表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/22

第一話 虎猫族のマイコール

*´꒳`ฅ予約でのお試し投稿

   上手く出来てると言いけれど

「おいっ、なんでこいつに道を譲らねえといけねえんだよ」

「いいから⋯⋯。大人しく俺の言うことを聞いとけって」


 建物の入り口で、二人の冒険者が揉めている。


「さっきも言っただろ。俺は見たんだ」


 そこで、男は口をつぐんだ。

 見下ろした先には、小さな虎猫が立っていた。


 ぬいぐるみのような丸い顔。身の丈と同じくらいのレザーリュック。

 どう見ても――強そうには見えない。


「こいつに触られた奴が――」


 一度だけ、喉を鳴らす。



「変な声出して、力抜けたみてえに倒れたところをな」



 それだけ言うと押し黙ってしまった。


 二人の冒険者のあいだに、沈黙が落ちる。

 視線が、自然とその小さな虎猫へと集まった。


 小さいし、軽そうで、なにより隙だらけに見える。

 だというのに。

 二人の冒険者は、近づけなかった。



「にゃはっ!」



 虎猫の笑い声に、二人がビクッと身体を震わせる。


「なあなあ、通ってもいいか?」


 まるで散歩の途中で道を尋ねるような、気楽さだった。

 

 返事を待たずに、虎猫はそのまま建物の中へと入っていった。

 二人の冒険者は、最後まで声をかけられなかった。



 冒険者ギルドに、虎猫族の小さな獣人が入ってきた。


「おいおい。ここがどこか、わかってんのか? 冒険者ギルドだぞ? 子猫みてえなやつが気安く足を踏み入れていい場所じゃねえ。さっさと帰んな」


 冒険者ギルドに野太い声が響き渡る。

 スキンヘッドの冒険者が行く手を阻み、ギルドに到着したばかりの獣人へ、大声を浴びせていた。


 スキンヘッドの男の調子に合わせて、誰かが慣れた様子で返答をする。


「そうだな。気合の足らねえ子猫ちゃんは、おうちに帰って、ミルクでも飲んでりゃいいんじゃね」


 馬鹿にするような笑い声が重なって、冒険者の資格がなさそうな相手を追い返すまでが、よくある流れだった。


「怖すぎて声も出ねえのか?」


 低く、脅すように言う。声の主であるスキンヘッドの冒険者は、筋肉質で岩のような風貌をしていた。

 そんな男と向かい合う虎猫の姿は、余計に小さく見えた。


 獣人の名前はマイコールという。


 虎柄のまん丸顔に耳がピンっと立っている。白い麻布の上衣に、黒ずんだ短めのズボン。古びたマントを羽織っており、腰に巻かれた赤い布が目立っていた。


 装備と呼べるものはそれだけだ。服で覆えない部位は、柔らかな毛並みが無防備なほどに晒されていた。


 自身の意思で爪を剥き出しにできるのが、唯一の暴力性かもしれない。だが全身はモフモフとした毛であり、肉球はプニプニと柔らかい。 


 ギルド内の視線が、一斉に集まっていた。

 冒険者たちはニヤニヤと笑い、虎猫族の反応を待っていた。

 虎猫族は泣くだろうか? 怯えるだろうか? 怒るだろうか?


 そのあたりを期待していたのだろうが……。


「にゃはっ!」


 ギルド内を見回したマイコールは、朗らかに笑った。


「活きのいい奴らが、たくさんいるなあ」


 ほっこり笑顔のマイコールは、興味深そうに周囲を見回す。


「……は?」


「にいちゃんも強そうだなあ。筋肉が身体からあふれそうなぐらい、詰まってるもんなあ」


 目の前にそびえる男を、マイコールは山でも見上げる気楽さで眺めていた。

 緊張感のかけらもない言動。その場の誰もが、ぽかんとしていた。

 格下の虎猫族が生意気な口を聞いている。それだけだったら、馬鹿にするなと誰かが吠えていただろう。


 でも、動けなかった。


 怯えない。虚勢を張ってるわけでもない。あまりにも自然体すぎる。

 この生き物は、なんだろうか?

 そんな空気がギルドを満たしていた。


 凍りついた空気などお構いなしに、マイコールは受付カウンターへ向かった。レザーリュックを踏み台にして、ひょいと乗った。

 カウンターの向こうにいる受付嬢の顔が、ようやく見える。


「ねえちゃん、ねえちゃん。オイラのこの街に来たの初めてなんだ。カードの確認をしてもらっていいか?」


「あ……、はい……。わかりました」


 受付嬢がうなずき、ギルドカードを受け取る。誰かが咳払いをする音が聞こえた。

 照合待ちの時間で、干し肉でもかじって暇を潰すか。マイコールがそんなことを考えていると、


「てめえ……」


 背後から届いたのは、低く唸るような声。マイコールが振り返れば、そこには最初に話しかけてくれた男がいた。

 ツルっとした頭が、どうしてか、少しばかり赤く染まっている。


「調子に乗ってんじゃねえよ」

「んにゃ? そんなもん、乗ってねえけど……」

「その態度が生意気だって言ってんだ。筋肉が詰まってるだあ? わかったような口をききやがって」


 足音が重く、床板が軋む。男は肩を怒らせており、さらに一回り大きく見えた。


「うーん、よくわかんねえ。何がまずかったんだ?」


 マイコールは首をかしげて尋ねる。


「だから、その態度だっ!」


 太い指を突きつけてくる。


「馴れ馴れしかったってことかあ? ごめんなあ」


 マイコールは、ペコリと頭を下げる。


「こ、子猫の癖して、余裕かましてんじゃねえよっ」

「子ネコ? まあ、人からみると、小せえよなあ。だけど、ちゃんと大人なんだぞ」

「このっ……、そういうことじゃ、ねえんだよっ!」


 スキンヘッドの冒険者は顔を真っ赤にしながら、しかし言葉がうまく出ないようだ。

 クスクスと笑い声がどこからか聞こえる。遠巻きに見ている冒険者の一団だった。


「もうやめとけよ、バルカン」

「あまりにも噛み合ってなさすぎだろ」

「ビビってもらえないからって、駄々こねるなよ」


 呆れ半分の冒険者たちから、苦笑が飛んでくる。


 ギルドへ来た者への絡み。

 冒険者ギルドでは、こうした洗礼は珍しいことではなかった。相手がどんな反応をするのか。酒の肴にする程度の、軽い洗礼だ。

 だが、マイコールはこのやりとりが、結構好きだったりする。


 口の悪さなんて、冒険者をやってれば普通だ。そもそも本気で潰すなら、笑って声を掛けてこない。自分にとっても、よくある絡まれ方。いつもなら、だいたい最後は酒とミルクを交わす仲になる。


 だけど、今回はちょっと失敗だ。スキンヘッドの冒険者――バルカンと、上手く噛み合わなかった。

 口を開けば、悪化するばかり。


 マイコールはピンと伸びる猫ヒゲを撫でる。


 沈黙を選択して成り行きを見守っていると、男が三人歩み寄ってくる。装備からするに剣士と盗賊、それに魔術士といったところか。

 誰もが立派な筋肉を持ち合わせている。当然のように魔術師もだ。なんだか周囲の温度が高くなっていく気がする。


「もうやめとこうぜ、バルカン。ほら、席に戻って次の依頼の相談でもしようぜ」

「このまま引き下がれっていうのかよっ」


 剣士の言葉に振り返らず、ただただ反発するバルカン。彼の両眼はマイコールを捉えたままだ。


「だからって、マジになんのはちげえだろ」

「他人事だから、気安く言えんだよっ」

「子供にからかわれてる時は、そこまでキレねえじゃねえか。ほら、いつもみたいにツルっとしたハゲ頭を撫でて、落ち着けよ」

「うっせえ、ハゲじゃねえ! これは剃ってんだっ!」


 バルカンの背後から声を掛ける剣士は、おそらく四人のまとめ役なのだろう。


「バルカン、ほら――」


「うるせえよっ」


 肩を触れた手を、バルカンが振り払おうとして……、勢い余った拳が、剣士の顔にめり込んだ。

 バルカンの顔に焦燥が浮かぶ。だが、それも一瞬のこと。


「なにしてくれてんだあっ!」


 怒りの沸点を突き抜けた剣士が、バルカンへ飛び掛かった。剣士なのに腰の入った、良いパンチだった。

 バルカンの身体が吹っ飛び、カウンターへ突っ込んだ。受付嬢の悲鳴が響いた。


 流石にこの騒ぎは不味い。そう思ったマイコールはレザーリュックから飛び降りると、みぞおちあたりに、すっと意識を落とす。


「いてえじゃねえかっ、クソボケがぁ!」


 起き上がったバルカンが、拳を振り上げる。併せて剣士までも、拳を構えた。


「おめえら――」


 音も立てぬ跳躍を一回。剣士の懐へマイコールは入り込む。


「ちょっと、やりすぎだなあ」


 ぷにんっ。剣士の頬に肉球が吸い付くように触れた。


「おふんっ……!?」


 剣士が、間の抜けた声とともに膝から崩れ落ちて、液体のように床上で蕩けきっていた。


「な、なにをしやがったっ!?」


 バルカンが一歩下がる。

 マイコールはゆらりと立ったまま、バルカンを眺めた。


「まだやるか?」


「や、野郎っ! ふざけやがって!」


 怯えを振り切って、バルカンがマイコールへ突っ込んできた。だが、拳が突き出された時には、すでに背後へ回っている。


「き、消え――」

「上等な筋肉だけどよ。ちょっと遅せえなあ」


 隙だらけのバルカンのふとももへ、ぷにんっと、極限の柔らかさを叩き込んだ。


「あふんっ!」


 受け身もとれず、前のめりに倒れこむバルカン。マイコールは滑るようにして身体の下へ入り込み、両手で抱えてから、優しく床へ横たえさせた。


 バルカンは動けずに、ピクピクと痙攣をしている。

 マイコールが残りの筋肉仲間へ目を向けると、二人は両手を挙げて降伏した。


 後にその場面を目撃していた受付嬢の一人はこう語る。


 何が起こったか分からなかった。

 彼の実体は一体どこにあるのか。消えたかと思えば、男の背後に現れ、何をしたのか瞬時に黙らせた。

 倒れた男たちは、毒気を抜かれたように、うっとりとしていた。


 繰り返すが、何が起こったか分からなかった。


「変な……、いや、すごいものを目撃したわ」


 受付嬢は、ぽつりと呟いた。



 二人の冒険者を床に座らせ、レザーリュックに腰をかけたマイコールは、頬杖をつきながら語りかける。


「おめえらさあ、ちーっとばかりやりすぎだなあ」


 苦笑するマイコール。


「バルカン……つったっけ? あっちのカウンターを見てみろよ。どんな感じだ?」

「……俺の身体がぶち当たったせいで、めちゃくちゃだな」


 怒りの牙を抜かれたバルカンが、ツルッとした頭を申し訳なさそうに掻く。


「だけど、そもそもリーダーが俺をぶっ飛ばしたから、ああなったんだろ……」

「いや、お前が俺を殴らなきゃ、喧嘩にはなってないからな」

「わざとじゃねえしっ! てか、避けりゃいいじゃねえか」


 ようやく鎮火したはずの争いが、再燃しそうになり――。


「うーん、プニプニが足らなかったかなあ……」


 肉球を眺めながら、手をにぎにぎさせてみる。


「いやっ!」

「俺たち、仲良しだもんなっ!」

「ああっ!」


 気持ち良いほど伸びた背筋で、二人が肩を抱き合う。

 ギルド内にいる争いとは無関係であった冒険者達ですら、余計な口は挟むまいと一致団結していた。


「そうか? 落ち着けたなら、なによりだぞ」


 マイコールは、自然と笑顔がこぼれる。二人が、ふぅ、と短く息を吐いていた。


「そんで、この後はどーすりゃいいと思う?」

「……わあったよ。弁償すりゃあいいんだろ」


 バルカンが肩を落とした。


「それも一つだよな。でもよ、テーブル一個なら、修理って方法もあんだろ」

「修理? 俺たちが?」


 頭をかくバルカンに、マイコールは笑顔で応じる。


「良い筋肉してんじゃねーか。せっかくだし、身体使って、みんなで直すのもいいもんだぞ」


 マイコールはバルカンに近づいて、ぽむぽむと身体に触れた。ビクリと身体を震わせるバルカンだったが、何もないことがわかると、安堵のため息をもらしていた。


「みんなって、あんたもか?」


 リーダー風の男が、指を差してくる。マイコールはうなずいた。


「オイラにも責任はあるだろ。一緒にやらしてもらう。いいだろ?」

「そりゃ、ありがてえけど……」


 不思議な生き物でも見るかのように、バルカンが見つめてきた。マイコールは構わず続ける。


「だけど、忘れてることがあんだろ?」

「……なんのことだ?」

「壊したもんを直すってのは大事だ。でも、こういう時、先に言うべきことがあんだろ?」

「言うべきこと?」


 ピンとこない様子のバルカンへ、助け舟を出す。


「わりぃことをしちまったら?」


「……ごめんなさい、か」


「ああ、そーだなっ」


 マイコールがニカッっと笑う。曇を払い除けて、太陽を呼ぶような明るさがそこにはあった。

 二人の冒険者はお互い目を合わせてから、ギルド全体に届く声で、「すまなかった!」と頭を下げた。


「よーし、とりあえず板とハンマーと釘を貸してもらうかあ」

「本当に手伝ってくれんのか……。ありがてえが……」

「おうっ! でも、オイラ、身体が小せえから、高いところは苦手なんだ。そういうとこは、二人とも頼りにしてるぞっ」


 腕をぐるぐる回して、やる気十分のマイコールに、バルカンは躊躇いがちに尋ねた。


「その前に一つ教えてくれ。あの腕っ節……。いや、肉球……か? ともかくっ、あんた、何者だ?」


「オイラはマイコール・ニャルコフ。虎猫族だぞ」


「いや……、そういうことじゃなくてだな」


 頭をポリポリとかくバルカンへ、誰かがポツリと呟いた。


「S級冒険者……」


 誰もが聞き耳を立てていたギルドの中で、小さな声は意外なほどに通る。


 みなの視線が声の主に集まる。そこにいるのは受付嬢の一人。震える両手で、マイコールのギルドカードを持っていた。

 悪気があったわけではない。裏で照合していたら、S級と表示が出て、「虎猫族が!?」と驚いた。ようやく戻ってくれば、虎猫族が男二人と、修理をしようとしてる始末。わけがわからなかった。


「雷虎のマイコールさん、です」

「え……」


 誰かの呟きから、一瞬の間を空けて、


「「「えええええっ!?」」」


 野太い大合唱がギルド内に響き渡った。



 カウンターの修理は、思ったよりも大掛かりになった。

 板を押さえる者、釘を打つ者、周囲を片付ける者。

 ギルドの冒険者たちが、自然と役割を分けて動いていた。


「そこ、もうちょい右だな」

「おうっ!」


 バルカンが板を押さえながら、ふと呟いた。


「しかしよ、アニキ」


 勝手にアニキと呼ぶようになったバルカンが声を掛けてくる。


「んにゃ?」

「あんた、こんな街で何してんだ?」


 何気ない問いだった。


「S級だろ? 普通なら王都とか、もっとデカいとこにいるもんじゃねえのか?」


「そういうもんか?」

「いや、俺が勝手にそう思ったんだがよ」


 トン、トン、と釘を打つ音。

 マイコールは少しだけ手を止めた。


「オイラは――」


 一瞬だけ、言葉が途切れる。

 目を閉じて、いつも一緒の相棒のことを思い浮かべる。

 少し眠たげな瞳をした――銀髪の彼女。


「リアってのと、旅をしてるんだ」

「旅?」

「あちこち見て回ったり、不思議な伝承について調べたりな」

「へぇー、面白そうじゃねえか」

「にゃはっ。世界は広いぞ〜。知らねえことがいっぱいあるんだ」


 楽しい旅のことを思い出して、マイコールはほっこり顔になる。


「いいじゃねえか、そういうの」


 バルカンが笑う。


「けどよ――ただの観光ってわけでもねえんだろ?」


 トン、と釘を軽く打ちながら、視線だけを向けてくる。


「S級がフラフラしてるにしちゃ、妙に目的ありそうな顔してるぜ」


 マイコールは、少しだけ目を細めた。


「⋯⋯ちょっと治したいもんがあってな」

「直す? このカウンターみたいになんか壊れたのか?」

「……壊れた、か。まあ、ある意味ではそうかもな」


 マイコールは釘を見つめながら、


「ただ、こいつはすぐに終わるだろ?」

「おう」

「でもオイラのは――」


 マイコールは天井を仰いだ。


「あいつを救うまでは、終われねえんだ」


 それ以上は言わなかった。

 バルカンも、それ以上は聞かなかった。




*´꒳`ฅ早速、プニっております

   少しでも楽しんでいただければ幸いです。

   本日はあと21時頃に、もう一話投稿いたします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ