回転
「すいませーん、中トロ、サビ抜きで」
まだ食うのか。
未だ食欲の衰えない秀人を呆れと驚きをもった眼で一瞥し、敦士はまた静かにあがりを啜った。
前々からその意外性については優真から聞いてはいた。
だがまさか、こんなに大食いだとは。
秀人の周りに山のごとく積まれた皿を、敦士は無意識のうちに目で数えていた。
二十三枚。
次いで壁の時計に目を走らせる。席についてまだ十分ほどしか経っていない。
早食いだとは聞いてなかった。
「ホタテください。サビ抜きで」
えぇ。
秀人はこういった場所に慣れているらしかった。平気な顔で注文を繰り返し、そして常に「サビ抜き」なのがなんとなく微笑ましい。
よく出来るよな、と敦士は思う。
自分の意思を率直に伝えられることが、正直に羨ましいと思う。
秀人が特別というわけではなく、それが誰にとっても「当たり前」なのだとわかってはいるが。
自分には、出来ない。
つーか、それ以前の問題だよなぁ――敦士は目の前を通り過ぎていく寿司をぼんやりと眺める。
「あっくん、どうしたの? お腹空いてない?」
「え、」
そんなことは、と答える前にそういう顔をしていたのだろう、「でも全然食べてないじゃん」と秀人は続けた。
「あっくんも少食?」
秀人は軽く首を傾げる。
「も」、というのは優真を表している。「弟に胃袋とられたんじゃねぇの」などと言われるほど、彼はそういう点では秀人にまったく似ていなかった。今も寿司にはほとんど手をつけていないように見える。
「んー……、」
そりゃお前にくらべれば少食だけど――という言葉を飲み込んで、敦士は言いよどむ。さて、どう説明したらいいものか。
「――回転、」
「うん?」
「回ってるじゃん、スシが」
「そりゃー、回転寿司だからねぇ」
「だからさ、……わかんなくて」
「なにが?」
情けないやら恥ずかしいやらで、敦士はなかなかその先が言えない。
秀人はわからないと眉根を寄せ、優真も何事かと視線を向ける。
追い詰められた敦士は微かに顔を赤らめて、やっと口を開いて、ぼそりと、
「手を出す、タイミング、が……」
「すいませーん、ちょっと回す速度下げてください」
「っや、いいから、」
「てか、いっそのこと止め」
「いいから!」
「馬鹿、止めたら回ってこないだろ」
「あー、そっか」
「頼んでやろうか? 何が食いたい」
「だからいいって、」
「おじさん、今日あるネタぜんぶ」
「いい! 大丈夫だから!」
今度は回らないところに連れてってあげるね。
さわやかに笑う秀人を見てちょっと泣きたくなった。