プロローグ
カイトは、見知らぬ場所に立っていた。
そこは、広い建物の中だった。
大理石の床に古代ギリシャの建築のそれに似た無数の柱が頭上高くまで伸び、中央には祭壇のようなものが配置されている。
そこには現実世界では存在しないだろう獣たちが彫刻され、どこか神聖な雰囲気を感じさせた。
マリア像や十字架は見当たらなかったが、恐らくは教会や大聖堂に類する建物なのだろう。
カイトは辺りを見渡す。
祭壇以外には変わったところは見られず、直立した柱がどこまでも続いている。
ここはどこなんだろう・・・
カイトにはこの場所にいる理由やここまで来た経緯がまったく分からなかった。
そのくせ、何故か心に一切の不安は無く、むしろほんの少しだが懐かしささえ感じていた。
この場所がどんな場所かさえ知らないにも関わらず、である。
そして、カイトは祭壇の方へ振り向き、気付く。
女の人が、立っていた。
先ほどまでは居なかったはずだ。
白くゆったりとした服を纏い、顔はフードを被っているせいでよく見えなかったが、
この建物全体を照らしている柔らかな光に包まれて佇む姿は、カイトに女神を連想させた。
女が、口を開いた。
「あなたは、神託に選ばれました。もうすぐあなたは時代の変革者として、英雄として〝こちらの世界〟に誕生するでしょう。
世の平定の為に力を尽くすよう、心から願っています。」
透き通った美しい声だった。
カイトは女の言った言葉が理解できず、首を傾げる。
女は口元に微笑を浮かべ、続ける。
「いずれ分かるときが来るでしょう。あなたが使命を果たしてくれると信じています。
なぜなら・・・」
そこで彼女は言葉を切る。
カイトは続きを待って動かないでいる。
不意に、彼女が顔を上げる。
恐らく腰の辺りまであるだろう美しい金色の髪、海のように深い藍色を湛えた目。
そして鼻、口、頬、輪郭・・・全てがまさに完璧と言える造形で、それはカイトの第一印象を裏切らないものであった。
彼女はカイトを見つめる。
カイトは戸惑ってしまう。
彼女の美しさに見惚れたからだけではない。
宝石のような彼女の瞳に、躊躇うような、それでいて縋るような色を感じたからだ。
「あなたに、一つだけお願いがあります・・・」
消え入るような彼女の声を聞き、カイトはさらに戸惑う。
彼女は、その瞳から一筋の涙をこぼしていた。
「私を・・・助けて」
その言葉を聞き、カイトは心臓が潰れるほどの痛みを覚える。
分かった、今すぐ助けてやる!
そう言って彼女の元に駆け寄り、抱きしめようとする。
――――だが、口が、手が、さっきまで動いていたはずの足さえ、動かない。
今まで感じたことの無いほどの激情に心を動かされ、もがく。
なのに、体が動くことは無い。
そして、彼女が周りの景色と共に遠ざかってゆく。
カイトはそれに抗おうともがき続ける。
景色と共に遠ざかる意識の中でカイトが最後に見たのは、彼女の今にも壊れてしまいそうな泣き笑いの表情だった――――――――




