出発-2
こんなに描く予定じゃなかったのに……
でも、満足できる旅立ちになりました。
「さてと。あまり出発を遅らせてしまうのはカイト君には悪いですから、私たちからも別れの挨拶をしましょうか」
セルジュさんを中心に、冒険者5人が並ぶ。
そして、前々から決まっていたのか、セルジュさんが再び5人を代表するように話し出す。
「カイト君、あなたと私たちの付き合いは、かれこれ12年に及びます。カイト君は小さい頃からとても聡明で、私たちが教えることをどんどん吸収して、遂には私たちの誰もが及ばないような戦士となってしまいました。しかし、四年前の”あの日”からしばらくは疎遠になってしまい、私たちも胸を痛めていました」
「それは、おれのせいで……」
「いいえ、精神的に追い詰められていたあなたの支えとなれなかったのは、年長者として失格なのですよ。……それでも、あなたは私たちを今でも慕い続けてくれる。それだけで、私たちがどれだけ救われているか、カイト君は気付いていないでしょう?」
「そんな、おれはただ……セルジュさん達のことが大好きなだけ、ですから」
我ながらこっぱずかしい言葉をのたまうおれに衝撃が走る。
涙目のアン姐がおれにタックル、もとい飛びついてきたのだ。
「カイトッ!さっきはごめんよ!アタシはただ、カイトのケガが治ってほしくて……」
「うん、分かってる。全部おれの為に言ってくれてたんだろ?アン姐はずっと優しくしてきてれたから……だから、すごくすごく感謝してる」
「ぐすっ…カイトぉーー!!……えぐっ」
ついに泣き出してしまったアン姐の背中をさすってやる。
「がっはっは、これじゃあどっちが年上なんだか分かんねえぞ」
ロイクさんがからかうように言うと、アン姐は「……う゛る゛ざい゛」と言いながらおれから体を離した。
少し名残惜しかったのは男としてしょうがないだろ?
「ありがとう、カイト」
「うん、どういたしまして」
「……旅に出るのは認めるよ…でも!」
再び顔を近づけるアン姐にドキリとしてしまう。
「……絶対に、ここに戻ってきな。…分かったね?」
その言葉に、頬が緩んでしまう。
「ああ、必ず戻ってくる。セフィと一緒に。約束する」
おれがそう言うと、アン姐は満足そうに頷き、後ろに下がった。
その後も、五人から多くの激励を受けた。
中でも、普段は不機嫌で攻撃的なガエルさんに「……無理はするなよ」と言われた時は胸に来るものがあった。
それが落ち着くと、再びセルジュさんが代表となっておれの前に立つ。
「オーリグさんの秘薬に比べると見劣りしますが…」と渡されたのは目も覚めるような青のペンダント。
「これ、まさか……」
「そう、≪スークジール≫の魔力結晶です。探し出すのに中々苦労したのですが、なんとか手に入れることができましたよ」
魔力結晶とは、特殊な地形や高ランク魔獣の体内で、純粋な魔力が偶然に結晶のように固まって生成されるものであり、珍しいなんてものでは無い。
しかも、スークジールとは……
「スークジールはカイト君が最初に襲われた魔獣なのでしょう?そこで、決して初心を忘れること無かれという意味を込めて贈らせてもらいました。……まあ、我々よりも強いカイト君には今更感は否めませんが」
苦笑しながら言うセルジュさんに対し、首をぶんぶん振りながら感謝の言葉を伝える。
「そんなことないですっ!めちゃくちゃ嬉しいですよ……それに」
「それに?」
「あ、いえ、何でもないです。それより、皆さんも本当にありがとうございます。後生、大事にします!」
おれの言葉に、彼らは照れたように、そして誇らしげに笑う。
「カイト君は冒険者になるんですよね。困ったことがあれば、先輩である私たちにいつでも相談にきてください。私たちはいつでもここにいるんですからね?」
そうして、セルジュさんは手を差し出す。
「我らが末弟が健やかな旅を続けられるよう、我ら”冒険者”は祈願しています」
そうしておれは5人の”姉と兄”、そしてオーリグとビヤードさんと硬い握手を交わした。
そして、おれは師匠の前に立つ。
先に口を開いたのは、師匠だった。
「カイト、君に伝えるべきことは全て言ったつもりだ。師匠として出来ることは、もう私には残っていない」
「……それでも、師匠は師匠です」
「ふふ、そうか。…しかし、本当に良いのか?ロウラを連れて行っても良いのだぞ?本人も了承しているというのに」
師匠がそう言うと、ロウラがこちらに顔を摺り寄せてくる。
お返しにロウラを撫でてやりながら、言葉を返す。
「ありがとう……でも、ロウラは師匠を守るっていう大事な役目がある。おれが連れてく訳にはいかないだろう?」
「むー…私は一人でも大丈夫だと言ってるのに」
拗ねたように言うのが実に可愛らしいが、何を隠そう彼女は齢70を超えているのだ。
老いという言葉をどこかに置いてきてしまった彼女には、どうしてもこれ以上世話をかけることはしたくない。
「だめです、師匠はロウラとペアで完璧なんですから。という訳でロウラ、これからも師匠をよろしく頼むぞ」
人の言葉を理解するこの美しい銀狼は『任せておけ』という目をこちらに向け、『カイトも気をつけろよ』と言わんばかりに顔を舐めまわしてくる。
「カイト…私にたった一回勝ったからと言って調子に乗っているのでは無いか?」
ロウラとの最後の触れ合いを堪能した後、じとっとした目でこちらを見る師匠と再び向き合う。
「そういう訳じゃないです。自分だけの旅をするって決めたのは師匠と決闘するより前でしたから……。それに、師匠がおれの心配をしてくれるように、おれも本当に師匠のことが心配なんですよ?」
「そ、そうか。まあ、カイトのしたいようにするのが約束だからな。好きにすれば良いんだ」
顔を赤くして嬉しそうにする師匠。
彼女ほど分かりやすい人ってのも中々いないんじゃないかと思う。
「はい、師匠。本当に、ありがとうございます……」
これが永遠の別れという訳では無い。……分かっていても、別れが近づく程、おれの心は重くなってくる。
そんなおれを知ってか知らずか、師匠は今度は柔らかい笑みを浮かべ、口を開く。
「心配することは無いよ。……自分で決めた道だ、期待は勿論だが、不安もあるだろう。でもね、それは誰だって抱えている気持ちだよ。皆、明日のことさえ分からないまま進んでいるのだから。自分が動かなかった時の未来を見てしまった君は、きっと他の誰よりも不安だと思う」
師匠は全てを透過するような蒼い瞳でおれを見続けている。
「だからこそ、覚えていて欲しい。君には心強い仲間達がいる。味方は一人だけじゃないんだと。自分だけじゃどうしようもないことがあったなら、迷わず仲間を頼りなさい。それでも駄目なら…私が地の果てだろうと空の果てだろうと異世界だろうと必ず助けに行ってやる。……それを、忘れないこと。分かったね?」
おれは、もう限界だった。
溢れ出す言葉が、堰を切ったように流れ出す。
「おれ、おれは、ここにきてからずっと不安でした。おれを知ってる人達から切り離されて、本当の意味で孤独だった……!寂しかったんだ、発狂するくらいに…!でも、そうならなかったのは、師匠が、どこの誰とも知らない人間のおれを受け入れてくれたから、常識を知らないおれに、根気よく教えて続けてくれた師匠の存在があったから、愛を注いでくれたから……!」
言葉と一緒に温かいものが右眼から溢れ出す。
それは、”あの日”流した冷たい血の涙とは、何もかもが反対のものだった。
「うぐ……おれにとって、ホルストレイ・ザランハックは、厳しい師匠であり、ぐす、頼れる姉であり、優しい母さんだった……!!おれが、ここで過ごした12年間は、信じれない程、幸福でしたっ……!!」
これ以上言葉を紡ぐことはできなかった。
嗚咽で喋れないのと、同じく涙でぐしゃぐしゃになった師匠に抱きしめられたのが理由である。
「私はずっと、人を信じることが、出来なかった。でも、でもな?カイト、君の言うことだけは最初から信じられたんだ。君と言葉を交わす度、私は暖かなもので満たされていく気がしたんだ。君のおかげで、私は”人を愛する”という感覚を思い出せたんだ……!灰色の30年から私を救い出してくれたのは、カイト、間違いなく君だった…例え血は繋がっていなくても、母と呼んでくれた……ありがとう、ありがとうっ……!」
*****
涙の洪水は波及していく。
彼ら二人を涙無しに直視できる者は、この場には誰も居なかった。
ガエルだけは赤い目のまま睨みを利かせ、ギャラリーを近づけさせないように気を配っていた事実は、彼の仲間の誰にも知られていないだろう。
*****
感情の波が治まった後、師匠から銀のローブを貰った。
”あの日”以来なんとなく着ることを避けていたこのローブも、今は素直に受け取ることができた。
「そのローブには考えうる限りの保護魔術が掛けてある。そうそう破れることも、魔術の影響を受けることも無いだろう。これで装備面は完璧だな」
「うん。……師匠、それにみんなも。本当に、今までありがとう。おれ、必ずこの恩を返してみせるから」
おれの言葉に、反応は様々だった。
「元気にやってれば、それで十分だ!がっはっは!」
「自分で満足がいくまで決して諦めてはいけませんよ?」
「御託は良いからさっさと済ましてさっさと帰ってこい!」
「ぜっっったい、帰って来るんだよ!?」
「物語にはハッピーエンドが付き物なんだから。がんばってね!」
「良い報せを待っているぞ」
「無事に、どうか無事に帰って来るんじゃよ?」
誰の言葉かは、推して知るべし、である。
最後は、やはり師匠だ。
「うちの娘がしばらく帰ってきてないんだ。君達が家に帰ってくるのが一番の親孝行なんだ。できるか?」
「もちろんできるさ…待ってて、母さん」
少し照れながら言ったら、また抱きしめられた。
「気を付けて行ってくるのよ……!」
かくして、おれは旅に出る。
大きな希望と、少しの不安を持って。
戸惑うことは無い。
おれは、一人じゃないのだから。
自分の師匠の瞳に良く似た色のペンダントを眺めて微笑み、彼は長き旅路の一歩を踏み出す。
アンナ達五人の冒険者を始めヴェストリーの人たちがこれから話に関わることはしばらくありませんが、過去篇などを書くときはきっと活躍してくれると思います。
次は第二のヒロイン登場になります。
登録タグの意味が分かるかと。
それも含めて種族の説明は次回以降となります。
引き伸ばしのようにしてしまい申し訳ないです。
でも、出来るだけ分かりやすく解説をするための背景が必要だと思っているので、
ご理解の方よろしくお願いします。




