第七話 デストラケルド
ようやく肉待ち行列も捌けて、マイコールも骨付き肉にありつこうとしていた。
バルカンとグレイウルフの長と、焚き火近くで飯を楽しむ。
手についた肉の脂をなめとりながら、バルカンが口を開いた。
「今までもこうやってモフる? 魔物に触るってのか? 続けてきたんだよな?」
「そーだな。あちちっ」
焼き立ての熱が、舌をいじめてくる。
マイコールは、ふーふーと息を吹きかけた。
「どんなやつらがいたんだ?」
「えーっと……。スノウタイガー、グリフォン、バジリクス……。パッと思いつくのは、そんなとこだな」
「倒そうとしたらA級が何人も必要なのばっかじゃねえか……」
「でっかいのだと、竜もいたなあ」
「竜? ドラゴンってことか? それともワイバーンか? っていうか、そっち系って、もはや毛がねえだろ」
何でもありだなと、バルカンがツルッと頭をかく。
「ケル姉は、竜って言ってた気がするけど……。竜とドラゴンって、違うのか?」
「ケル姉? 言ってた? ……まあ、そりゃおいといて。竜とドラゴンは違うだろ。なんて言うか……」
バルカンが言葉を探している間に、マイコールは肉をハムハムと噛じる。
今度は程よい熱さで、美味しい。
「竜は魔物じゃなくて、種族って聞いたことがあるぞ。竜から派生したのがドラゴンらしいぜ」
「へー、そうなのかあ」
グレイウルフの長が、のっそりと近づいてきた。
クンクンとマイコールの肉を嗅ぐ。
骨付き肉の一部を爪で切り取って、長の口へ放り込む。
尻尾を揺らしている姿に、ほっこりする。
「そうなると、竜とドラゴンってどうやって見分けるんだ? 似てるんだろ?」
「どっちも会ったことねえから、わからねえけど。竜は人より賢いって噂だぜ。喋るくらい、当然のようにするんじゃねえか?」
「ケル姉とは……、たくさん話したから……」
「なあ、アニキ。さっきから出てる、ケル姉って、もしかして……」
「ドラゴンじゃなくて、竜っぽいな。たぶん」
マイコールが長を見つめてると、ぐいぐいと顔を擦り付けてきた。
「あのさ、アニキ……。竜っていうと、今となっちゃ、ほぼ伝説に近い生き物じゃねえか」
「伝説なのか?」
「いや、存在は確認されてんだよ。三年前に、とある街にふらっと現れて、一息の炎で消し炭にしたじゃねえか。冒険者ギルドでも、情報流されてたぞ」
「三年前かあ。その頃、オイラはまだ冒険者やってねえな」
「……そうだったな」
マイコールが長の耳の付け根をかいてやると、嬉しそうに尻尾を一振りした。
バルカンがこほんと咳払いをする。
「ともかく、当時はカランド山脈の方に消えてったって話でな。もしかしたら山頂に住処があるんじゃねえかって話になってたぜ」
「それは知ってるぞ。噂で聞いたからな」
「おい……、まさかそれで……」
「仕方なかったんだ。リアがさ……」
「アニキも苦労してんだな……」
「あの山登りは、大変だったなあ⋯⋯」
マイコールは遠い目をする。
「まあ、山のてっぺんに居るなら、そこに向かえば会えるってことだろ。だから会いに行ったんだ」
「知り合いに会うみてえな気やすさだな……。ん? まてよ? アニキが会った竜って、その街を焼き払って、カランド山に向かった奴ってことか?」
「そうだぞ」
「⋯⋯カランド山にいる竜って、何匹もいんのか?」
「そりゃあオイラにもわからねーな」
「間違いなく、そこで会ったんだな?」
「おう」
しれっと言うと、バルカンが固まってしまった。
「⋯⋯なあ、どんな竜だったんだ?」
恐る恐るといった様子で尋ねてくる。
「ケル姉の黒い鱗は、一枚一枚が宝石みたいでなあ。ホントに綺麗なヤツだったぞ」
「黒い……、竜。生きる災厄って言われる暗黒竜――デストラケルドの特徴に間違いねえ! 情報で流れてた竜と同じだっ!」
「にゃ? 災厄ってのは、穏やかじゃねえなあ。背中に乗っけて飛んでくれたし。ケル姉、優しかったけどな?」
うーんと唸りながら、耳の付け根を掻く。
「マイコー。忘れちゃった? 最初のケル姉のこと」
リアノンが、よちよち歩きぐらいのチビウルフを抱えて戻ってきた。
「リア、たくさんモフれたか?」
「うん」
「チビウルフも触れて、良かったなあ」
マイコールはひょいと立ち、焼いたけどすっかり冷めてしまった肉を、焚き火で少し温める。
ほんのり温かい骨付き肉を渡すと、リアノンは「ありがと」と呟いた。
「この子のお腹は至福。顔をうずめてスーハーしたら、身体がビビビってした」
わふっ、と小さく主張するチビウルフ。その視線は、リアノンの持つ骨付き肉へ。
リアノンは肉を噛んでほぐし、チビウルフに分け与えていた。
「……リア嬢ちゃん。災厄竜はなにをしたんだ?」
軌道修正したバルカンが、唾を飲み込んだ。
「いきなり、炎を吐いた」
「うげっ、よく生きてたな」
「あと、仲良くなった後に、笑って言ってた」
「な、なにを言ってたんだ?」
「『眠りを妨げられて、最初は大陸全てを灰にするつもりだった』とか言ってた」
「めちゃくちゃキレてるじゃねえかっ!?」
バルカンが勢いよく立ち上がり、その驚きの悲鳴で、夜の森をざわめかせた。
どこか遠くで魔物が吠えている。
「知らねえうちに、俺も死にかけて⋯⋯、いやっ、大陸が滅びかけてたのかよっ!?」
「そっか⋯⋯。そうなんのか。なんか、ごめんなあ」
「さすがにヤバすぎるだろっ!」
バルカンの動揺した声に、マイコールは苦笑いしながら耳の付け根をかく。
リアノンの抱えるチビウルフがびくりとして、怖くないよとあやしている。
それを見て、バルカンがわずかに呼吸を整え始めた。
「そんな激怒してた相手を、どうやって抑えたんだよ」
「なんだっけ……、えっと、逆鱗だっけか?」
マイコールは少し考えてから言った。
「それを何度もプニっとしたら、終わったぞ」
「逆鱗って⋯⋯、ドラゴンだと弱点だろ? 触らせてもらえんのかよ⋯⋯」
「他の鱗よりもすべすべで冷たくて、綺麗に赤黒く輝いていたなあ」
その滑りは気持ちがよく、柔らかいだけじゃなく、すべすべもいいもんだと知った。
「わたしたちと、仲良くなってからは――」
リアノンがチビウルフの前足をとって、優しく万歳させたり、戻したりしている。
「逆鱗ふみふみを、マイコールにお願いしてた」
「げきりんふみふみ⋯⋯。え⋯⋯、災厄竜の逆鱗を踏む? しかも、頼まれるって⋯⋯。え?」
バルカンは考え込んでしまう。
「そんなこともあったなあ」
マイコールはふと思いだした。
少し恥ずかしそうにしたケル姉が、足の肉球でプニプニふみふみしてくれと頼んできたことを。
「それで、わたしとケル姉は、肉球好き友になった」
「ケル姉、元気にしてっかなあ。あのあったかい身体の上で、また寝てえなあ」
呆然としたバルカンが、口をぱくぱくとさせている。やがて考えるのを諦めたのか、どかんと地面へ座り込んだ。
「⋯⋯肉でも食うか」
バルカンのそんな言葉に、マイコールたちも骨付き肉にかぶりつく。
調味料は塩のみとシンプルだが、ハーブを添えると味の奥深さが増す。
「しかし、アニキの強さはどうなってんだよ。特訓とかしてるのか?」
「尻尾を鍛えたりはしてるぞ」
「今度、見せてもらっていいか?」
「もちろん構わねえぞ」
「ホントにすげえよ、アニキの強さは……」
「そっか。ありがとな」
噛みしめるように言うバルカンに、笑顔で返しておく。
マイコールの尻尾は、地面に落ちたままだ。
マイコールは、ちらっとリアノンを見る。
リアノンは焚き火で揺れる影を受けながら、膝にいるチビウルフに構いっきりだ。
「もふもふもふもふ……」
リアノンに撫でられ続けるチビウルフは、力の入れ方を忘れてしまいそうなほど、だらーんとしていた。
マイコールはゆっくり立ち上がって、リアノンへ近づく。
「なあ、リア。チビウルフのモフモフは良かったか?」
「まだ生え変わってないモフに、手が止まらない」
マイコールは一拍おいてから、真剣な表情でリアノンへと尋ねる。
「……オイラと、……どっちが良い?」
リアノンの穏やかな目尻が、わずかに深まった。
「それはマイコー」
「ほんとかっ!」
思わず尻尾がぴょこんと跳ねてしまう。
「モフモフやフワフワで、ウソはつかない」
マイコールが満面の笑みを浮かべる。
「にゃはっ、そうだよな、そーだよなあ」
表情豊かなマイコールの姿を見て、バルカンは苦笑混じりに呟いた。
「すっげえ嬉しそうだなあ」
グレイウルフの長が静かに目を閉じた。




