暖かい夜
引き続き鬼っ子視点です。
名前をまだ出していないのに今更気付きました(笑)
美味しそうな匂いとパチパチと火がはぜる音に刺激されて、私は目を覚ます。
目の前には、焚き火とその上に置かれた大きめの鍋が湯気を上げている。
辺りはすっかり暗くなっていた。
ゆっくりと覚醒してきた意識で起きる前の記憶を呼び覚まそうとしたところに、声がかけられる。
「おー、やっと起きたか。ちょうど良かった、今飯ができたところだ」
声のする方を向くと、焚き火の向かい側には黒髪の人間が―――――――
そこで私は一気に警戒心を引き上げ、立ち上がる。
「おい、あんまり動かない方が良いぞ?君、病み上がりなんだから」
男の言葉を聞き流して、体の状態を確認する。
大丈夫だ。まだ頭がふらふらするが、体の痛みは引いている。
……痛みが引いてる?
ガバッという効果音とともに、私は体のあちこちを確認する。
あれだけ傷だらけだった足は栄養不足で細いのは良いとして、傷があったのが嘘のように綺麗に治っている。手を開いては閉じ、首に手を当ててみても痛みは無い。
「あなたが、治してくれたの?」
半信半疑で目の前の男に聞くと、
「まあな。治癒魔術は昔から苦手で、時間かかっちゃったけどなー」
頭を掻きながらそんな答えが返ってきた。
どうやら本当にこの男が、しかも治癒魔術なんてもので治してくれたrしい。
「それで、まだ痛むところはあるか?」
先ほどとは打って変わって余りにも真剣な眼差しで聞かれたので、思わず普通に返答してしまう。
「別に、無い。ちょっとふらふらするだけ」
すると、
「そっか、そりゃ良かった。君、足の傷のせいで破傷風になってたんだからな?でも、元気になったみたいで良かったよ」
凄く嬉しそうに言う姿を見て力が抜けそうになるが、すぐに気を引き締める。
人間はずる賢い生き物だ。今のも演技かもしれない。
「ま、話さなきゃいけないことはたくさんあるけど、とりあえずは飯だ」
そう言って彼は鍋の中身を器によそう。
器の数は、二つだ。
「ほれ、突っ立ってないで君も一緒に食べようぜ?」
そう言って器の一つを私に差し出してくる。
警戒したままの私はそれを受け取ることは無い。
美味しそうな匂いはするものの、何が入ってるか分からないものを食べる訳にはいかない。
例え、中身がすごく美味しそうでも。
……がんばれ、わたし。
「なんだ、いらないのか?牡丹鍋、美味しいのに……じゃあ、おれ先に食べてるからな」
彼は困ったように笑うと私の前に器を置いて、先程座っていた位置まで戻ると両手を合わせ、「いただきます」と言ってから器を持って食べ始めた。
ボタン鍋という料理名とか食前の儀式みたいな動作とか彼がスプーンの代わりに使っている二本の棒のような物とか気になることはたくさんあるが、今一番わたしを引き付けて止まないのは、ただ美味しそうなその料理。
彼が普通に食べている時点で変なものが入ってる心配は無いのだが、食べるのを拒否した手前、頂くのは気が引ける。
と、
ぐ~~~~~
と私のお腹から間延びした音が鳴った。
バッ、と彼の方を見ると、彼は笑いを堪えているような顔でこちらを見ている。
私は顔が真っ赤になるのを自覚しながら、観念してボタン鍋とやらを食べ始めた。
一口目でその美味しさに感動し、気が付けば何度もおかわりしていた。
彼がニコニコしながらこちらを見ていたのが少し恥ずかしかった。
いつの間にか、会話もするようになっていた。
「たくさんあるからどんどん食えよー」
「……ねぇ」
「ん?なに?」
「なんで『ボタン鍋』なの?」
「あぁ、それはな……」
そう言って彼はどこからかサングリエの肉の塊を取り出し、慣れた手つきで切り分けて大皿に盛っていく。
「これで完成。どう?」
「わぁ……」
大皿に切り分けた肉がまるで大きな花のように盛り付けられていて、思わず声が出てしまう。
「この盛りつけられた肉が牡丹っていう花みたいだから牡丹鍋。分かった?」
「うん。すごい」
「ふっふっふ、そうだろう。で、追加で切った分もちゃんと食えよ?」
と言って、彼はせっかく綺麗に盛り付けた肉を鍋の中に入れてしまった。
「あ……」
もったいない!と思ってたのが顔に出てたらしく、彼は面白そうに笑う。
「食材は食べるためにあるんだからしょうがないだろ?…もっと食べたくなったらまたやってあげるから」
私の食べるスピードが上がったのは言うまでも無い。
そうして久しぶりの楽しい晩餐を終えた私は、満腹感と安心感で少し泣いてしまった。
その間、ずっと静かに見守っていてくれた彼は本当に優しい人なのだろう。
そもそも、瀕死の薄汚い私を助けて怪我を治してくれた時点で彼には感謝してもしきれないのだ。
涙が治まったところで、私は彼に謝ることにした。
「……あの、さっきは警戒してて、失礼なことしちゃったから。ごめんなさい」
そう言って頭を下げる。
反応が無いので頭を上げてみると、さっきまで穏やかな表情をしていた彼は不機嫌そうな表情をしていた。
なにかマズイことをしただろうか……?
再び泣きそうになる。
「そんな言葉より、言って欲しい言葉があったんだけどなぁ……」
呟くように言う彼の言葉を必死に考える。
言って欲しい言葉?
なんだろう……思いつかないよぅ……
とりあえず思いついたことを言ってみることにする。
「あ、あの、牡丹鍋、すっごく美味しかったです。ありがとうございました」
そう言うと、途端に彼の表情がぱあぁぁ、と嬉しそうなものに変わる。
「うん、お粗末様でした。……おれの方こそありがとな」
え?なんで私にお礼を言うの?
私、何もしてないのに………
首を傾げていると、彼は照れ臭そうに笑う。
「いや、ここ二週間くらい一人で食べてばっかりだったからさ。今日は君と一緒に食べれて凄く楽しかった」
それを言うなら私だって!
その言葉は何故か私の口から出てこなかった。
不意に感じた胸の痛みで俯いてしまう。
今度は彼が首を傾げていたが、私は何だかいたたまれなくなって口を開く。
「わ、わたしの名前はルルティア・ハーミルって言うの。あなたは?」
「おお、そういえば自己紹介がまだだったな。おれの名前はカイト。よろしく、ルルティア」
「えと、わたしのことはルルで良いよ」
「ん、分かった。じゃあおれのこともあだ名で呼ぶか?」
「え、それじゃあ……カイ?」
「”貝”か…まあ、それでいっか。よろしくな、ルル」
「うん!」
自己紹介が終わった後、改めて彼…カイのことを観察する。
年はわたしと同じくらいだろうか。
銀色の凄く綺麗な防具を付けてて、隣に置いてある剣も細かい装飾がされててとても高価そう。
黒目黒髪の人間は初めて見るし、もしかしたら位の高い人なのかもしれない。
一番気になるのは、カイの左眼。
そこは黒い眼帯で覆われ、そこにも銀色で文字のような刺繍が施されている。
私がじっと見ていたのに気付いたのか、彼は笑って眼帯に触れる。
「やっぱりこれ、気になる?」
「あ、あの、えっと………」
「気使わなくて良いって。言われ慣れてるしな……なんでコレしてるか、知りたい?」
あまり聞いてはいけない話題だと分かっていたが、好奇心に負けて小さく頷く。
「実はな、剣で刺されたんだ。ズブリ、ってな」
カイは軽い口調で言ったが、そのむご過ぎる内容に私は笑うことが出来なかった。
「ひどい………」
出会って間もない、しかも≪夜叉妃≫の私に何の躊躇いも無く優しくしてくれるカイが、どうしてそんな目に遭わなきゃいけないのだろう……
「おいおい、気にすんなって言ったろ?おれは片目でも全然平気なんだからさ!」
そう言われて、
自然と手に力が入っている自分にやっと気付く。
わたしを安心させようとしているのが伝わってくる。
………どうして。
「どうして、カイはわたしに優しくしてくれるの?わたしは人間じゃないのに……」
気付けば、口に出していた。
カイはわたしの質問に少し苦笑している。
「どうしてって言われてもな…ルルは何ていう種族なんだ?」
「知らないの……?わたしは≪夜叉妃≫だよ」
「≪夜叉妃≫って夜叉族のことか?」
「うん、女の夜叉」
「へー!そうなのか。≪夜叉漢≫とは随分姿が違うんだな」
「え…じゃあ」
「ああ。おれには≪夜叉漢≫の知り合いがいる」
「っ!!ホントに!?」
「ああ。ゼムっていうんだ。……あいつは角が一本しか無かったけどな」
「ホントなんだ……!夜叉は普通は一本だよ。……わたしのは特別なの」
「……そういうことか」
急に怖い顔になったカイはわたしの足元を睨んでいる。
わたしの足に付けられた、重い重い鎖を。
「なぁ、ルル」
「……なに?」
「その足に付けられた物のこと、どうしてあんな所で倒れていたのか、聞いても良いか?」
カイはわたしのことを覗き込むようにして聞いてくる。
言いたく、無かった。
せっかく仲良くなれたのに、私が高く売れることを知ったら、カイもわたしのことを捕まえようとするかもしれない。
奴隷商の男たちのような目つきでわたしのことを見るかもしれない。
でも、もしかしたら。
わたしのことを同情してくれるかもしれない。
運が良ければ、知り合いの夜叉のことを紹介してくれるかもしれない。
人間は信用できないが、カイならもしかしたら―――――。
―――――ううん、これは建前の気持ち。
ホントは、信じたいんだ。
村を出てから初めて温もりをくれた、この片目の旅人のことを。
「隣に、座ってもいい?」
でも、やっぱり正面からカイを見る勇気は無かった。
カイは微笑んで頷いてくれた。
そしてカイの隣に座って一つ深呼吸をした後、わたしはこれまでのことを、自分が与えられた運命を話し出した。
牡丹鍋の由来は恐らく”唐獅子牡丹”が有力なんですが、異世界で通じる簡単な説を取り入れました。




