旅立ち
ここはとある村にある小さな宿の一室。
そこには、一人の男と彼の物であろう荷物が積まれている。
何の特徴もないこの部屋において特筆すべきことがあるとするなら、それは男の容姿と彼の荷物だろう。
荷物の内訳は、野宿の為の寝具や調理道具に食糧、他にも弓矢やおびただしい数のナイフなんかもあり、それに彼が腰に差す長鞘の剣を見れば、旅をするには少々物騒な気もするが狩りや自衛のことを考えれば別段おかしいことでも無いだろう。
だが問題なのはその量である。
綺麗に纏められているとはいえ明らかに一人では持ちきれないだろう量の荷がまさに”所せまし”と積み上がっているのである。
荷物の中には、何に使うか全く分からない水晶や金属が詰まった木箱や、下着の替えはいざ知らず、防具の替えまであり、本当に持っていくべきなのかと疑問が起こるものもいくつか見受けられる。
そんな状態にも関わらず、悩ましげな表情で腕を組むまだあどけなさを残す青年は、
「これだけで大丈夫かなぁ……もっと持ってくれば良かったかな?」
なんてことをのたまうのである。
むー、とまだ不満そうな唸り声を上げるこの青年、いや少年と言った方が良いのかもしれない、はこの大陸では珍しい黒目黒髪の出で立ちで、顰められた眉に切れ長の目、ツンと尖った鼻、引き締まった輪郭を見れば、幼さを残しているとはいえ中々の容姿と言える。
しかし、何より特徴的なのは彼の左眼。
右眼と同じような切れ長の黒目であるはずの左眼は、同じ黒い色をした眼帯によって塞がれている。
眼帯の眼に当てられている広い部分には、銀色で「K,S」と流れるような筆記体が刺繍されていた。
「ま、足りない分はまた買い足せば良いか」などと恐ろしいことを言いながら一応は納得した様子で腰に着けたベルトから取り出したのは、何の特徴も無い白い巾着袋。
彼はその巾着袋に、纏められた荷物を入れていく。
すぐに許容量を超えると思われた巾着袋の中に、荷物はするすると入ってゆく。
今入れた調理用の鍋など、どう見てもそれ単体でさえ入るようには見えない。
やがて部屋の中に残ったのは元々部屋にあった家財道具と、先ほどの荷物の量に比べれば申し訳程度にしか詰められていないリュックサックのみになった。
あれだけあった荷物が、小さな巾着袋の中に全て納まったのだ。
この光景を見た者は、例え”こちらの世界”の人間であっても顎を落とすに違いない。
再び巾着袋をベルトに取り着けて満足そうな顔をする彼に、部屋の外から見知った声が掛けられる。
「おーい、カイト―!準備終わったかー?」
その声を聞き、彼はリュックに手を掛けながら声を返す。
「今行く―!」
誰も居なくなった部屋。
そこはいつもの宿の一部屋の風景が残る。
一つだけ違ったのは、ベッドの下に転がる銀色の花びらのようなかけら。
それは彼がしまい忘れた荷物の一つだった。
それを宿主が見つけるのは少し先の話。
そして、それが”ドラゴンの鱗”だと知り、あうやく失神しそうになるのはさらに先の話だ。
今はただ、窓から差し込む光を反射し、儚げに、幻想的に煌めいて・・・
ここから、≪隻眼の英雄≫カイトの冒険は始まる。




