運命
新キャラ視点です。
伏線を立てておきますが、彼女が”一人目”です。
これの意味が分かるのはこの物語のかなり終盤の方になってしまいますが・・・
この世界には、”運命”という言葉がある。
私たちがこの世界に生まれてきたとき、それどころか、私たちが生まれてくる前からどうやって生きて、大きくなって、どうやって死ぬかまでもが、あらかじめ神様によって決められているらしい。
だから、良いことがあったり嬉しいことがあったなら、それを与えてくれた神様に感謝しないといけないのだ。
―――――でも、そうだとしたら。
悲しいことや辛いことがあったのなら、私たちはどうしたら良いのだろうか。
泣いて、泣いて、苦しくて、痛くて、それでも耐えて耐えて必死に生きてきた。
傷つき、大切なものを失って、涙も枯れて、それでも生きてきた。
もう、私がいなくなって悲しんでくれる者も、いなくなって悲しいと思える人もいない。
もし、私の運命がホントに決まっていて、何時までも無くならないこの胸の痛みに正直に従っても良いのなら―――――
私は、神様を憎んでも良いだろうか?
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「はあっ、はあっ……」
比較的大きめな木に背中を預け、倒れるように座り込む。
もう、何もかもが限界だった。
しばらく動けそうにも無い。
頭が酸欠でくらくらする。
足も裸足で森の中を走り続けたせいか、無数の切り傷がつき、ところどころ化膿してジクジクと痛みを発している。
そんな状態になるまで走り続けたのは、怖かったから。
私は逃げていた。
私を追っているのは、何十人ものおぞましい男たち。
奴らは奴隷商の仲間なのだ。
座っているのも辛くなって、横になる。
ジャラリ。
音のした方を見る。
それは、私の右足首。
足の中で唯一切り傷の無いその場所には、引きちぎった鎖が未だに私に纏わりつき、私を苦しめる。
私の力でも外せなかった錠の部分は、逃走の大きな障害となっている。
奴らは、諦めただろうか。
希望的観測をしてみるものの、それは絶対無いということは経験上明白である。
何故私のような成人したばかりの女に何十人もがしつこく付きまとうのか。
それは、私が≪夜叉妃≫だからだ。
祖先より鬼の血を引くという夜叉族は≪獣人族≫の中でも数が少なくて、人前に出てくることも滅多に無いらしい。
私が住んでいた村も人間が近寄らない森の奥深くで、他の種族と関わることなく過ごしていた。
その平穏が破られたのは、村に一匹の強力な魔獣が現れたとき。
人間の数倍の力を持つ夜叉達でも、”魔術を行使する”魔獣には成す術も無く、村は壊滅に追い込まれた。
逃げ延びることができたのはほとんどおらず、村という身を守る盾を失った私たちは弱かった。
一人、また一人と減っていき、人里に下りようと決意した時には数える程しか生き残った者はいなかった。
夜叉族は性別によって≪夜叉漢≫と≪夜叉妃≫と別々な呼び方があり、≪夜叉漢≫は大柄で魔獣である”ゴブリン”や”オーク”に近い容姿を持ち、”ホブゴブリン”と言われたりするらしい。
一方、≪夜叉妃≫は極めて人間に近い容姿をしており、ただ一点、小ぶりの角が生えているという違いがあるだけである。
よって、≪夜叉妃≫は圧倒的に狙われやすいのだ。
人間の前では≪夜叉妃≫ということがバレないように用心して過ごしていたのだけれど、ある日仲間の一人が人前に姿を見せてしまい、追われることになってしまった。
幸か不幸か、私は≪双角夜叉≫と呼ばれる夜叉の中でもさらに珍しい種類であり、普通の夜叉はおでこの上に一本の角があるだけなのだが、私は二本の角が頭の両サイドから生えている。
その為か追手は私だけに集中し、捕まったのは私だけだった。
最初は「他の仲間が助かったのならそれで良い」とも思ったが、男たちの粘ついた視線を浴びる度に感じた怖気はやがて恐怖に変わった。
そして、首と手足に付けられた拘束具を無理やりはずし、ここまで逃げてきたのだ。
首に付けられた拘束具は魔術が掛けられていて外す時に激しい電流が流れて首は焼けただれ、手かせと足の鎖を引きちぎる時には手の筋肉を傷めたが、そんなこと気にする余裕もなく、運んでいた馬車から飛び出した。
今更その痛みが私を襲うが、もはや顔をしかめる元気さえ残っていない。
痛みで朦朧とした意識の中で思い浮かべるのは、村の中での幸せな記憶。
兄弟はいなかったが、両親や友達と過ごした日々が何にも代えがたいものだったと今更ながら気付く。
全て失った今では、何もかもが手遅れだというのに……
その時、草むらをかき分けて近づく気配に気付き、意識が引き戻される。
ついに追いつかれてしまったか……それとも、仲間が助けに来てくれたのだろうか。
しかし、その予想はどちらも大きくはずれていた。
ズン、ズンと重厚な足音を立てて近づいてきたのは、3mはあろうかという巨大な魔獣。
厚い毛皮に流線型の体格、口には二本の巨大な反り立つ牙。
この巨大な猪は”サングリエ”と呼ばれる気性が荒くて有名な魔獣である。
サングリエは私を見つけると、獰猛な目を光らせる。
そして、こちらに向かってゆっくりと近づいてくる。
足元に生えている低木など目にもくれず、ベキベキと踏み潰しながら歩いてくる。
今、力を振り絞れば立ち上がれはするだろうが、立ち上がったところで逃げれる訳もなく、元から立ち上がる気も無かった。
これが、私の運命だったんだ。
村を滅ぼされ、奴隷に追われた末に魔獣に食べられて終わり。
なんて酷い結末なんだろう、と他人事のように思う。
今更、この世界で生きる意味など無い。
私の幸せだった頃の全てはもうここには存在しないのだから。
私は運命を、神様を憎む。
今、自分にやっと死がやってくることに、だ。
村を滅ぼされた時に一緒に死んでしまえば、どれだけ楽だったろう。
どんどん近くなってゆく魔獣との距離。
息遣いまで聞こえるようになった時、私は静かに目を閉じた。
もう、死ぬのは怖くない。
怖くない、はずなのに。
こんなにも、体が震えるのはどうしてなの……?
閉じた目からこぼれる一筋の涙。
枯れたと思った目から溢れるものそのままに、私の口から”本当の想い”が溢れる。
「助けて……誰か助けてよう……!」
叶うはずの無いその願いは、間もなく叶う。
ざざざざざざざざざっ!!
ありえないスピードでこちらに近づく新たな気配。
それに気付いたサングリエは、何事かという風に振り向く。
そして、”彼”はもうそこにいた。
サングリエの頭上高く飛び上がり、振り上げた右足を振り下ろす瞬間、
「≪雷奔≫ィィィイイ!!」
ほとばしる光とそれに見合う凄まじい衝撃。
”彼”が着地した瞬間、予想より綺麗な状態であった巨大な魔獣は、ゆっくりと地面に倒れ伏した。
余りの光景に私は自分の涙が止まっているのにも気づかない。
そして、謎の襲撃者が放った一言は、
「よーし、猪肉ゲット!今日は牡丹鍋だなっ!」
ぼ、たん……?
そして、振り向いた”彼”は私を見つけ、目を一杯に見開く。
「なっ…おい、大丈夫か!?」
被っていたフードをはずし、”彼”は走り寄ってくる。
黒髪、黒目で眼帯をしているその男は、私が嫌悪しているはずの人間だった。
でも、”彼”が私にかける焦ったような声色に私は何故か安心してしまい、そこで意識は途絶えた。
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もし、運命というものがあるのなら、私は神様を憎む。
それは、これからも変わることは無い。
でも、それでも、
”彼”との出会いだけは―――――――




