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プロローグ

*´꒳`ฅはじめまして。夢野明と申します。

   なろうへの投稿は初めてです。

   今日は時間をあけつつ、3話まであげてみます。

   よろしくお願いいたします。

   

 ――プニンっ!


「なんじゃあ!?」


 黒竜の尻尾が、弾かれた。

 ありえない。

 山をも砕くその一撃が、たった一度の接触で、上へと跳ね上げられたのだ。


 しかも手の肉球に触れただけで。


 竜は目を見開いた。


 視界の先。

 そこにいたのは――。


「にゃはっ! すっげえ攻撃だなあ」


 銀髪の少女を背負った、小さな虎猫が楽しそうに言った。


 ――この時、竜はまだ知らなかった。

 この虎猫が、『殺さずに勝つ』存在だということを。



 時間はわずかにさかのぼる。


 竜はゆっくりと意識を浮上させる。

 瞳を閉じた黒竜が感じたのは、陽だまりだった。

 ……あるはずのない、陽だまりだった。


 山頂の洞窟。入口から離れた空間に、太陽の光など届くはずもない。

 それでも確かに、温かな気配があった。


 わずかに沈んだままの意識に届く、ほのかな匂い。獣とは違う、お日様の香りが鼻腔を掠める。足音こそしないが、何かが居るのは明らかだった。


 ――また、人間か。それもたった二人。


 この前も一息で街を焼いたばかりだというのに、懲りぬものだ。


 ただ……、違和感がある。

 この日向を散歩するような、気楽すぎる雰囲気はなんだ?


 漂うのは殺気や、影に潜む姑息なものではない。だからこそ、こんなに近づくまで気づけなかったのだろう。


「おーい、起きてるかあ?」


 ほんわかとした声。


「……竜。まだ寝てる?」


 抑揚の薄い声。


 竜はゆっくりと瞼を開いた。

 やはり陽光など届かぬ暗闇。それでも竜の眼には全てが視える。

 『それ』と目が合う。


 銀髪の少女を背負った、もふっとした二足歩行の虎猫。


 明かりらしいものは持っていない。それでも意思を持って見つめてきた。虎猫もまた、闇に適応している。

 視線が絡むと怯えるわけでもなく、虎猫が安堵のため息をもらした。


「わたしは暗くて見えないけど……。竜、起きた?」

「オイラとバッチリ目があってるぞ。これで話せるなあ」


 ほっこり笑顔の虎猫が、穏やかな声で言った。

 竜からすると色々と不思議ではある。だがそれ以上に、眠りを妨げられた不快さがふつふつと湧き上がる。



 わずかに息を吸い、


「寝てたのに邪魔してごめんなあ。でも、ちょっと、話を――」


 炎のブレスを叩きつける。



 瞬間、頭の奥が鈍く疼いた。

 全てを滅する灼熱。一瞬で虎猫もろとも、分厚い石壁を溶かした。


「ああ……、穴を開けてしもうた」


 光が差し込み、洞窟の奥まで薄っすらと照らされる。


「新しい寝床を見つけるのは、面倒なんじゃが……。まあいい……」


 ここ百年ほど、消えずに残り続ける小さな頭痛。眠っている間は感じることもなく、楽なのだが。

 もう一眠りしたら、新居を探すついでに大陸中の街を全部燃やそう。懲りずに何度もくる羽虫なぞ、おらぬ方が良い。


 そう思った瞬間だった。

 背後からのんびりした声が聞こえた。


「うにゃあ……。いきなり焼くのは、さすがに困るなあ」


 竜は振り返った。

 耳の付け根をぽりぽりとかきながら、虎猫が苦笑した。


「竜、見えるようになったけど……。まだ、寝ぼけてる?」


 背負われた少女が、やわらかな瞳のまま、そう言った。


「いやあ、気持ち良く寝てたのを起こされたら、誰だって嫌だろ?」

「うん」


 ブレスへの対処方法よりも、どこかズレている会話が耳に障る。

 竜は目を細めた。


「失せよ、羽虫」


 言葉にした刹那。すでに尻尾を横へと振るっていた。

 風を唸らせ地面を削る尻尾。その軌道の先には、間違いなく虎猫と少女がいた。

 尻尾が二人を潰そうと迫る。



 ――プニンっ!


「なんじゃあ!?」


 ありえない。

 山をも砕くその一撃が、

 虎猫の手に触れた瞬間、

 勢いをそのままに真上へと跳ね上げられた。


 しかも手の肉球に触れただけで。


 竜は目を見開いた。


「にゃはっ! すっげえ攻撃だなあ」


 銀髪の少女を背負った、小さな虎猫が楽しそうに言った。


 わけがわからない。

 だが、本能が告げていた。

 目を離していい相手ではないと。


 竜は虎猫を睨みつけた。


「いやあ、ホントに悪かった。自然と起きるのを、オイラたちが待つべきだった」


 虎猫は頭を下げて謝っている。その背後で少女が、人差し指を立ててぽつりと言った。


「プニモフ拳」

「ぷに……も……。なんじゃと?」

「なんじゃあ、って言った。だから、プニモフ拳」


「ぷにもふ……」


 聞いたことのない響きだ。


「肉球はプニっと。身体はモフモフ」


 背負われたままの少女が、虎猫の身体へ顔をうずめていた。


「うん?」


 竜の思考が止まった。


 いや、説明してくれたのだろう。

 だが、あまりにも言葉が足りない。

 身体はモフモフ。わかる。

 確かに柔らかそうな毛だ。

 肉球はプニっと。……わからない。

 それでどうしたら尻尾を弾けるというのか。


 謎が深まるばかりだ。


 そもそも、人間の言葉を理解しようとするのが久しぶりだった。

 わずかに殺意が遠のいて、竜は小さく灯った興味に身をゆだねた。


「……何のようじゃ」


「おっ、話を聞いてくれる気になったか?」


 虎猫の尻尾の先が、嬉しそうに跳ねた。


「そうじゃ⋯⋯。だから早う話してみよ」


「オイラたち、逆鱗を見に――」


「死ね」


 やはりこやつらも逆鱗を狙っている。

 ならば排除するのみだ。

 竜は即座に腕を振り下ろす。

 幾多の敵を瞬殺してきた爪だ。

 虎猫ごとき肉塊にするのは容易い。



 ――プニンっ!


 またあの奇っ怪な技か!


「ぬっ!」


 竜の瞳が苛立ちに揺れ、腕を何度も振り下ろす。


「この羽虫が!」



 ――プニンっ!  プニンっ!


「ぬううっ! 貴様っ、さっさと潰れんかっ!」


 さらなる怒りを載せ、身体全体で放つ爪撃が、今度こそ地面を叩き割る。

 広い洞窟の中枢まで抉るほどの威力だ。


 だが、虎猫の感触がない。


「んにゃあ……、すまん。あまりにも凄え攻撃で、安全なとこが、ここしかなかった……」


 温かい声が、竜の耳元で聞こえた。


 ふと、違和感を覚える。いつもより少し頭が重い。

 視線だけで頭上を追う。

 なぜかそこに虎猫と少女がいた。

 竜の心にわずかな焦りが生まれる。

 こいつらは、逆鱗を狙ってきたはず。

 それは今、虎猫の近くにある。


 全身を守る鱗より、わずかに柔らかい逆鱗。

 だが、それも容易に貫けるものではない。

 過去に訪れた勇者と名乗る男ですら、逆鱗に肉薄したが、その刃は通さなかった。


 そこにいるのは一見するとモフモフで、力のなさそうな奴だ。心配する必要などない。

 

 普通ならば。


 考え過ぎたせいか、頭の奥の疼きが小さく戻ってきた。

 そんな竜の気持ちに気づく様子もなく、虎猫はぽつりと呟いた。


「すぐに降りるからな。

 だけど耳も近いし、せっかくだ。

 オイラの何が、おめえを怒らせたのか。

 ……教えてくれねえか」


 尻尾を力無く垂らした虎猫が、背中をしょんぼりと丸めていた。


「なあ、何が悪かったんだ?

 ちゃんとごめんなさいってするからよ」


 命乞いゆえの真摯さではなく、

 だまし討ちのための取り繕いでもない。

 心の底から謝りたい。

 そんな真剣さだけがあった。


「……知りたいのか?」

「ああっ!  教えてくれんのか?」


 瞳をきらきらさせた虎猫は、嬉しそうだった。


「おぬし……、逆鱗が何かわかるか?」

「えっと……、鱗の中でも一番綺麗で、すべすべしてるやつだろ?」

「まあ……、そうじゃな」


 他の鱗よりも柔らかく、滑らかなことは間違いない。

 洞窟に押しかけてくる羽虫たちは、柔らかいならそこが弱点だと攻めてくる。だが、こやつはそこが違う。

 この羽虫……いや、この虎猫は不思議な生き物だ。


 すっかり勢いを削がれ、どう伝えたものかと頭を捻る。


「マイコー、足元」

「んにゃ? あっ、なんか他と違うな?」

「なんか変……」

「光を吸ってるつーか……、弾かねえもんなあ」

「汚れてるのかも」


「あー、ここだと自分じゃ見えねえし、綺麗に磨けねえもんな」


 汚れ? 何を言っているのだ? 虎猫の足元?


 ……まさか。そこは――

 竜の心臓が一度、大きく跳ねた。


「それはいかんぞっ!」


 竜の声がわずかに上ずった。


「『いかん』だって。汚れは誰でもイヤなもの」

「そうだよなあ。じゃあ、オイラが優しく取ってやるよ」


 虎猫の手が、ゆっくりと逆鱗まで伸びていく。


「ちがっ! 触るなっ!」


「んにゃ?」



 ぷにっ。


 竜の思考が止まった。

 

 間違いなく逆鱗に触られた。

 しかし。

 ……痛くない。

 それどころか……これは。


「うにゃあ、なかなか取れねえなあ」


 ぷにんぷにん。

 虎猫の肉球が繰り返し触れる。

 その度に少しずつ、何かがほぐれていく。


 まるで、陽だまりの中に身を預けているようだった。

 地面に身体を預けて、まったりとしたい。


 そしてふと気づく。

 頭の奥に、長く引っ掛かっていたもの。

 百年ほど消えずに残っていた、あの鈍い疼き。

 それが――。


「……なくなった、だと?」


 竜は驚きを隠せなかった。


「すごいのう……。どうなっとるんじゃ……」


「……ねえ」


 眠そうな眼をした少女が、ぽつりと話し掛けてくる。


「どこか痛かった?」

「あ、ああ」

「それが治った?」

「そうじゃな」

「それ、すごくないよ」


 虎猫の背中にいる少女が淡々と、しかしわずかに胸を張って言った。


「マイコーにとって、普通のこと。

 わたし、いつもプニプニで

 マッサージしてもらってるから」


 虎猫のことなのに、なぜか少女が誇らしげだ。

 そして当の虎猫も、そんな少女へほっこり顔を向けていた。


 洞窟を満たすのは、雪が溶けて温かい季節が訪れたかのような空気感。



「……おぬしら、一体何しに来たんじゃ」


 ぴたりと、虎猫の動きが止まった。


 ほんの一瞬だけ、背中の気配を意識する。


 それから何でもないように、耳の付け根をぽりぽりとかいた。


「なあ、竜」


「なんじゃ」


「おめえは、結構長く生きてるんだよな⋯⋯」


「まあ、それなりにはな」


 竜は虎猫を見つめた。

 少しだけ違和感がある。


「……ずっと死なねえってさ」


 少しだけ間を置いて、


「いいことだと思うか?」


 虎猫の問いかけ。


 その背中で銀髪の少女がもぞもぞと動いた。


「わたしは、あんまり好きじゃない」

 

 少女が、いつもの調子で言った。


「だって、暗くて冷たいし」

 

 小さくあくびをして、まぶたをこする。


「……なんじゃと?」


 竜の声だけが、わずかに低くなる。


 だが少女は気にしない。

 虎猫の背中に顔をうずめて、


「マイコー、ちょっとモフ足りない」

「にゃはっ、あとでな」


 会話は、そこで終わる。



 この時、黒竜はまだ知らなかった。

 自分の退屈な百年が、

 今まさに終わろうとしていることを。


*´꒳`ฅ読んでいただいてありがとうございます。

   少しでも楽しんでいただければ幸いです。


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