表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

邪魔者

 あとは、俺が数理モデルを完成させ、それをAIに飲ませて論文を書き上げるだけだ。

 俺は数理モデルという迷宮に、本格的に侵入した。同行者はいない。エリーは臓器と魔力子の調整に必死だし、ジョージはそこまで数学が得意じゃないとのことだ。なんで電磁気やってんだ。

 その迷宮は、曲がりくねった上で細かく枝分かれしており、所々に鍵のかかった扉がある。その扉は、公式という鍵を差し込まなければならない。しかも対応した公式以外は噛み合わない。

 ローレンツ力とクーロン力の鍵はよく使う。ここ数日で、あの鍵を百回ほど見た気がする。

 あといくつ扉を開ければ、終着点に辿り着けるだろうか。扉の開け方をメモに記し、逐一パソコンのAIにそれを教える。

 俺の夢は、この果に叶うんだ。俺が今までの人生を賭けてきた全てが。メモを書く手を止め、足を止める暇などない。

 その迷宮に、ジョージが入ってきた。後ろから彼の声がしたから、驚いて振り返る。

「おお、なんだ?数理モデル手伝うのか?」

 ジョージはかぶりを振った。

「いや、ここ数日話してなかったからちょっと話そうと思ってな。雑談だよ」

 そんなことか。この迷宮を進む邪魔にしかならないじゃないか。ただ、わざわざ来てくれたのに帰れと言うのも酷だ。少し話してやるか。

「雑談か……そうだな、俺は雑談は苦手だな」

「……なぁジャック、お前、友達と遊んだりしねぇのか?」

 俺は迷宮を歩みながらかぶりを振る。

「魔法の作り方を知ってる友達がいるなら、是非とも仲良くさせて頂きたいところさな」

「そうか……お前、好きな人とかいねぇの?恋人を作って遊ぼうとか思わねぇの?」

「惚れたものを、まずは現実に引き下ろすんだ。現実に存在しないものに惚れていたところで、無駄でしかないだろ?アニオタの同志たちにそういうやつもいたが、俺はあいつらを反面教師だと思ってるよ」

 そんなことより、迷宮の扉が見える。開かなければ。

 ジョージは踵を返したようだ。足音が遠のく。ジョージは別れ際に言った。

「それが終わったら、今度どっかで遊ぼうぜ」

「ああ」

 迷宮の扉は、大小様々だ。大きくて鍵穴が数多あるもの、小さくて鍵穴が一つしかないもの、その中間。扉が開く毎に、一歩進む毎に、少しずつ魔法は現実へと降りてくる。俺の夢が、少しづつ現実になる。

 迷宮の果てにある魔法の降臨は、俺にとって人生最大の幸福となるに違いない。

 迷宮の天井はガラス張りだ。オーロラのような、雷のような、虹のような、海のような、それらを重ね合わせた何かが空を満たしている。あれこそが、魔法だ。魔力だ。

 その空は、昨日より少し俺に近づいた。空はゆっくりと降りてくる。終着点に着けば、俺はその空の中を泳げるだろう。

 扉の鍵穴に公式を差し込み、扉を押し開け、また進み、枝分かれした道を選択し、行き詰まれば来た道を戻り、別の選択をする。

 その繰り返し。

 ふと、時計を見た。もう七時だった。家に帰ろう。俺は迷宮を、ノートをバッグにしまい、研究室を出た。

 家に帰り、飯を食い、寝る。

 朝起きる。研究室に入る。迷宮の中で止まっていた足が動き出す。

 魔法の空が降りてくるのを感じる。俺は走り出した。鍵穴に公式を差し込み、扉を押し開け、次の扉まで全力疾走する。早く、早く魔法を見たい。魔法の空で泳ぎたい。魔法を、魔法を――

 背後から声がした。ラナだった。

「今すぐ研究をやめて」

 は?頭がおかしいのか、この女。

「嫌だ。なんで」

「言ったでしょう、危険だと。実験は成功しているし、理論上では収まらない。人殺しの道具になるのよ。中国は遺伝子操作兵を作り、ロシアも恐らく作っている。NATOも対抗して遺伝子操作兵を作っているに決まってる。そこにあなたとエリーの研究結果が加われば――」

「うるさい!」

 ラナが怖気付いている。怖気付きたいのはこっちだ。あの空が見えないのか?あんなに美しいのに。

「お前にはあの空が見えないのか!あんなに美しいのに、それを人殺しの道具だなんて、汚すな!」

 俺は空を指差した。ラナは動揺している。

「……空?何を言ってるの?ここは研究室、天井しか……」

「魔法のことだ。俺には見える、この数理モデルの迷宮を解いた先にある空が。俺が求めてきたものが!」

 ラナは、何かこれ以上なく恐ろしいものを見るような顔をした。だがその顔は、一瞬にして勇者の顔になった。なんでこいつが、勇者の顔をする。

「でも!だとしても!ダメなの!どんなに美しく見えようと、それは人殺しの道具なの!核分裂反応だって美しく見えるものなのよ!」

 何を言ってるんだ。気でも狂ったのか?

「お前、何を……」

 そう言いかけた時、もう一人の足音が聞こえた。サイモンだ。

 彼はラナに言う。

「ジャックは兵器の開発者じゃない、一人の研究者だ。そしてただの大学生だ。彼が作っているのは原子爆弾じゃなくて、ひたすらに美しい芸術作品だ。そこを理解してやってくれ、ラナ」

 彼を見たラナが叫んだ。

「サイモン!あんたはいつもそうよ!あんたは歴史の転換点を見たいだけ!興味本位でこれから起こる大量殺人と、人間の兵器化を見過ごすの!」

 サイモンは苦笑を俺に向けた。

「ジャック、ラナは疲れてるみたいだ。僕が見ておくから、君は気にしないで」

「ああ、すまないなサイモン。ラナも、休んでくれ」

 俺は迷宮の攻略を再開した。ラナは何か叫んでいたが、聞こえなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ