ベアリング
エリーもまた、授業の為研究室を出て行った。俺は電磁石を回す方法を考え続ける、十五個もの設計図というゴミデータを書き上げた。電磁石を回す方法として最も有力だったのは、光信号受発信機の裏側をリニアモーターに近いものにする方法だった。だがそれでは磁場が複雑になり、打ち消し合いもする。結果的に、電力を消費しながら中で棒がくるくる回ってる小さな玉っころが出来上がった。なんだこのゴミは。
かなりいい線をいったと思ったのだが、磁場を使うのは諦めた方がいい。そう思いながら、内部で棒を回しつつ反作用で棒とは反対方向に自転する球体のCGを眺めていた。パソコンは静かに、ふざけたシミュ映像を映し続ける。マシンは健気だなと思いつつ、俺は椅子の背もたれに体重をかけ、力無く天を仰いだ。
あのあとエリーから言われたのは、回転ではなく変形を考えてみればどうだというアドバイスだった。生物学者からすればそうなるのは当然だろうが、電磁石ってのはそんな簡単に崩壊と再構築をできる代物ではない。そんなことができる機械など過去未来永劫AK-47くらいだろう。いや、あれも変形はしないが。
あー、早く家に帰ってアニメが見たい。最近はひと昔前のアニメにハマっている。二十年代のアニメは、CGと手書きアニメの融合が美しい。今時のアニメはCGばかりだ。ロボットアニメオタクの旧友が言っていたな。二十世紀のセル画ロボットアニメは最高だったと。当時の俺は理解できなかったが、今になってその気持ちが分かる。CGは面白くない、特にこんなクソみたいなシミュのCGは。
俺はパソコンの画面に目を映した。ナノマシンの内部は真空だから、なかなか電磁石の回転が止まらない。電力や外部の信号が途切れた時、電磁石の制御が失われて、内側からナノマシンを食い荒らすだろう。熱運動対策の外郭のナノ合金結晶構造は、内側からの衝撃は想定していないからな。精々摩擦程度だ。
そんな生活を半年ほど続けた。みんなの助力もあり、いつの間にか、データの数は千を余裕で上回った。ただしゴミである。そんなある日、研究室でまたシミュレーションCGを眺めていた時。ふとスマホをポケットから取り出し、時間を見ると、十九時だった。夜と言って申し分ないし、なんならもうすぐ閉め出される。俺は急いで身支度し、逃げるように研究室を飛び出した。
寮への帰路でニュースを見、今日の出来事を大方把握する。そして寮に入り、自分の部屋に籠り、ひたすらにアニメを見る。最近は二十年代のものを。
やはりこの時間が至福だ。
見ているアニメの中で、背後に回転する法陣を背に携えた、人外要素の多い巨人が登場した。その法陣の回転する様子を見て、思わず現実に引き戻されてしまった。脳内にぐるぐると回る棒状ナノ電磁石が浮かぶ。目を瞑って頭を左右に振り、現実を脳から振り払おうとしたが、できなかった。クソが。
大人しくそのままアニメを視聴することにした。だが、どうしても、俺の視界の中心に回転する法陣が入り込む。いっそ、その法陣を観察してやろう。
その法陣は凡そ円形で、中心から八つの棒が放射状に飛び出し、それら棒の先端には巨人に対して比較的に小さいボールが付いている。ボールベアリングみたいに。
ボールベアリング?
摩擦、加減速、回転による運動、動力……
ボールベアリング!
俺はアニメを止め、急いでノートパソコンをバックから取り出した。伝導体で形成できる分子ボールベアリングの設計図を、ナノ電磁石の両端につけられるボールベアリングの設計図を書き始めた。
動力源は光信号を受け取った表面から受け取れる、余った光のエネルギー、即ち光電効果の光電子。それを帆のように受け取る抵抗ユニットがあれば、できる。ベアリング構造自体を伝導体で作れば、棒状電磁石が小さくなってもある程度までなら大丈夫だ。
これでナノマシン内壁を回転して移動する為のタイヤができるはず。どうだ……
パソコンのキーボードを高速で鳴らし、タッチパネルを忙しなく指でなぞり、高速で既存のナノマシン立体モデルを改変する。改造しているのはいろんな設計図の派生元のモデルだったが、もはやどうでもいい。棒状電磁石の端に、光電子帆構造付きベアリング、それの方向を棒電磁石を軸として変える為の、棒状電磁石の電流にごく僅かに干渉することで動くベアリング。
最新技術はすごい。電磁場を気にしなければ、ここまで小さなベアリング構造が作れるだなんて。繊維構造や結晶構造の先駆者には感謝だ。
ついに立体モデルが完成した。これをノートパソコンのAIに読ませ、簡易的なシミュをする。
シミュレーション開始ボタンにカーソルを合わせ、タッチパネルを押した。どうだ……
カメラ点をナノマシン外壁を軸に追従するように設定。ジャイロ効果によるで視点がわからなくなる対策だ。
そして、俺は上矢印キーを押す。すると、棒状電磁石が重々しく動き始めた。何か粘つきがあるような。なんだ……?
俺は思いついた。ファンデルワールス力だ。盲点だった。あの力によって摩擦が強くなっている。もう少しベアリングを大きくしなければ、引力のせいでネバネバしちまう。
どうする?ベアリングという発想自体は素晴らしいはずだ。回転の摩擦を減らす構造として、分子ベアリングはある。大アリだ。じゃあどうする?もっとこいつを大きくする方法……
頭の中に電流が走ったような感覚があった。そう、二軸の交差する巨大ベアリングのリングだ。横軸に回る為のベアリングをナノマシン級の中に、赤道みたいに入れ込んで、そのベアリングの一部に固定した縦軸ベアリングをつける。動力はさっきの光電子帆、これでいいはずだ。動力ももっと大きくなるし、摩擦も大きくなるから加減速性能は上がる。その上で、ファンデルワールス力も弱まるはずだ。
モデルのシミュを中止し、一度ベアリングを排除。そしてナノマシン赤道の内側にぴったりのサイズのボールベアリングを作成し、棒状電磁石に対し垂直になるよう配置。そして次に、棒状電磁石に内側が接しつつ赤道ベアリングに垂直になるボールベアリングを設計。伝導性と電極は保持できているし、光信号受発信装置にも干渉がない。いける。
シミュレーション開始ボタンを押した。熱運動などの計算に負荷のかかる要素を排除しているから、本当の結果はどうかは分からない。だが、できるはず。
上矢印キーを押した。ベアリングの縦軸に添い、棒状電磁石がくるくると回る。先程の粘着感は無い。
次に右矢印を押した。縦軸ベアリングごと、電磁石がくるくると回る。こちらもまた粘着感は無い。
その後、さらに複雑な操作もたくさん行った。どれも、操作感は軽快だった。
俺は大きく息を吸った。そして、それを一気に吐き出すと同時に、大きな声を出した。
「ぃよっしゃぁぁぁぁぁぁ!」




