第三話 入れずの森
「おっちゃん、こんな遅くまで騒いでごめんな~。少しだけど、もらってくれ」
店主は最初こそ遠慮していたが、マイコールの押しに負けて金貨二枚を受け取ってくれた。
各々が自分の住処に帰り始めて、店内の熱がようやく冷めた頃。
店内には、長椅子に座るマイコール。その膝を枕にして、すやすや眠るリアノン。そしてバルカンが残っていた。
最後の一杯として注文したミルクに口をつける。
対面では、バルカンがエールをちびちび飲んでいた。
「バルカン。おめえ、なかなか良いヤツだなあ」
「何言ってんだよ。俺が言うのもあれだけどよ、アニキに絡んで、キレ散らかして……ろくでもねえだろ」
「誰にでも失敗はあるもんだ」
「オレが良いヤツなら、世の中善人だらけだろ?」
「他のヤツなんて、今はどーでもいいだろ。オイラからすりゃ、リアと仲良くなってくれたのが大事なんだ」
膝枕に身を委ねるリアノンへ、マイコールは柔らかい視線を落とした。
「リアって賑やかなとこが、あんま得意じゃねえんだ。でも、今日は最後までここにいたろ? 楽しい話し相手がいたおかげだと思うぞ」
「アニキの話で盛り上がったからな」
「それについては、もう少し控えてもらえると、な」
「リア嬢ちゃんって、アニキのこと、ホントに良くみてるよな。話してくれた武勇伝、すっげえワクワクしちまったぜ」
身振り手振りを入れるリアノンの姿を思い出し、マイコールの口が自然と緩む。
きっかけはなんでもいい。明日以降も、バルカンやその他の冒険者たちと、リアノンが仲良く出来れば嬉しいものだ。
「そーいやあ、バルカンよう……。そのアニキってのは、どーにかなんねえのか? オイラは、ちっとばかり恥ずかしいんだけど」
そういう柄じゃないのだが。
「いや、アニキって呼ばせてもらう。それだけは譲れねえ。あの気合の入る強さに、懐の深さ……。俺は痺れたんだぜっ! アニキがアニキって呼ばれなきゃ、誰がアニキだってんだっ!」
「アニキって言葉を聞きすぎて、耳から離れねえんだよなあ……」
バルカンのアニキ呼びがあっという間に広がり、他の奴らも揃って『アニキ』『アニキ』と盛り上がっていたことを思い出す。
今夜は、屈強な冒険者に囲まれ、アニキコールされる夢でも見そうだ。
「アニキって、めちゃくちゃ強えよな。それがS級の領域ってやつか? 他のS級もアニキぐらいヤベエのか?」
「他のS級にあったことねーもん。わっかんねえなあ。オイラより、バルカンの方が冒険者やってるじゃねえか? 会った事ねえのかあ?」
「俺は冒険者歴十五年ってとこだが……、アニキは?」
「たしか……、二年くらいかあ?」
「二年!?」
バルカンの眼が見開かれる。
「冒険者歴十五年かあ。すげえベテランなんだなあ」
「長いってだけで、それが偉い訳じゃねえぞ」
頭をかきながら、バルカンが苦笑する。
「S級か……。俺も会ったことねえな。そもそも自分がS級って大っぴらにするヤツが、そうそういねえか」
確かに自らS級と口外するとか、あるいは顔が割れるほどの依頼をこなすか。そうでもなければ、わからないかもしれない。
もぞもぞと膝元でリアノンが動いた。「マイコー、すごい……むにゃ……」と寝言をこぼすリアノン。彼女の髪をやさしく梳いた。
ずいぶんと心を許してくれたもんだなあと、マイコールは笑みをこぼす。
二人で一緒に旅を始めて、二年が経つ。
最初の出会いは偶然だった。一緒に旅をしようと決断した時、不安しかなかった自分に教えてやりたい。
言葉も感情もなかったリアノンとの関係が、ここまで心地よくなるとは想像もできなかった。
時には魔物を倒すために東へ向かい、時には虹色の花があると聞いて西に向かった。
北では雪の寒さに震えたリアノンが、マイコールを一時も離さないことがあった。南に向かえば暑すぎて、マイコールの大切な毛をリアノンにカットしてもらった。
リアノンの幸せを願って始めたこの二人旅も、意味があったと実感できる。
マイコールはバルカンを見つめながら、尻尾でトンっと床を叩いた。
「なあ、バルカン。ちょっと聞いていいか?」
「おう、なんでも聞いてくれ」
冒険者にとって情報は宝でもある。だが、バルカンは金銭を要求する素振りもない。
「サヴァランを拠点にして長いのか? この辺りのこと詳しかったりするか?」
「ここでの生活は十年ぐらいか。まあ、それなりに、この辺のことは色々知ってるぜ?」
「昔からの書物があったり、長生きで物知りなばーちゃんとか、不思議なことに関する話とか。そーいうの知らねえか?」
「うーん、そうだな……」
バルカンは顎を撫でながら考え始める。
マイコールには求めているものがある。
旅の中でその断片すら触れられてないが、何年かかっても構わない。
「ぱっと思いついたのは、入れずの森だな」
「入れずの森?」
「奥に進んでたはずなのによ……気づくと、入口に戻ってるって話だ」
バルカンとマイコールの夜は静かにふけていく。




