喪失
「中々やるようだな」
先程までは何も無かったはずの空間に突然現れた男は、無感情な目つきでこちらを見つめている。
男は、黒装束たちとは対照的に、純白のカソックのような服を身に纏っているだけでなく、後ろで纏められた長髪は染め上げたかのように白く、肌も病的なまでに白かった。
彼に唯一白以外の色が見られる部分は、鋭く、それでいて何処までも無感情な赤い瞳と、左胸の部分に施された金の刺繍と、腰に差された漆黒の刀だけであった。
男が目に入るまでその気配に全く気付くことが出来なかったカイトは、再び警戒レベルを一気に引き上げる。
「・・・アンタ、何者だ?」
魔力を練り上げ威嚇するように体から滲ませ、腰の剣に手を添えながら問う。
「・・・私が誰かなど、お前が知る必要はない」
男はカイトの脅しにも眉一つ動かさず、抑揚の無い声で返答する。
「どいつもこいつも愛想が悪い・・・アンタ、そこで寝てる黒装束の親玉か何かだろ?」
「・・・この状況下でその反応、さすがはあの女の弟子といったところか」
こちらの問いかけを全く意に介していない男にカイトは苛立ちを覚えるが、出来るだけ敵の情報を掴もうと声をかける。
「狙いは師匠か?だったら止めとけって。おれ達を人質にしたところで、最終的に消し炭にされるのがオチだぞ」
「・・・残念ながら、私達の狙いはホルストレイ・ザランハックではない」
「じゃあ何が目的なんだよ、アンタらは?こっちはいきなり襲われて怒り心頭だっつーの」
さらに魔力を滲ませ、男に問うカイト。
男は動かぬまま目だけを閉じ、数瞬の後目を開き、宣言するように声を上げた。
「我々の目的は唯一つ。
我らが巫女、セフィーシア・ホーリシスをこちらに引き渡せ」
「・・・は?」
カイトには、この世界の時が一瞬止まったかのように感じた。
そして、男と対峙してから初めてセフィの方を見やる。
「あ・・・あ・・・」
彼女は、震えていた。
虚ろな目をして、自分の体を服が破れそうなほど抱きしめている。
「セ、セフィ・・・?」
「イヤだ・・・わたし、行きたくない・・・いやぁ・・・!」
「ど、どうしたんだよ、セフィ!しっかりしろ!」
首を振りながら後ずさるセフィをカイトは必死に宥めようとする。
「おいアンタ!どういうことなんだよそれ!」
セフィを抱き留めながら、カイトは男を睨み付ける。
・ ・
「・・・お前は、何も知らずにそれと共に生活していたのか?」
「・・・なんの、ことだ」
そう言いながらも、カイトは予感していた。
この一年間、そうであれば良いと思い続け、同時にそうでなければ良いと思い続けた、予感。
「セフィーシア・ホーリシスは、『神聖なる加護を授かりし巫女』であり、『神を棺に堕とすための器』となるのだ」
「・・・やっぱり、そうだったのか」
カイトが感じたのは、セフィが自分の守るべき人だったことへの、歓喜。
彼女が背負ってしまった運命への、悲嘆。
そして、未だカイトの腕の中で震え続ける彼女を見て湧き上がるのは、彼女をおぞましい運命へと連れ込もうとする神への、激しい怒り。
「・・・どうして」
呟きは叫びに変わる。
「どうして、セフィじゃなきゃいけないんだっ!セフィが何か悪いことしたかよっ!!」
そして、目の前の男を射殺さんばかりに睨みつける。
「・・・オリンピア大聖堂を建立させるに当たり、我々は儀式を遂行させるのに必要な巫女を探し始めた」
これまで変わることの無かった男の顔が険しいものになり、先程までの拒否が嘘のように語りだした。
「太陽神に信心を持ち、かつ≪白光の魔法≫が行使できる子供を大陸中を回って探し出し、ある者は金で引き取り、ある者は権力によって服従させ、またある者は卑劣な手段で無理やり連れ去った。そして、十分な魔力量を持つまでに成長した子供達に、加護を得るための洗礼を施した」
男は再び目をとじたまま静かに語っていく。
「はるか昔から伝わる洗礼の内容は『恐ろしい災禍により死を迎え、神へと仕えよ。さすれば、大いなる恵みをこの地へともたらさん』」
「・・・それって、まさか」
「そう・・・一度死ななければならないのだ、それも人為的でないものによって。そして、我々は子供たちをこの森へと放した。巫女として、この地へ再び帰還することを願って。
・・・結果は見事に成功だった。天地を揺るがす爆発によって、新たな巫女が誕生した。
・・・だが、巫女が見つかることは無かった。そして、我々の長きに渡る捜索により、お前たちが巫女を匿っているのをみつけたのだ」
男は抑揚のない口調のまま語り終えた。
カイトは、涙を流し震えるセフィの体を強く強く抱きしめた。
そして、セフィの耳元で囁く。
「ごめんな、辛かったな・・・でも、大丈夫だ。どんなに恐ろしい魔獣だろうが、どんなに怖い奴らだろうが、おれが全部追い払ってやる。セフィがどんな危険な目に遭っても、必ずおれが助けに行く!だから、セフィは怖いことなんて何にもないんだぞ?」
「・・・ホントに?」
セフィはカイトの顔を覗き込む。
「ああ、本当だ。っていうか、初めて会った時からずっとそうだっただろ?」
「うん・・・カイ君は、最初からわたしの英雄だった」
セフィの震えは止まっていた。
「という訳で、おれはあのクソヤローをぶった切ってくるから、セフィは急いで家に戻ってこのことをロウラとホルスに伝えるんだ。
できるな?」
「うん、わかった!」
そう言ってセフィは再びカイトに抱き着く。
「・・・気を付けてね」
「・・・ああ」
名残惜しそうに体を離した後、セフィは家の方へと走って行った。
「別れは済んだようだな」
二人のやり取りを黙って見ていた男が口を開いた。
セフィを見つめて俯き加減になっていたカイトが、ゆっくりと顔を上げた。
「・・・ふざけんなよ。何人もの子供の人生をメチャクチャにして、最期には見殺しにしてっ!」
右手で勢いよく抜刀し、男の方へと向ける。
「アンタらは、絶対に許さない。神託なんて馬鹿げたシステムはおれが必ず壊してやる」
男もようやく右手を柄にかける動きを見せた。
「・・・神託は世界の理、我ら人類の希望だ。お前一人にに何ができる?」
「そんなもん、やってみなきゃわかんねーだろが!」
カイトが纏う魔力が渦巻き、大気を震わせている。
その様子を見、男は微細ではあるが初めて驚嘆の表情を見せる。
「その年でたいした魔力だ、賞賛に値する。・・・お前程の才能を失うのは惜しい。おとなしく巫女を渡すならば、お前に手を出すつもりは無い」
「あれはおとなしくするつもりも、アンタに負けるつもりもねえっ!!」
そして、纏った魔力を剣に収束させ、詠唱と共に打ち出す―――――――!
「≪乱気流≫!!」
無数の回転する風の刃が剣から放たれ、男の居る所へ殺到し、切り刻んだ。
遅くなった上に、まだ続いてしまいました・・・すみません
計画性が無くてホントに申し訳ないです・・・
出来るだけ早く次も書くので、どうぞ見捨てずにお付き合い下さい。




