第四話 モフモフ発作
冒険都市サヴァランから北に進むと大森林がある。
カランド山の麓にある広大な森。
そこはモンテスト大森林と呼ばれていた。
モンテスト大森林は、非常に広大な森だ。カランド山側に近いほど、竜種に対抗できる強力な魔物が生息している。
バルカン曰く、そんな大森林で時々不可解なことが起きるらしい。
――気づくと森の入口に戻っているらしい。
方向感覚が狂って、たまたま森の外へ出てしまったわけではない。
森の中を進んでいたはずだった。
しかし、次の瞬間にはどのような道を進んだか曖昧な記憶だけが残り、入口に突っ立っている自分が居るらしい。
一節では魔物の仕業だと言う。
一節では魔術で飛ばされたと言う。
一節では森の民であるエルフの魔術ではないかと言う。
過去に幾人もの冒険者が謎を解き明かそうとして、挑んでいったらしい。
だが結局、分かったことは冒険都市サヴァラン近くの森のみで発生するということだった。
魔物の仕業であれば足跡や糞の痕跡がありそうなものだが、見つからずじまい。
そもそも生きて森から返すという発想を魔物はしないだろうと考えられた。
ワープ系の魔術で飛ばされてきたのでは?
そんな意見もあったらしい。
しかし、森の出口まで向かってきた『自分の足跡』が発見されている。
ワープの魔術ではないと結論づいた。
他の可能性を探る者は言った。
エルフには、他種族を里へ近づけさせないための術式がある。
それではないかと、疑ったのだ。
しかし、それは記憶を操作するものはない。
森の中で感覚を狂わせる手伝いをするだけ。
エルフも調査に加わったが、術式を発動している痕跡は発見できないのがトドメとなった。
サヴァランが冒頭都市と呼ばれる前。
まだ小さな町だった頃から、この森には近づくなと言われていたらしい。
『入れずの森』
誰がそう呼び始めたのかはわからない。
だが、その名前だけは今も残っている。
意識がないまま入口まで歩いて戻るという異常。
その間に魔物に襲われる可能性がある。
多くの者たちは気味が悪いと、入れずの森には近づかなくなった。
入れずの森の不思議に挑戦するのは、
今となっては余程の物好きしかいないそうだ。
◇
「やっぱり森は落ち着くな~。自然の匂いがたまらんっ」
マイコールが、ためらいなく大森林へ足を踏み入れる。
わずかばかりある獣道を、街中を散歩する気安さで進んでいく。
その後ろにはきょろきょろ見回すリアノンが続き、体格の良いバルカンが邪魔な草木をかき分けながらついてきた。
「バルカン、わざわざすまねえなあ。荷物持ちだけじゃなくて、森への付き添いまでしてくれてよ」
「へへっ、たいしたことじゃねえよ」
バルカンの背中には、マイコールのレザーリュックがある。
「仲間もいるのになあ。迷惑掛けてねえか?」
「あいつらなら問題ねえ。アニキの役に立ってこいって、言われてるからな」
「そう。ありがと、バルバル」
リアノンがバルカンへと振り返って、そう言った。
「ば……、ばるばる?」
バルカンが自らを指差しながら、戸惑っていた。
「バルカン。だから、バルバルかなって。イヤ?」
「嫌ってことは、ねえけど」
「じゃあ、バルバルね」
「良かったなあ。リアとだいぶ仲良くなったな」
マイコールがほっこり笑顔を向けると、バルカンは後頭部をかき、「バルバル……」と呼び名を噛み締めていた。
三人は森の中を進んでいく。
マイコールは鼻歌交じりで、手ごろな枝を振っている。リアノンはきょろきょろしながら、何かを探しており、
「マイコー。ほら、あの木……」
足を止めたリアノン。その視線の先に一本の木があった。
「なんだ? あの木になんかあんのか? 敵か?」
わずかに緊張を走らせるバルカン。
「おー、しなやかに曲がった木だなあ」
「なんか、可愛い」
「オイラは、あっちの木も好きだぞ。鋭く伸びてるのが、格好いいなあ」
マイコールとリアノンは、いつものように気に入った木の雑談を始めた。そんな様子に肩透かしを食らったバルカンが、ぽつりと呟いた。
「アニキ、森でこんな無防備にして……、いいのか?」
「バルバル、怖いの?」
リアノンが小首をかしげた。からかいの色はなく、純粋な問いかけだ。
「いや、魔物がどこにいるかわからねえし。見通しが悪いから、いきなり襲われても反応しにくいだろ?」
「そういうもの?」
「俺も、ちまちますんのは得意じゃねえから、あんま偉そうに言えることもねえけど。こういう場所だと、斥候役が周囲の警戒をしながら徐々に進むもんだ」
「さすが十五年、冒険者やってるだけあるな。森で油断とかすると、大怪我したり、手足を失ったり、そんな話はよくあるもんな」
周囲の警戒を怠らない。
怯えとは、また違う。観察して、危険をいち早く見つけるのは、どこで生きるにも大切だ。
「大丈夫だよ、バルバル」
「あん?」
言葉が少ないリアノンへ、バルカンが首を傾げる。
「マイコーは、わかってる。魔物がどの辺にいるとか」
「まだ一匹も魔物に出会ってないのに? そりゃ、無理ってもんだろ」
「マイコー、どんな魔物がいる?」
バルカンの否定を相手にせず、リアノンはマイコールにたずねる。
間髪入れずに返答するマイコール。
「この辺はウルフ系が多いなあ」
「はあ!? なんでわかるんだ!?」
「さっき足跡があったろ。あと……あっちから、まとまった濃い獣臭がするしな」
「臭い? 俺にはわかんねえけど……」
バルカンが、鼻で息を大きく吸っている。
「木の実のかじり跡と糞の位置から、モンキー系もいるな」
「どこまで見てんだよ。そんな素振り、全然なかったじゃねえか」
「傷跡を見ると縄張り争い中だ。ホーンラビットを見かけたけど、あれが生き残るくらいだと、グレイウルフと……ファンキーモンキーあたりか」
「……」
「ま、オイラとバルカンがいりゃ、この辺りの魔物は問題ねえだろ~」
ふむふむと話を聞いているリアノンと、開いた口が塞がらないバルカン。
「ちょちょちょ、ちょーっと待てっ!」
バルカンがゴツゴツした手を突き出して、マイコールの話を止める。
「それを『木が格好いい』とか話しながら、感じ取ってんのか?」
「そーだぞ? なんかまずかったかあ?」
冗談だろ? と言いたげな表情でバルカンがリアノンへと振り返る。
「森はマイコーの庭だから」
「そりゃ、街中みたいに気軽に歩けるわけだぜ……」
バルカンは、自然と肩の力が抜けるのだった。
「それよりも、マイコー。すごい話を聞いた。グレイウルフが近くにいるの? しかも、たくさん?」
リアノンの瞳が輝きを帯びる。
「うにゃ……、やっちまった……」
「たくさんのモフモフ……、もしかしたらチビモフもいる?」
リアノンのふんわりとした瞳に、期待の輝きが帯びていた。
マイコールは口を滑らせた自分を蹴っ飛ばしてやりたい気持ちになる。
マイコールに、バルカンが慌てた様子で尋ねてくる。
「おいおい、嬢ちゃんの様子がおかしいぞ。……まさか、森の呪いにやられてんのかっ!?」
「いや、ちげえ……。ちげえんだよ、バルカン。こりゃ、一種の病気というか、発作というか……」
「産毛のモフは、また違う柔らかさ。グレイウルフのチビモフは、まだ触ったことがない」
リアノンの手が妙に柔らかい動きをみせる。彼女の手元には何もない。
しかし……。
実体こそないがマイコールには見える。
リアノンの手で撫でられている赤子のグレイウルフの幻が……。
「たくさんのモフがいる。おうちがあるかな? 十モフより、もっとかな?」
「リア……、触りたいのか?」
「うんっ」
屈託のないリアノンの笑顔が、マイコールには眩しすぎた。
マイコールは「にゃー」とか「うー」とか唸ってから、小さく頷いた。
「おいおいおいっ、アニキっ! まさかとは思うが、わざわざグレイウルフの集団に突っ込もうってのかっ!?」
「そうなるかなあ」
「十匹ぐらいなら、嬢ちゃんを守りながら戦えるだろうが……」
グレイウルフは一匹ならD級でも討伐できる魔物だ。
しかし、奴らは頭が良く、群れるとボスを作り、指示のもとで連携した狩りを仕掛けてくる。
十匹だとC級数人でもきつくなる。そして群れが大きくなるほど、統率するボスの強さも増していく。
「アニキの感覚だと何匹ぐらいだ?」
「正確にはわからん。いるってのはわかっても、密集してると数まではなあ……。まあ、十匹以上は確定だな」
「……わざわざそんな面倒なとこに首突っ込まなくてもいいじゃねえか」
「そりゃダメだ……。リアを見てみろよ」
自分の世界に浸っているリアノン。
幻想のチビモフを撫でながら、とろけそうな表情をしていた。
「こうなったリアは無理には止められねえ。
リアが納得できない状況で話を進めるとなあ、
昼間はやる気がなくなって動かなくなる。
かといって眠るわけでもない。
そんで夜は一睡もしなくなる」
「……なんだそりゃ」
「最長で七日間」
「えっ? 七日間?」
「眠らなかったことがあるんだぞ⋯⋯」
理解が及ばない状況に、バルカンは言葉を失っていた。
「まあ、今回はまだ楽な方だぞ」
「楽⋯⋯か?」
「とりあえず、グレイウルフたちを探すとすっかあ」




