第一話 虎猫族のマイコール
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上手く出来てると言いけれど
「おいっ、なんでこいつに道を譲らねえといけねえんだよ」
「いいから⋯⋯。大人しく俺の言うことを聞いとけって」
建物の入り口で、二人の冒険者が揉めている。
「さっきも言っただろ。俺は見たんだ」
そこで、男は口をつぐんだ。
見下ろした先には、小さな虎猫が立っていた。
ぬいぐるみのような丸い顔。身の丈と同じくらいのレザーリュック。
どう見ても――強そうには見えない。
「こいつに触られた奴が――」
一度だけ、喉を鳴らす。
「変な声出して、力抜けたみてえに倒れたところをな」
それだけ言うと押し黙ってしまった。
二人の冒険者のあいだに、沈黙が落ちる。
視線が、自然とその小さな虎猫へと集まった。
小さいし、軽そうで、なにより隙だらけに見える。
だというのに。
二人の冒険者は、近づけなかった。
「にゃはっ!」
虎猫の笑い声に、二人がビクッと身体を震わせる。
「なあなあ、通ってもいいか?」
まるで散歩の途中で道を尋ねるような、気楽さだった。
返事を待たずに、虎猫はそのまま建物の中へと入っていった。
二人の冒険者は、最後まで声をかけられなかった。
◇
冒険者ギルドに、虎猫族の小さな獣人が入ってきた。
「おいおい。ここがどこか、わかってんのか? 冒険者ギルドだぞ? 子猫みてえなやつが気安く足を踏み入れていい場所じゃねえ。さっさと帰んな」
冒険者ギルドに野太い声が響き渡る。
スキンヘッドの冒険者が行く手を阻み、ギルドに到着したばかりの獣人へ、大声を浴びせていた。
スキンヘッドの男の調子に合わせて、誰かが慣れた様子で返答をする。
「そうだな。気合の足らねえ子猫ちゃんは、おうちに帰って、ミルクでも飲んでりゃいいんじゃね」
馬鹿にするような笑い声が重なって、冒険者の資格がなさそうな相手を追い返すまでが、よくある流れだった。
「怖すぎて声も出ねえのか?」
低く、脅すように言う。声の主であるスキンヘッドの冒険者は、筋肉質で岩のような風貌をしていた。
そんな男と向かい合う虎猫の姿は、余計に小さく見えた。
獣人の名前はマイコールという。
虎柄のまん丸顔に耳がピンっと立っている。白い麻布の上衣に、黒ずんだ短めのズボン。古びたマントを羽織っており、腰に巻かれた赤い布が目立っていた。
装備と呼べるものはそれだけだ。服で覆えない部位は、柔らかな毛並みが無防備なほどに晒されていた。
自身の意思で爪を剥き出しにできるのが、唯一の暴力性かもしれない。だが全身はモフモフとした毛であり、肉球はプニプニと柔らかい。
ギルド内の視線が、一斉に集まっていた。
冒険者たちはニヤニヤと笑い、虎猫族の反応を待っていた。
虎猫族は泣くだろうか? 怯えるだろうか? 怒るだろうか?
そのあたりを期待していたのだろうが……。
「にゃはっ!」
ギルド内を見回したマイコールは、朗らかに笑った。
「活きのいい奴らが、たくさんいるなあ」
ほっこり笑顔のマイコールは、興味深そうに周囲を見回す。
「……は?」
「にいちゃんも強そうだなあ。筋肉が身体からあふれそうなぐらい、詰まってるもんなあ」
目の前にそびえる男を、マイコールは山でも見上げる気楽さで眺めていた。
緊張感のかけらもない言動。その場の誰もが、ぽかんとしていた。
格下の虎猫族が生意気な口を聞いている。それだけだったら、馬鹿にするなと誰かが吠えていただろう。
でも、動けなかった。
怯えない。虚勢を張ってるわけでもない。あまりにも自然体すぎる。
この生き物は、なんだろうか?
そんな空気がギルドを満たしていた。
凍りついた空気などお構いなしに、マイコールは受付カウンターへ向かった。レザーリュックを踏み台にして、ひょいと乗った。
カウンターの向こうにいる受付嬢の顔が、ようやく見える。
「ねえちゃん、ねえちゃん。オイラのこの街に来たの初めてなんだ。カードの確認をしてもらっていいか?」
「あ……、はい……。わかりました」
受付嬢がうなずき、ギルドカードを受け取る。誰かが咳払いをする音が聞こえた。
照合待ちの時間で、干し肉でもかじって暇を潰すか。マイコールがそんなことを考えていると、
「てめえ……」
背後から届いたのは、低く唸るような声。マイコールが振り返れば、そこには最初に話しかけてくれた男がいた。
ツルっとした頭が、どうしてか、少しばかり赤く染まっている。
「調子に乗ってんじゃねえよ」
「んにゃ? そんなもん、乗ってねえけど……」
「その態度が生意気だって言ってんだ。筋肉が詰まってるだあ? わかったような口をききやがって」
足音が重く、床板が軋む。男は肩を怒らせており、さらに一回り大きく見えた。
「うーん、よくわかんねえ。何がまずかったんだ?」
マイコールは首をかしげて尋ねる。
「だから、その態度だっ!」
太い指を突きつけてくる。
「馴れ馴れしかったってことかあ? ごめんなあ」
マイコールは、ペコリと頭を下げる。
「こ、子猫の癖して、余裕かましてんじゃねえよっ」
「子ネコ? まあ、人からみると、小せえよなあ。だけど、ちゃんと大人なんだぞ」
「このっ……、そういうことじゃ、ねえんだよっ!」
スキンヘッドの冒険者は顔を真っ赤にしながら、しかし言葉がうまく出ないようだ。
クスクスと笑い声がどこからか聞こえる。遠巻きに見ている冒険者の一団だった。
「もうやめとけよ、バルカン」
「あまりにも噛み合ってなさすぎだろ」
「ビビってもらえないからって、駄々こねるなよ」
呆れ半分の冒険者たちから、苦笑が飛んでくる。
ギルドへ来た者への絡み。
冒険者ギルドでは、こうした洗礼は珍しいことではなかった。相手がどんな反応をするのか。酒の肴にする程度の、軽い洗礼だ。
だが、マイコールはこのやりとりが、結構好きだったりする。
口の悪さなんて、冒険者をやってれば普通だ。そもそも本気で潰すなら、笑って声を掛けてこない。自分にとっても、よくある絡まれ方。いつもなら、だいたい最後は酒とミルクを交わす仲になる。
だけど、今回はちょっと失敗だ。スキンヘッドの冒険者――バルカンと、上手く噛み合わなかった。
口を開けば、悪化するばかり。
マイコールはピンと伸びる猫ヒゲを撫でる。
沈黙を選択して成り行きを見守っていると、男が三人歩み寄ってくる。装備からするに剣士と盗賊、それに魔術士といったところか。
誰もが立派な筋肉を持ち合わせている。当然のように魔術師もだ。なんだか周囲の温度が高くなっていく気がする。
「もうやめとこうぜ、バルカン。ほら、席に戻って次の依頼の相談でもしようぜ」
「このまま引き下がれっていうのかよっ」
剣士の言葉に振り返らず、ただただ反発するバルカン。彼の両眼はマイコールを捉えたままだ。
「だからって、マジになんのはちげえだろ」
「他人事だから、気安く言えんだよっ」
「子供にからかわれてる時は、そこまでキレねえじゃねえか。ほら、いつもみたいにツルっとしたハゲ頭を撫でて、落ち着けよ」
「うっせえ、ハゲじゃねえ! これは剃ってんだっ!」
バルカンの背後から声を掛ける剣士は、おそらく四人のまとめ役なのだろう。
「バルカン、ほら――」
「うるせえよっ」
肩を触れた手を、バルカンが振り払おうとして……、勢い余った拳が、剣士の顔にめり込んだ。
バルカンの顔に焦燥が浮かぶ。だが、それも一瞬のこと。
「なにしてくれてんだあっ!」
怒りの沸点を突き抜けた剣士が、バルカンへ飛び掛かった。剣士なのに腰の入った、良いパンチだった。
バルカンの身体が吹っ飛び、カウンターへ突っ込んだ。受付嬢の悲鳴が響いた。
流石にこの騒ぎは不味い。そう思ったマイコールはレザーリュックから飛び降りると、みぞおちあたりに、すっと意識を落とす。
「いてえじゃねえかっ、クソボケがぁ!」
起き上がったバルカンが、拳を振り上げる。併せて剣士までも、拳を構えた。
「おめえら――」
音も立てぬ跳躍を一回。剣士の懐へマイコールは入り込む。
「ちょっと、やりすぎだなあ」
ぷにんっ。剣士の頬に肉球が吸い付くように触れた。
「おふんっ……!?」
剣士が、間の抜けた声とともに膝から崩れ落ちて、液体のように床上で蕩けきっていた。
「な、なにをしやがったっ!?」
バルカンが一歩下がる。
マイコールはゆらりと立ったまま、バルカンを眺めた。
「まだやるか?」
「や、野郎っ! ふざけやがって!」
怯えを振り切って、バルカンがマイコールへ突っ込んできた。だが、拳が突き出された時には、すでに背後へ回っている。
「き、消え――」
「上等な筋肉だけどよ。ちょっと遅せえなあ」
隙だらけのバルカンのふとももへ、ぷにんっと、極限の柔らかさを叩き込んだ。
「あふんっ!」
受け身もとれず、前のめりに倒れこむバルカン。マイコールは滑るようにして身体の下へ入り込み、両手で抱えてから、優しく床へ横たえさせた。
バルカンは動けずに、ピクピクと痙攣をしている。
マイコールが残りの筋肉仲間へ目を向けると、二人は両手を挙げて降伏した。
後にその場面を目撃していた受付嬢の一人はこう語る。
何が起こったか分からなかった。
彼の実体は一体どこにあるのか。消えたかと思えば、男の背後に現れ、何をしたのか瞬時に黙らせた。
倒れた男たちは、毒気を抜かれたように、うっとりとしていた。
繰り返すが、何が起こったか分からなかった。
「変な……、いや、すごいものを目撃したわ」
受付嬢は、ぽつりと呟いた。
◇
二人の冒険者を床に座らせ、レザーリュックに腰をかけたマイコールは、頬杖をつきながら語りかける。
「おめえらさあ、ちーっとばかりやりすぎだなあ」
苦笑するマイコール。
「バルカン……つったっけ? あっちのカウンターを見てみろよ。どんな感じだ?」
「……俺の身体がぶち当たったせいで、めちゃくちゃだな」
怒りの牙を抜かれたバルカンが、ツルッとした頭を申し訳なさそうに掻く。
「だけど、そもそもリーダーが俺をぶっ飛ばしたから、ああなったんだろ……」
「いや、お前が俺を殴らなきゃ、喧嘩にはなってないからな」
「わざとじゃねえしっ! てか、避けりゃいいじゃねえか」
ようやく鎮火したはずの争いが、再燃しそうになり――。
「うーん、プニプニが足らなかったかなあ……」
肉球を眺めながら、手をにぎにぎさせてみる。
「いやっ!」
「俺たち、仲良しだもんなっ!」
「ああっ!」
気持ち良いほど伸びた背筋で、二人が肩を抱き合う。
ギルド内にいる争いとは無関係であった冒険者達ですら、余計な口は挟むまいと一致団結していた。
「そうか? 落ち着けたなら、なによりだぞ」
マイコールは、自然と笑顔がこぼれる。二人が、ふぅ、と短く息を吐いていた。
「そんで、この後はどーすりゃいいと思う?」
「……わあったよ。弁償すりゃあいいんだろ」
バルカンが肩を落とした。
「それも一つだよな。でもよ、テーブル一個なら、修理って方法もあんだろ」
「修理? 俺たちが?」
頭をかくバルカンに、マイコールは笑顔で応じる。
「良い筋肉してんじゃねーか。せっかくだし、身体使って、みんなで直すのもいいもんだぞ」
マイコールはバルカンに近づいて、ぽむぽむと身体に触れた。ビクリと身体を震わせるバルカンだったが、何もないことがわかると、安堵のため息をもらしていた。
「みんなって、あんたもか?」
リーダー風の男が、指を差してくる。マイコールはうなずいた。
「オイラにも責任はあるだろ。一緒にやらしてもらう。いいだろ?」
「そりゃ、ありがてえけど……」
不思議な生き物でも見るかのように、バルカンが見つめてきた。マイコールは構わず続ける。
「だけど、忘れてることがあんだろ?」
「……なんのことだ?」
「壊したもんを直すってのは大事だ。でも、こういう時、先に言うべきことがあんだろ?」
「言うべきこと?」
ピンとこない様子のバルカンへ、助け舟を出す。
「わりぃことをしちまったら?」
「……ごめんなさい、か」
「ああ、そーだなっ」
マイコールがニカッっと笑う。曇を払い除けて、太陽を呼ぶような明るさがそこにはあった。
二人の冒険者はお互い目を合わせてから、ギルド全体に届く声で、「すまなかった!」と頭を下げた。
「よーし、とりあえず板とハンマーと釘を貸してもらうかあ」
「本当に手伝ってくれんのか……。ありがてえが……」
「おうっ! でも、オイラ、身体が小せえから、高いところは苦手なんだ。そういうとこは、二人とも頼りにしてるぞっ」
腕をぐるぐる回して、やる気十分のマイコールに、バルカンは躊躇いがちに尋ねた。
「その前に一つ教えてくれ。あの腕っ節……。いや、肉球……か? ともかくっ、あんた、何者だ?」
「オイラはマイコール・ニャルコフ。虎猫族だぞ」
「いや……、そういうことじゃなくてだな」
頭をポリポリとかくバルカンへ、誰かがポツリと呟いた。
「S級冒険者……」
誰もが聞き耳を立てていたギルドの中で、小さな声は意外なほどに通る。
みなの視線が声の主に集まる。そこにいるのは受付嬢の一人。震える両手で、マイコールのギルドカードを持っていた。
悪気があったわけではない。裏で照合していたら、S級と表示が出て、「虎猫族が!?」と驚いた。ようやく戻ってくれば、虎猫族が男二人と、修理をしようとしてる始末。わけがわからなかった。
「雷虎のマイコールさん、です」
「え……」
誰かの呟きから、一瞬の間を空けて、
「「「えええええっ!?」」」
野太い大合唱がギルド内に響き渡った。
◇
カウンターの修理は、思ったよりも大掛かりになった。
板を押さえる者、釘を打つ者、周囲を片付ける者。
ギルドの冒険者たちが、自然と役割を分けて動いていた。
「そこ、もうちょい右だな」
「おうっ!」
バルカンが板を押さえながら、ふと呟いた。
「しかしよ、アニキ」
勝手にアニキと呼ぶようになったバルカンが声を掛けてくる。
「んにゃ?」
「あんた、こんな街で何してんだ?」
何気ない問いだった。
「S級だろ? 普通なら王都とか、もっとデカいとこにいるもんじゃねえのか?」
「そういうもんか?」
「いや、俺が勝手にそう思ったんだがよ」
トン、トン、と釘を打つ音。
マイコールは少しだけ手を止めた。
「オイラは――」
一瞬だけ、言葉が途切れる。
目を閉じて、いつも一緒の相棒のことを思い浮かべる。
少し眠たげな瞳をした――銀髪の彼女。
「リアってのと、旅をしてるんだ」
「旅?」
「あちこち見て回ったり、不思議な伝承について調べたりな」
「へぇー、面白そうじゃねえか」
「にゃはっ。世界は広いぞ〜。知らねえことがいっぱいあるんだ」
楽しい旅のことを思い出して、マイコールはほっこり顔になる。
「いいじゃねえか、そういうの」
バルカンが笑う。
「けどよ――ただの観光ってわけでもねえんだろ?」
トン、と釘を軽く打ちながら、視線だけを向けてくる。
「S級がフラフラしてるにしちゃ、妙に目的ありそうな顔してるぜ」
マイコールは、少しだけ目を細めた。
「⋯⋯ちょっと治したいもんがあってな」
「直す? このカウンターみたいになんか壊れたのか?」
「……壊れた、か。まあ、ある意味ではそうかもな」
マイコールは釘を見つめながら、
「ただ、こいつはすぐに終わるだろ?」
「おう」
「でもオイラのは――」
マイコールは天井を仰いだ。
「あいつを救うまでは、終われねえんだ」
それ以上は言わなかった。
バルカンも、それ以上は聞かなかった。
*´꒳`ฅ早速、プニっております
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
本日はあと21時頃に、もう一話投稿いたします




