プロローグ
*´꒳`ฅはじめまして。夢野明と申します。
なろうへの投稿は初めてです。
今日は時間をあけつつ、3話まであげてみます。
よろしくお願いいたします。
――プニンっ!
「なんじゃあ!?」
黒竜の尻尾が、弾かれた。
ありえない。
山をも砕くその一撃が、たった一度の接触で、上へと跳ね上げられたのだ。
しかも手の肉球に触れただけで。
竜は目を見開いた。
視界の先。
そこにいたのは――。
「にゃはっ! すっげえ攻撃だなあ」
銀髪の少女を背負った、小さな虎猫が楽しそうに言った。
――この時、竜はまだ知らなかった。
この虎猫が、『殺さずに勝つ』存在だということを。
◇
時間はわずかにさかのぼる。
竜はゆっくりと意識を浮上させる。
瞳を閉じた黒竜が感じたのは、陽だまりだった。
……あるはずのない、陽だまりだった。
山頂の洞窟。入口から離れた空間に、太陽の光など届くはずもない。
それでも確かに、温かな気配があった。
わずかに沈んだままの意識に届く、ほのかな匂い。獣とは違う、お日様の香りが鼻腔を掠める。足音こそしないが、何かが居るのは明らかだった。
――また、人間か。それもたった二人。
この前も一息で街を焼いたばかりだというのに、懲りぬものだ。
ただ……、違和感がある。
この日向を散歩するような、気楽すぎる雰囲気はなんだ?
漂うのは殺気や、影に潜む姑息なものではない。だからこそ、こんなに近づくまで気づけなかったのだろう。
「おーい、起きてるかあ?」
ほんわかとした声。
「……竜。まだ寝てる?」
抑揚の薄い声。
竜はゆっくりと瞼を開いた。
やはり陽光など届かぬ暗闇。それでも竜の眼には全てが視える。
『それ』と目が合う。
銀髪の少女を背負った、もふっとした二足歩行の虎猫。
明かりらしいものは持っていない。それでも意思を持って見つめてきた。虎猫もまた、闇に適応している。
視線が絡むと怯えるわけでもなく、虎猫が安堵のため息をもらした。
「わたしは暗くて見えないけど……。竜、起きた?」
「オイラとバッチリ目があってるぞ。これで話せるなあ」
ほっこり笑顔の虎猫が、穏やかな声で言った。
竜からすると色々と不思議ではある。だがそれ以上に、眠りを妨げられた不快さがふつふつと湧き上がる。
わずかに息を吸い、
「寝てたのに邪魔してごめんなあ。でも、ちょっと、話を――」
炎のブレスを叩きつける。
瞬間、頭の奥が鈍く疼いた。
全てを滅する灼熱。一瞬で虎猫もろとも、分厚い石壁を溶かした。
「ああ……、穴を開けてしもうた」
光が差し込み、洞窟の奥まで薄っすらと照らされる。
「新しい寝床を見つけるのは、面倒なんじゃが……。まあいい……」
ここ百年ほど、消えずに残り続ける小さな頭痛。眠っている間は感じることもなく、楽なのだが。
もう一眠りしたら、新居を探すついでに大陸中の街を全部燃やそう。懲りずに何度もくる羽虫なぞ、おらぬ方が良い。
そう思った瞬間だった。
背後からのんびりした声が聞こえた。
「うにゃあ……。いきなり焼くのは、さすがに困るなあ」
竜は振り返った。
耳の付け根をぽりぽりとかきながら、虎猫が苦笑した。
「竜、見えるようになったけど……。まだ、寝ぼけてる?」
背負われた少女が、やわらかな瞳のまま、そう言った。
「いやあ、気持ち良く寝てたのを起こされたら、誰だって嫌だろ?」
「うん」
ブレスへの対処方法よりも、どこかズレている会話が耳に障る。
竜は目を細めた。
「失せよ、羽虫」
言葉にした刹那。すでに尻尾を横へと振るっていた。
風を唸らせ地面を削る尻尾。その軌道の先には、間違いなく虎猫と少女がいた。
尻尾が二人を潰そうと迫る。
――プニンっ!
「なんじゃあ!?」
ありえない。
山をも砕くその一撃が、
虎猫の手に触れた瞬間、
勢いをそのままに真上へと跳ね上げられた。
しかも手の肉球に触れただけで。
竜は目を見開いた。
「にゃはっ! すっげえ攻撃だなあ」
銀髪の少女を背負った、小さな虎猫が楽しそうに言った。
わけがわからない。
だが、本能が告げていた。
目を離していい相手ではないと。
竜は虎猫を睨みつけた。
「いやあ、ホントに悪かった。自然と起きるのを、オイラたちが待つべきだった」
虎猫は頭を下げて謝っている。その背後で少女が、人差し指を立ててぽつりと言った。
「プニモフ拳」
「ぷに……も……。なんじゃと?」
「なんじゃあ、って言った。だから、プニモフ拳」
「ぷにもふ……」
聞いたことのない響きだ。
「肉球はプニっと。身体はモフモフ」
背負われたままの少女が、虎猫の身体へ顔をうずめていた。
「うん?」
竜の思考が止まった。
いや、説明してくれたのだろう。
だが、あまりにも言葉が足りない。
身体はモフモフ。わかる。
確かに柔らかそうな毛だ。
肉球はプニっと。……わからない。
それでどうしたら尻尾を弾けるというのか。
謎が深まるばかりだ。
そもそも、人間の言葉を理解しようとするのが久しぶりだった。
わずかに殺意が遠のいて、竜は小さく灯った興味に身をゆだねた。
「……何のようじゃ」
「おっ、話を聞いてくれる気になったか?」
虎猫の尻尾の先が、嬉しそうに跳ねた。
「そうじゃ⋯⋯。だから早う話してみよ」
「オイラたち、逆鱗を見に――」
「死ね」
やはりこやつらも逆鱗を狙っている。
ならば排除するのみだ。
竜は即座に腕を振り下ろす。
幾多の敵を瞬殺してきた爪だ。
虎猫ごとき肉塊にするのは容易い。
――プニンっ!
またあの奇っ怪な技か!
「ぬっ!」
竜の瞳が苛立ちに揺れ、腕を何度も振り下ろす。
「この羽虫が!」
――プニンっ! プニンっ!
「ぬううっ! 貴様っ、さっさと潰れんかっ!」
さらなる怒りを載せ、身体全体で放つ爪撃が、今度こそ地面を叩き割る。
広い洞窟の中枢まで抉るほどの威力だ。
だが、虎猫の感触がない。
「んにゃあ……、すまん。あまりにも凄え攻撃で、安全なとこが、ここしかなかった……」
温かい声が、竜の耳元で聞こえた。
ふと、違和感を覚える。いつもより少し頭が重い。
視線だけで頭上を追う。
なぜかそこに虎猫と少女がいた。
竜の心にわずかな焦りが生まれる。
こいつらは、逆鱗を狙ってきたはず。
それは今、虎猫の近くにある。
全身を守る鱗より、わずかに柔らかい逆鱗。
だが、それも容易に貫けるものではない。
過去に訪れた勇者と名乗る男ですら、逆鱗に肉薄したが、その刃は通さなかった。
そこにいるのは一見するとモフモフで、力のなさそうな奴だ。心配する必要などない。
普通ならば。
考え過ぎたせいか、頭の奥の疼きが小さく戻ってきた。
そんな竜の気持ちに気づく様子もなく、虎猫はぽつりと呟いた。
「すぐに降りるからな。
だけど耳も近いし、せっかくだ。
オイラの何が、おめえを怒らせたのか。
……教えてくれねえか」
尻尾を力無く垂らした虎猫が、背中をしょんぼりと丸めていた。
「なあ、何が悪かったんだ?
ちゃんとごめんなさいってするからよ」
命乞いゆえの真摯さではなく、
だまし討ちのための取り繕いでもない。
心の底から謝りたい。
そんな真剣さだけがあった。
「……知りたいのか?」
「ああっ! 教えてくれんのか?」
瞳をきらきらさせた虎猫は、嬉しそうだった。
「おぬし……、逆鱗が何かわかるか?」
「えっと……、鱗の中でも一番綺麗で、すべすべしてるやつだろ?」
「まあ……、そうじゃな」
他の鱗よりも柔らかく、滑らかなことは間違いない。
洞窟に押しかけてくる羽虫たちは、柔らかいならそこが弱点だと攻めてくる。だが、こやつはそこが違う。
この羽虫……いや、この虎猫は不思議な生き物だ。
すっかり勢いを削がれ、どう伝えたものかと頭を捻る。
「マイコー、足元」
「んにゃ? あっ、なんか他と違うな?」
「なんか変……」
「光を吸ってるつーか……、弾かねえもんなあ」
「汚れてるのかも」
「あー、ここだと自分じゃ見えねえし、綺麗に磨けねえもんな」
汚れ? 何を言っているのだ? 虎猫の足元?
……まさか。そこは――
竜の心臓が一度、大きく跳ねた。
「それはいかんぞっ!」
竜の声がわずかに上ずった。
「『いかん』だって。汚れは誰でもイヤなもの」
「そうだよなあ。じゃあ、オイラが優しく取ってやるよ」
虎猫の手が、ゆっくりと逆鱗まで伸びていく。
「ちがっ! 触るなっ!」
「んにゃ?」
ぷにっ。
竜の思考が止まった。
間違いなく逆鱗に触られた。
しかし。
……痛くない。
それどころか……これは。
「うにゃあ、なかなか取れねえなあ」
ぷにんぷにん。
虎猫の肉球が繰り返し触れる。
その度に少しずつ、何かがほぐれていく。
まるで、陽だまりの中に身を預けているようだった。
地面に身体を預けて、まったりとしたい。
そしてふと気づく。
頭の奥に、長く引っ掛かっていたもの。
百年ほど消えずに残っていた、あの鈍い疼き。
それが――。
「……なくなった、だと?」
竜は驚きを隠せなかった。
「すごいのう……。どうなっとるんじゃ……」
「……ねえ」
眠そうな眼をした少女が、ぽつりと話し掛けてくる。
「どこか痛かった?」
「あ、ああ」
「それが治った?」
「そうじゃな」
「それ、すごくないよ」
虎猫の背中にいる少女が淡々と、しかしわずかに胸を張って言った。
「マイコーにとって、普通のこと。
わたし、いつもプニプニで
マッサージしてもらってるから」
虎猫のことなのに、なぜか少女が誇らしげだ。
そして当の虎猫も、そんな少女へほっこり顔を向けていた。
洞窟を満たすのは、雪が溶けて温かい季節が訪れたかのような空気感。
「……おぬしら、一体何しに来たんじゃ」
ぴたりと、虎猫の動きが止まった。
ほんの一瞬だけ、背中の気配を意識する。
それから何でもないように、耳の付け根をぽりぽりとかいた。
「なあ、竜」
「なんじゃ」
「おめえは、結構長く生きてるんだよな⋯⋯」
「まあ、それなりにはな」
竜は虎猫を見つめた。
少しだけ違和感がある。
「……ずっと死なねえってさ」
少しだけ間を置いて、
「いいことだと思うか?」
虎猫の問いかけ。
その背中で銀髪の少女がもぞもぞと動いた。
「わたしは、あんまり好きじゃない」
少女が、いつもの調子で言った。
「だって、暗くて冷たいし」
小さくあくびをして、まぶたをこする。
「……なんじゃと?」
竜の声だけが、わずかに低くなる。
だが少女は気にしない。
虎猫の背中に顔をうずめて、
「マイコー、ちょっとモフ足りない」
「にゃはっ、あとでな」
会話は、そこで終わる。
この時、黒竜はまだ知らなかった。
自分の退屈な百年が、
今まさに終わろうとしていることを。
*´꒳`ฅ読んでいただいてありがとうございます。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。




