第十二話 モフモフの秘密
マイコールは森の気配に包まれながら、庭で気分転換をする。
森ではさすがに控えていたが、尻尾トレーニングは欠かせない。
「一五六三……一五六四……」
庭にある木の枝に尻尾を巻きつけ、ぶら下がり、尻尾筋だけで身体を持ち上げてくる。
「ぐおっ、三四六……、地面で腹筋している俺よりペースが早いって……、三四七……、どうなってんだよっ……三四八……」
地面で腹筋をしているバルカンが、滝のような汗を流しながら呻いている。
「アニキ……、マナで……、はあはあ……、身体強化っ……、してねえんだよな?」
「それしたら意味がねーだろ? 千六百……それより、バルカン。あんま無茶すんなよ? 休憩も大事だぞ~」
「いやっ、俺はやるぜぇぇ。うおぉぉぉ!」
バルカンは掛け声と共に、腹筋のペースを加速させていく。一瞬に全てを注ぐよりも、継続する方が難しいのだが。
また気絶しなきゃいいけどなあ。
訓練を一緒にやりたいと申し出があり、無理についてこようとするあまり、限界を超えてひっくり返る。そんなバルカンを介抱するのも、一度や二度ではなかった。
「ま、好きでやってることだからな」
ちらっとバルカンを眺め、マイコールは顔をほころばせた。やる気があるのは良いことだ。方法はまた少しずつ、自分に合ったものへ変えていけばいい。
「よーし、次はマナを増やす訓練をするかあ」
「おうよっ」
大地にあぐらをかいて、目を閉じる。意識をみぞおちあたりに集中させる。
生物には大小あれど、必ず体内に魔核がある。そこで生まれるマナは、魔脈を通じて全身に運ばれていく。
生きていれば、誰でもマナはある。
だが訓練によって、魔核から作れるその量や、マナを走らせる脈をより伸ばすことが出来る。それこそ無数に広がる細枝や葉脈のように。
「バルカン、強化術使えるよな?」
「そりゃあな」
マイコールは、わかりきったことを聞いた。当然だとうなずくバルカン。
マナで身体を強化することが出来なければ、冒険者を長く続けらるはずもない。
「ちょっと力抜いとけ。少し触るぞ」
バルカンの身体を肉球でぽむぽむと確認していく。相変わらず上質な筋肉が詰まっている。
「そしたら、ちょっと両腕全部を強化してみろよ」
「両腕だけか? 一部分だけって難しいんだけどな……。ぐ、ぐぐぐっ!」
バルカンが重心を落とし、歯を食いしばって力を込める。
腕の筋肉がわずかに張りを増したところで、少しだけ観察し、マイコールはまた腕に触れた。
左右で膨れた張りに偏りがある。
腕だけじゃなくて、意図してない首や胴体まで、強化が届いてしまっている。
「バルカンは魔脈をもっと丁寧に伸ばした方が良さそうだなあ」
マイコールは肉球を当てたまま、目を細めた。
「ほら、ここ。腕を強くしようとしてるのに、首と腹にも流れてる。脈が細かく末端まで届いてねえ。近くの脈でどうにか補ってるんだ」
「そ、そんな細かいとこまで分かんのかよ……。ぶはあっ、もう無理だっ!」
気張っていたものが解けて、バルカンがその場にへたり込んだ。
「分かるぞ。触ればな」
ぽむ、ともう一度叩く。
「強くしようとすると、全部に力が入る。けどな、本当に強いヤツは――通したいとこだけに通せる」
「はあ……、はあ……。それがアニキの強さの秘密ってことか? ……アニキはどこまで魔脈を伸ばしてんだ?」
息を整えながらも、バルカンは何かを得ようと貪欲な瞳をしていた。
「オイラは爪の先……、毛の一本一本まで、魔脈を通してるぞ」
「一本一本て……、まさかっ全身の毛をっ!? ウソだろっ、どうしてそこまで!?」
「……リアのために、必要だったんだ」
マイコールは、ふと遠いところを見つめた。思えばずいぶんと変わったものだと思う。
「リア嬢ちゃんのため……。そうか。リア嬢ちゃんを守るために、そこまで鍛え抜いたってことか」
「守るため……、たしかにそうとも言えるかもな」
神妙な顔つきで頷くマイコールを前にして、バルカンがごくりと唾を飲み込んだ。
「そんなすげえ強敵がいたってことか……」
バルカンが重い声をおとした。
そんなバルカンをきょとんと眺めるマイコール。
「強敵? どーいうことだ?」
「……いや、リア嬢ちゃんを狙う奴がいて、アニキがぶっ飛ばすために鍛えたんじゃねえのか?」
「あ、ああ~! 守るためって……、そういう意味じゃねえんだあ」
にゃははっと破顔して、違う違うと手を振った。
空気の変わり様についていけないバルカンが、眉根を寄せて頭をかいた。
「んじゃ、どういうわけだよ?」
「いつだって最高のモフモフをリアに届けるためには必要だったんだよなあ」
「おおう……、想像以上にヤベぇ理由だったぜ……。っていうか、肉球だけじゃなくて、毛の柔らかさも強化できんのか……。いや、そりゃそうだな」
呆れと驚きが混ざり合った様子で、バルカンが呟く。
にゃははっと笑いながら、マイコールは尻尾を振った。
「モフモフのためには、毛に届かせるだけじゃ弱いんだ。毛の先端まで通さねえとな」
自分の腕の毛を、親指と人差し指でつまんでみせる。ふわりと広がる。
「そうか……。リア嬢ちゃんに抱きつかれる度に、強化してりゃあそうなるのか」
「おいおい、それじゃダメだろ」
マイコールは苦笑いした。
「ダメって……、何がだよ?」
「抱きつかれてからモフモフを用意してるようじゃ、リアがしょんぼりしちまう」
当たり前のことを言うみたいな顔だった。
「はあっ? いや、だけど……、リア嬢ちゃんってアニキんとこへ、急にくっついて来るよな?」
「そうだな。だから、強化は常時だ。もちろん枯渇しないように、細くだけどな」
さらっと言う。
庭の空気が一瞬だけ止まった気がした。
「いやいやいや、細くだとしても、一日中やってたらマナがもたねえだろ? それに常時って、おおげさな。寝てる時はさすがに……」
「何言ってんだ」
マイコールは首をかしげる。
「リアと一緒に寝る時こそ、一番大事なんじゃねえか」
その声だけ、妙に静かだった。
「……S級ってのは、……こんぐらいぶっ飛んでないとたどり着けねえのかもな」
何処か遠くを眺め始めるバルカン。
「しかしなあ、鍛えたモフモフには自信があったんだが……。まさかエルーナの尻尾に、負けるとは……。フワモフの世界は広いもんだ」
「負けたのか? アニキの強化したモフモフが?」
「ああ……、世界ってやつは、広いんだな……」
あれは、かつてないほどの衝撃だった。
いや、もしかするとあの一瞬に、マナを使い切る限界直前までモフ強化すれば、あるいは勝てたのかもしれない。
だけど、それでいいのだろうか?
エルーナは尻尾を強化などしてないはず。それでもリアノンを虜にした。
あの尻尾には、あらゆる技術が詰め込まれているに違いない。それを学び、自分のものとすることが、もっとも大事なのではないか。
大切なのは、リアノンが少しでも心休まる存在になること。
リアノンならきっと「今のままでも素敵だよ」と笑ってくれる。けれど、それに甘えてはいけない。今よりも明日の自分が、もっと癒せるようになりたい。
そうやって一歩ずつ成長していけば、
――マイコーのモフモフが、やっぱり一番……。
うっとりとした様子で、モフモフボディに顔をすり寄せてくるリアノンが思い浮かぶ。
マイコールは全身の毛をぶるりと震わせた。
「オイラ、やってやる……!」
「あ、アニキ! なにをどうやるのかわかんねえが、すげえ気合だぜっ」
リアノンが喜んでくれるためならば、どんなことも苦ではないと改めて実感する。
そこでふとネイチュラのことが脳裏をよぎった。
今までは自分たちを知ってもらおうとして、どうにか近づけないかと考えてばかりいた。
「そうだよなあ。好きなことってのは、結構頑張れんだよなあ」
マイコールにとっては、リアノンの笑顔であったり。
リアノンにとっては、モフモフ探求であったり。
「あのネイチュラの好きなことって、なんだろうなあ……」




