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始め

 それから暫く、俺は研究室に籠った。授業も最低限に控え、一人でナノマシンの設計図を量産し続けていた。だが、やはり難しい。ナノサイズの電磁石なのだからそりゃあそうだ。

 その日の昼休み、研究室で俺はサンドイッチを貪りながらナノマシンについてジョージと話していた。

 ハンバーガーを片手で食べながら、ジョージは俺に言う。

「そもそもさ、ナノマシンに外部からの信号で電極方向を変えさせるとかできるのか?」

 俺は反論した。

「お前、細菌だってナノマシンの一種だぞ。それくらいはできる。命令を受け取って判断し、実行するくらいはな。問題は、判断した上でどうやって電極方向を変えるかだが……」

「細かい絶縁体を挟んで、電極をナノマシン全体に貼り付けたらどうよ」

 俺はサンドイッチを飲み込み、残念な気持ちを込めて言った。

「やろうと思ったが、精密シミュでそれじゃ電極が曖昧になると分かった。やっぱり、ナノマシン自体を磁石にするしかないんだろうけど、そうすると向きを変える方法が見つからない」

 ジョージは言った。

「ジャイロとかは?棒状磁石の中に立体ジャイロ組み込んでさ、中でジャイロ回してジャイロ効果で磁石自体を回すんだよ」

「それも試した。ナノマシン自体自分で素早く物を動かしたり回したりできないんだ。水素イオン生成装置とか組み込めないしな。だから回転量少なく効果が出るレベルの質量にしようとしたが、それじゃ電流流す構造が遮断される。それにまず、その質量にしようとすると思考機能や判断機能に使う部分が外部に露出して、空気の分子ですぐ壊れてしまう。普通なら大丈夫なことも、電磁石のための絶縁と伝導の組み合わせが為に上手くいかないんだよな」

 ジョージは眉を顰めた。

「成程ぉ……じゃあ、内部に電流流す棒入れて、それを球体のナノマシンで回したら。ちょっと違うけど、サーカスのバイクみたいにさ」

 ジョージの言葉を聞き、俺はパソコンを起動しながら返した。

「それが一番なんだが、中で回す構造が難しいんだよな。とっっってもむずい」

「何がむずいんだ?」

「ナノマシンの中で電極を作るための、長さのある物体をこう、くるくる転がすって言うか、ペン回しみたいに振り回す方法が俺にはわからんのでして、それがむずい」

 そう言いながら、俺はパソコンに入っているナノマシン試作データとシミュレーションデータを表示した。

 棒状の物体がのろのろと回っているかと思えば、突如として不可解な方向へ、何らかの相互作用で吹き飛んでしまうシミュレーション。細かい棘のような、ウイルスのスパイクのような形状の電極の磁力が互いに干渉し合い、形が徐々に歪んでいく様子のシミュレーション。巨大すぎるジャイロユニットのせいで露出した信号受発信・制御デバイスが空気分子とぶつかり損傷し、バグを起こしたかのように踊り狂うシミュレーション。エトセトラ。

 これら様子をシミュってんのが高性能コンピュータとナノマシン物理演算特化のAIだから、間違いが起きることはない。間違いであって欲しかったがな、クソが。

 ジョージは言う。

「そういうのはエリーに訊いてみたらどうだ?あいつ遺伝子とかそこら辺のやつだろ。遺伝子とかセントラルドグマとか、結構超高性能ナノマシン出てくんじゃん。あいつに訊けばなんか分かるんじゃねぇか?」

「そうかな……そうだな、そうしよう」

 ジョージが授業の為帰った後、俺はエリーを研究室に呼んだ。

 エリーにシミュレーションの映像を見せると、彼女は思いの外強くそれに興味を持った。

 暴れるナノマシンのCG映像を食い入るように見るエリーは、俺が質問する前に自分から話し始めた。この間もじもじしていた、苦手な物は人と話すことと言わんばかりの彼女とはまるで別人のように。

「その、これ……すごいね。私、細胞とか生体高分子とか、細菌とかウイルスとか、その手のナノマシンは沢山見てきたんだけど、電磁気系のナノマシンは初めて見るんだ。えっと……君の話を初めて聞いた時はそこまで興味がなかったんだけど、こうしてみるとこれ、とっても面白いよ」

 それでもやはり、話し方にもどかしさがある。でもこの間とは全く違う。

「そりゃどうも」

 このあいだの人見知りの女の子は本当にエリーなのか?どちらか片方はエリーではないのか?今俺が見ている彼女は夢だとでも言うのか?アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

 いや、俺は何を言っているんだ。本題に戻ろう。俺は話を切り出した。

「でさ、結論としては、球体のナノマシンの中に棒状の電磁石を入れて、その両端をナノマシン内壁にくっつけて動かそうってなったんだけど、どうすればナノマシン内で動かせるかなってのがわかんなくて、細胞とか生体高分子の視点から助言を頂きたく」

 エリーは戸惑った。

「えー?えー……例えば、タイヤ構造を電磁石両端に入れるだとか……」

 俺は手で顔を覆い、天を仰いだ。

「それも試したが、電流の妨げになる。タイヤ構造とそれを回す為の動力装置を作ろうとすると、複雑性が上がってしまうんだ。有機系、生体系の動力は強いが、電磁石とは相性が悪い」

「そうなんだ……じゃあ、ナノマシンの外側を繊毛で覆って、細菌みたいに動けるようにすれば?」

「それもダメだ。信号の受発信をナノマシン表面で行うが、それができなくなる。信号の受発信自体電波でやろうとしたができなくって、今は光子とか光波でやろうとしてるんだが……発光や光の簡易センサー、反射システムとか、色々ナノマシン表面に組み込まないといけないんだ。擬似思考能力や擬似判断能力も、ナノマシン集団で形成するから、どっちかというとそっちが問題。その上で、繊毛とか化学反応とかで動くのは難しくなる。ナノマシン内部の真空空間でどう回転させるかになるんだ」

 エリーは考え込んだ。

「うーん……」

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