - 2
おれのせいで散らかった依頼書を片付けた後、凍結依頼の受諾申請をした。
「≪受領≫」
冒険者登録の際にも使った、カウンターに刻まれた魔方陣の上に依頼書と手を置き言葉を唱える。
魔方陣と腕輪が輝き、光は残滓となってすぐに消えてしまった。
アニエスさんはまだ浮かない表情だ。
「これで受諾申請は完了だけど……本当に大丈夫なのよね?」
「心配性だなぁ、アニエスさんは。おれの力を信じてくれたから申請させてくれたんだろ?」
「う…そうよ!本来ならランク白が星7つの依頼なんて絶対に受けさせないんだから!」
「でも、困ってるならそれを解決できる人がさっさと解決するべきだろ?」
「……その自信は一体どこから来るのかしら」
「ま、おれは強いからな。魔獣の一匹くらいどうってことないさ」
おどけたように言うと、アニエスさんはキッとこちらを睨んでくる。
「そこらの魔獣とは訳がちがうのよ!?それをまだ一回も依頼をこなしてない人が何余裕ぶってるのよ!」
「……ありがとな、アニエスさん」
「……は?」
「だってさ、昨日会ったばっかなのにおれの無茶なお願いを聞いてくれたし、そんだけ怒ってくれるってのはそれだけ心配してくれてるってことだろ?だから、凄い嬉しいんだ」
「な、なな……」
「だから、アニエスさんを悲しませるようなことには絶対ならない。依頼を終わらせて戻ってくるって約束する」
耳まで真っ赤になったアニエスさんは何かを言おうと口を開いたり閉じたりしていたが、最後にはそっぽをむいてしまった。
「…もう!勝手にすればいいじゃない!さっさと終わらせて早く戻ってきなさい!」
つっけんどんな言い方だけど、アニエスさんの人の良さが伝わってくる。
「……うん。今日は準備して、明日から街道に向かうよ。ホントにありがとう、アニエスさん」
「…アニエスでいい」
「は?」
「さん付けしなくて良いって言ってるの!……帰って来るの、待ってるからね?」
「…うん、分かった。じゃあね、アニエス」
「……死んだりしないでよ。ルルちゃんも、危なくなったらカイトの後ろに隠れるのよ?」
「……バイバイ、アニエス」
ルルは何故か不機嫌そうに出て行ってしまった。
おれはアニエスに手を振り、ルルに続いてシヴィルを後にした。
それにしても、アニエスのツンデレ具合にびっくりした。
ちょっと格好つけすぎたかもしれなかったが、アニエスの説得にも成功したみたいだし結果オーライかな。
ツンデレお姉さん。
うん、良い響きだ。
ツンデレお姉さんと言えばヴェストリー村のアン姐もそれに当たるが、少し種類が違う気がする。
そんなことよりもルルの不機嫌具合が気になるが、まあ二日酔いのせいかな。
おれの前を歩いているルルを捕まえ、ルルの武器を選ぶために武器屋へと足を進めた。
スレールは、周辺の街からおれがお世話になってたヴェストリー村などの”魔獣の森”に近い村へと物資を運ぶ中継地点として知られ、その為か中規模の町にしては豊富で質の高い武器が揃う。
ルルが身に着けているアーマードレスども言うべき装備も決して見た目だけでは無く、物理攻撃はもちろん魔術への耐久力もなかなかである。
昨日飲み交わした冒険者が勧めてくれた武器屋はお世辞にも大きいとは言えない店だったが、気前の良さそうな店主と並ぶ武器を見ればこの店への印象は良い方に傾くだろう。
「ルルはどんな武器が良いんだ?」
「わたしが村にいた頃は一族みんな棍棒と大弓を使ってた。わたしは弓は使えないけど」
おお、棍棒か。まさに鬼といったところか。
おれの知り合いの≪夜叉漢≫は2mもある大剣をぶん回してたが、あれは壮観だったな。
「おーい、おっちゃん。ここに棍棒みたいな武器は無いか?」
「おう、棍棒か。でも、ありゃあ力の要る武器だぜ?お前らに扱えるとはおもえねぇが……」
「良いから良いから。何種類か頼める?」
おっちゃんは渋々といった様子で持ってきたのは木製のメイス。
持ち手も太くかなり重そうだ。
ルルはそれに近づき、何と片手でヒョイっと持ち上げた。
そのまま、まるで木の枝を振り回すような感覚でぶんぶん振り回し始める。
その様子をおれとおっちゃんが唖然と見つめ、
「これ、軽すぎ」
というルルの発言によりさらに言葉を失うことになった。
それからも石製のものや鉄製のものを持ってきたおっちゃんだったが、ルルに全て「軽い」と一蹴されてしまった。
ルルにちゃんとした武器を持たせれば奴隷商なんて敵じゃなかったな……。
武器屋にあるほぼ全ての武器を試した後、店主のおっちゃんが「この嬢ちゃんならもしや……」とか何やらブツブツ呟きだした。
そしておれ達は店の奥へと案内された。
おっちゃんが指し示したのは、部屋の隅に横たわる大きな箱。
箱を開けると、そこにあったのは黒く輝くメイス。
目を引くのは相手に打撃を与える柄頭の部分。
バランスボールより一回り小さい程の球状をしたそれは、漆黒の色合いにも関わらず光を透過するような煌めきを持っている。
柄頭の重量を支える為か刺叉のような形状の柄も深い黒に彩られ、それに巻きつくように真っ赤な模様が鮮やかである。
あまりの美しさに息を飲むおれ達を嬉しそうに見、おっちゃんが解説を始める。
「綺麗だろ?この柄頭の部分はたった一つの宝石から出来てんだ。名前を≪紫黒の鬼鉄槌≫つってなぁ、魔鎚の一つなんだ」
「へぇー、魔鎚なんて初めて見た!!」
この世界で、自分の中にある魔力を自らの意志で外に放出するには、魔術や魔方陣への還元をしなければならないのだが、特別な素材や道具の中に直接魔力を送り込めるものが存在し、それを利用して造られたメイスが魔鎚、というわけだ。
そういった武器の希少さは折り紙付で、伝説にし存在していないと言われるような鉱石やら魔獣やらの素材に加え、鍛冶の専門家である≪岩精霊≫の秘術によってしか造ることができない。
……薄々気づいているかもしれないが、つまりおれの周りにはそういった武器が造れる環境の中にいたということである。
魔剣のデフォルトである派手な装飾が無いせいでおっちゃんは気付いていないが、おれの腰に下がるこの剣も立派な魔剣である。
「そうだろう、そうだろう!魔武器が出回るなんてめったに無いからな!」
……ヴェストリーでは比較的に良く見られたんだが、やっぱりあそこは異常なんだろう。
「それにな、この武器は夜叉族の長が愛用していたって伝説まである位の名品なんだぜ?」
「マジで!?」
「……!!」
おれとルルがビックリしたのでおっちゃんは満足そうだが、おれ達が驚いた理由はおっちゃんが思ってるのとは少し違うだろう。
ルルと顔を見合す。
ルルはその赤い瞳を期待に燃やしている。
「まあ、魔術の使えない獣人が何故魔鎚なんか使ってたのかはしらねぇが……問題がある」
「問題?」
「重すぎるんだよ。おれでも一人で持ち上げるので精一杯だ。こんなの振り回すなんて常軌を逸してる……だが、嬢ちゃんならもしかして、と思ってな」
「……ルル、試しに持ってみ」
「うん」
この時点でおれはすでにルルが≪紫黒の鬼鉄槌≫を使いこなせると確信していた。
獣人族であるルルが大量の魔力を持っている理由。
この魔鎚があればきっと何かが分かるんじゃないかと思う。
柄に刻まれた赤い模様もよく見れば魔方陣に酷似している部分が多数見受けられる。
ルルが魔鎚を持ち上げる。
その瞬間、魔鎚の模様がが光ったような気がした。
「……すごい」
1回、2回、3回と振り回すうちに、どんどん鎚を振るスピードが上がっていく。
「すごい、すごいすごい!!」
ブンブンと空気が唸るほどの勢いで鎚を振る少女をおっちゃんは引きつった顔で見つめている。
ピタ、とルルの動きが止まる。
どうした――――――と声を掛ける前にルルがこちらに猛烈な勢いで詰め寄ってきた。
「カイ!!これ、欲しい!!」
「お、おお。でも、おっちゃんが売ってくれるかは知らないぞ」
そういうとルルはおっちゃんの方を振り返り、体が二つに折りたたまる程頭を下げる。
「お願いします!!これ、下さい!!」
おっちゃんは先ほどのルルを見たせいか腰が若干引き気味である。
「も、もちろんそれだけの力量ならば売ってもいいが、これは魔鎚だぞ?質も高いし安い値で譲るわけにはいかんのだが……」
「いくら払えば良いんだ?」
「そうだな…お嬢ちゃんくらいしかその魔鎚を使える奴もいないだろうし、15万ノルドでどうだ?」
「えー、それにしてはちょっと足元見すぎだろ。12万でどう?」
「う……し、しょうがない、14万にまけてやる!」
「もう一声!」
「い、いや、これ以上は……」
「じゃああっちにある投げナイフ20本付きでいいよな?」
「うぐ……いいだろう、ただし先払いだけだぞ!!今ウチは厳しい時期なんだ!!それ以上の妥協はできん!!」
「ん、分かった。ほら」
魔力を纏って散々脅し、最後はあっさり大金を渡したのでおっちゃんは状況に付いていけてないみたいだ。
大体1ノルドが100円くらいだから、14万ノルドは魔武器にしては破格だろう。
しかも投げナイフ付きだし、良い買い物ができたな。
ルルが泣きそうな顔でこちらを見ている。
「そ、そんなに高いなんて知らなくて……」
まあ、大金っちゃ大金だが。
「気にすんなって、こんなのただのはした金だからさ」
14万なんておれの全財産の1割にも満たない。
とは言えはした金は言い過ぎだが。
「……アンタ等一体何者なんだ?」
ナイフを包みに入れながら得体の知れないものを見るような目でこちらを見るおっちゃん。
……失礼だな。
「ただの駆け出し冒険者だよ。良い武器をありがとな、おっちゃん」
おれ達の白い腕輪を訝しげに見るおっちゃんに手を振り、店を出た。
それから野営に必要なもの(ほとんどが食糧だったが)を揃え、昨日知り合った冒険者達と談笑しているうちに日もどっぷりくれてしまった。
「なあ、ルル」
「ん、なに?」
今までタイミングを失って出来なかったが、やっておくべきだろう。
「ルルの正確な能力値を知りたいんだけど、いいか?」
「別に良いけど、そんなのどうやって知るの?」
「魔術を使うんだよ。ちょっと気持ち悪いけど我慢してくれよ」
「え……」
「≪調査≫」
「ひゃんっ」
この魔術を使われた者は全身を優しく撫でられたような感覚が体に走る。
ルルから漏れた可愛らしい悲鳴は聞かなかったことにしよう。
「カイのヘンタイ……」
顔を赤くして怒るルルもそれは可愛いのだが、おれはただ驚いた。
≪調査≫を使うと筋力と魔力の大体の値が分かるのだが、ルルはどちらも常軌を逸していた。
特に筋力の値はおれの見た中でもトップレベル。
あんな喜捨な体のどこにそんな力が籠められているのか。
そして、さらに驚いたのは……
「”爆炎の血統”か……」
「…?」
「ルル、きみは”特異体質”なんだ」
「とくいたいしつ?」
「んー、つまり、ルルは他の≪夜叉妃≫とは違って特別なんだ」
「ん、知ってるよ。わたしだけ角2本だし」
「それもそうなんだろうけど……多分、ルルに魔力があることに関係してるんだと思う」
「え…?わたし、魔力無いよ?」
「それはルルがそう思ってるだけ。ちょっと良いか?」
そう言ってルルの右手を握る。
「ど、どうしたの…?」
また顔が赤くなるルルだが、とりあえずスルーだ。
掴んでいる手に魔力を体全体に巡るように送り込む。
これは治癒魔術に当たるものだが、今の目的は治癒じゃない。
「あ……」
気持ちよさそうに目を細めるルル。
「今、ルルの中に魔力を送ってるの分かるか?」
ルルが小さく頷く。
「それに意識を向けたまま、魔力の流れを感じ取ってみて」
もう一度頷くと、ルルは目を瞑る。
タイミングを計って、ルルからゆっくり手を離す。
ルルは目を閉じたままだ。
「どうだ、もうおれは魔力を送ってないぞ?」
「でも、まだ魔力が流れてるよ?」
「それがルルの魔力だよ」
ルルが驚いたように目を開く。
「ホントに?」
「ホントだって。おれは嘘を付いたりしない」
「…すごいね。これがとくいたいしつ?」
「んー、多分そう、かな」
”特異体質”はそれだけじゃ納まらない。
もっと強力な能力が秘められているはずだ。
「なんにしてもルルが凄い力を持ってることは確実だし、その魔鎚の前の持ち主もきっと同じ能力を持ってたんじゃないかと思う」
「そうなんだ……」
ルルは背中に下げている≪紫黒の鬼鉄槌≫を振り返る。
その顔はどこか嬉しそうだ。
「嬉しいの?」
「うん!だって、この力があればカイの助けになれるから」
「……そっか、ありがとな」
おれはこうして一緒にいてくれるだけで感謝してるんだけどな。
ルルの頭をわしゃわしゃ撫でてやる。
だんだんこうやって撫でるのが癖になってきたかもしれない。
”他と違う”ってのはけっこう怖いことだ。
それがどれだけ優れていることでも、周りは気味悪がったり煙たがったりする。
その理由は嫌悪だったり嫉妬だったりするんだけど、”他と違う”だけで孤独に晒されるのはとても悲しい。
だから、おれはルルを手放したりしない。
例え彼女が獣人だろうと”特異体質”だろうと、本質はただの可愛い女の子なのだ。
それはもう一人の”巫女”と呼ばれている”彼女”や”英雄”と呼ばれる師匠、それに”他と違う”の筆頭である自身を見てきたおれの確信だ。いや、事実と言うべきか。
そして、何よりも許せないのは”他と違う”のを利用してその人を貶め、自分たちだけが利益を得ようとする奴らだ。
人攫いをして金を得る奴隷商も、人柱を使って神にすがろうとする信徒も、絶対に許さない。
まずはスレールの奴隷商どもからだ。
あいつ等が平然と人を売るように、おれも平然とあいつ等を潰してやる。
「よし、今日は明日に備えて宿に帰ろう」
「うん」
おれはルルと宿への道を歩きながら、赤黒い決意を心に抱いていた。
脳内では一瞬で完結する出来事も文面にすると予想外のボリュームになってしまい大変です。
カイトは微鈍感キャラで行こうかと。
好意には気付くけど深くは知ろうとしない、的な。
しかしフラグは立てまくります。うわ、嫌な奴(笑)




