盲目
「なぁ、冷静に考えれば魔法使い遺伝子の開発ってヤバくね?倫理的に」
俺の隣で黙々とパソコンを弄るエリーは、そのジョージの言葉を聞いていないようだ。
俺は答える。
「分かってないな、ジョージ。魔法使いは存在し得るっていう、理論上の存在証明がしたいんだよ」
「ふーん、成程」
なんとなく納得したジョージはパソコン上に映る二重螺旋に目を移した。丁度そのタイミングで、ラナが研究室に入ってきた。
「みんな、飲み物持ってきたよー」
彼女は笑いながら、ペットボトルの形が浮かぶビニール袋を掲げた。
「お、ありがと!」
俺は振り返って袋を受け取った。
ジョージとエリーとラナにペットボトルを渡し、俺はバッグからノートを取り出した。
びっしりと書かれた数式は、全てナノマシンの数理モデルだ。発生させ得るエネルギー量の限界値、与える電気の量とナノマシン群体により発生する磁場の範囲、強さ……ナノマシンという大量の機械が、数式を複雑にする。教授はこれだけ作れただけでも凄いと言うが、それがお世辞であったことを数理モデルを作れば作るほど痛感する。
何より計算することが多い。単体の計算から群体の計算、磁場の計算はクーロン力からローレンツ力、その他諸々色んな計算。考えるだけで眩暈がしそうだが、これが完成すれば魔法の実在が理論上証明されるんだ。
そういえば、このナノマシンの名前を考えていなかったな。いちいち「このナノマシン」と言っていては埒があかない。
「なぁ、このナノマシン、名前どうする?」
俺の問いに、研究室に集まったラナ、エリー、ジョージが答えようと考え出した。
最初に答えを出したのはエリーだった。
「魔力の粒子だから、そのまんま、えっと……魔力子とかは?」
ラナが「いいねそれ!」と同意すると、ジョージも頷いて同意した。そのジョージは言う。
「でも、初めて見た人からすれば虹色のよう分からん力だから、虹の力の粒子で虹力子とか言うんじゃないか?」
「さぁな」
俺はあしらった。取り敢えず、数理モデルの続きを書くとしよう。次は……単体でのクーロン力と与えられた電力の関係か。魔力子と言う名前は呼びやすくて助かる。
筆箱からシャーペンを取り出した時、ラナが俺の肩を叩き、ジェスチャーで「研究室の外に来い」と言ってきた。
不審に思いつつ俺は、ラナと一緒に研究室を出た。しばらく二人で歩いたのち、人気のない講堂についた。ラナを追って階段を降りているとラナが席に座ったから、俺は一席空けて隣に座った。
ラナは淡々と話を始めた。
「あのね、あなたは信じないかもだけど、あなたの研究は割と危険な研究なの」
「は?いや、そんな危険なことは何も……」
「あの研究は兵器に革命を起こす。絶対に」
こいつは何を言っているんだ。俺と同じ、オタクの妄想か何かか?
「……一応訊こう、何故そう思うんだ?」
「人類は、科学技術の先端を必ず医療と兵器の二つに注ぎ込む。救命か殺人のどちらかに。で、あなたの作ったナノマシンは、万能性と破壊力がある」
「そうか?」
「だって、あなたは魔法を作ったんでしょ?どんなアニメでも漫画でも小説でも、魔法は破壊兵器。あなたは、それを実現させたんでしょ?」
「あくまで理論上だ。理論上でしかない」
「でも、実験で実際に成功してるじゃん」
ラナの言っていることは分からなくもない。確かに実験は成功した。だが俺の研究の目的は、理論上で魔法と魔法使いの実在を証明することだ。それを実際に作ろうだなんて思っていない。
同じソックのメンバーとして、分かってもらわなければ。俺は深呼吸し、なんと言えば分かってもらえるか考えた。脳内で整理された説明文を口語に直し、俺がそれを言おうとすると、講堂に足音が響いた。誰かと思って上を見ると、サイモンだった。彼は講堂の階段を降りながら諭すように話す。
「ラナ、君が言っていることはそれこそ理論上の話だ。彼が言っているのは、理論上だけでも魔法と魔法使いの存在を証明したいというだけ。SF小説に出てくる、科学理論に則った仮説と変わらないさ。SFに出てくる話を実際に現実に持ち込むなんて、そんなことを現実主義の世界がするはずがないだろ?」
サイモンの言葉には、少しつっかかりを覚えた。こいつは俺の研究のSFのフィクションと同等に扱ってやがる。まぁでも、実際同じようなものかも知れない。というか、よく考えたらこいつ盗み聞きしてたのか。そんなことを考えていると、隣からラナの反論の声が聞こえてきた。
「私、SFはそんなに詳しくないからよく分からないけど、でも、聞いたことがある。ロボット三原則って、確かSF小説が初出だけど、現実のAI技術に取り入れられてるんじゃなかった?同じ事よ」
サイモンは頷きながら、ゆっくりと階段を降りてくる。俺はその様子を目で追っていた。
サイモンは言う。
「あれはイレギュラーだ。そんなイレギュラーが、こんなちっぽけな大学から生まれると思うかい?」
……こいつ、俺のことちょっと馬鹿にしてるか?いや、気のせいか。
サイモンは続ける。
「魔法と魔法使いを、ファンタジーの異世界から現実世界の空想科学に引き込む。それが君の目的だろ?ジャック」
急に話を振られたから、俺は一瞬戸惑った。戸惑いを一瞬に収め、言葉を返すのには少々難しかった。
「え?ああ……ああ、そうだ。その通りだ」
サイモンは俺の言葉を聞き、少し嬉しそうに頷いてからラナに言った。
「空想科学を利用するだなんて、そんな無理のあることをする奴は、現実主義のこの世界にはいないよ」
サイモンはラナに言うと、俺を向いた。
「そうだ、ジャック。ジョージとエリーが研究室で君を呼んでたよ」
「そうか」
俺は立ち上がり、講堂の階段を登ってサイモンとすれ違った。そして、講堂を出る前にラナに声をかけた。
「よく分かんねぇけど、そんなに心配するようなことはないように気をつけるよ」




