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東の魔女のあとしまつ  作者: 中村 颯希
プロローグ
1/36

01. プロローグ(1)

新連載はじめました!

今年中、しかも作中時期と同じ月に投稿できたぞ、うぉーーー!!!


大好きな勘違いものに、魔女・弟子・タイムスリップを掛け合わせた性癖メガ盛りハッピーセットです。

全36話、完結まで毎日8時&20時に投稿予定です。

どうかご堪能いただけますように。


 それは、聖都ヘルトリングに今年初めての雪が降ろうとする、寒い日のことだった。


「東の魔女アデルの火刑を執行する!」


 ボボ……ッ、と籠もった音を立てて、足元にある藁が燃えだしたとき、十字の柱に縛り付けられていたアデルが最初に感じたのは、場違いな温もりだった。


 たちまちのうちに、柱に巻き付けられた藁を一周してしまった炎。

 今は裸足の爪先にちりちりと熱を感じるだけだが、すぐに炎は、油を染みこませた縄を伝って、アデルの体にたどり着くのだろう。


(ひいいいっ!)


 内心で、いいや、肉声でも小さく悲鳴を上げるものの、足元の遙か下に集う民衆に、それが届くはずもない。

 手足もしっかり柱に縛り付けられてしまい、身動きも取れないのだった。

 処刑ショーを見に来た民衆の目に映るのは、死を目前にしても身じろぎひとつしない魔女の姿、といったところだろう。


「おい見ろよ、魔女と言ったって、単に黒髪に黒い瞳ってだけの、若い娘じゃねえか。こんな娘っこに、どんな罪が犯せるってんだ?」

「だよな。東の外れに、そこそこ腕のいい薬草師がいたじゃねえか。あれがあの子だとしたら、むしろあの子は俺たちを助けてくれてたんじゃねえか?」

「しっ、そんなこと言ったら、教会に殺されるよ。ご覧よ、火に掛けられるって言うのに、顔を歪めもしない。やっぱり彼女は、ふてぶてしい魔女なんだよ」

「たしかに、眉のひとつも動かさねえ。ありゃあ冷酷そうな女だ」


 十字の上からは、民衆がなにを言っているかまではわからない。

 ただし、彼らがどんな表情を浮かべているかはよく見えた。


 どうせ、黒髪が不吉だとか、無表情で怖いだとか、アデルが23年にわたり言われ続けたことを繰り返しているのだろう。

 東方の血が混ざったアデルの外見は、ヘルトリングの人々にとってはやや異端的に映るようだから。


(いや、「無表情で怖い」って部分は、ここ7年で加速した部分だけどさ……!)


 そうなるに至った経緯を思い出し、アデルはちょっと泣きそうになる。


 この無表情にも、それなりの事情があるのだ。

 冷酷そうだ、なんて性格まで決めつけないでほしい、本当に。


 アデルの思いも知らず、人々は猜疑心さいぎしんと好奇心の入り交じった顔でこちらを見上げてくる。


 ヘルトリングの中央、聖主教の威信を懸けて造られた壮麗な大聖堂と、それが擁する広場。

 民衆のひしめくそこに、今、山高帽を被った処刑人がやってきて、ひどく気取った仕草で書状を開いた。


「東の魔女、アデル! 教会の決定に則り、火刑に処す!」


 文字が読めない人々のために、彼は朗々とした声で中身を読み上げた。


「7年前! この魔女は、ヘルトリングの地に勇者レイノルドが覚醒するとの予知を得た! そして自らが討伐される事態を恐れ、おぞましくも幼き勇者を攫い、洗脳を試みた。以降、かの勇者に捧げられるはずだった栄光を7年も蹂躙し、魔に染め上げようとした、恐るべき魔女である!」


 勇者、という単語を聞いた途端、ヘルトリングの民がざわめきだす。


 それもそのはず、この国において「勇者」とは「聖女」と並ぶ憧れの存在で、彼らが出現した時代には、魔は滅び、聖は栄え、聖主教を奉じる国は必ず黄金時代を迎えると言われていたからだ。

 そんなありがたい存在を、私欲のために攫うなど、たしかに重罪と言えるだろう。


 にわかにアデルが恐ろしい魔女に見えてきたのか、民衆が、次々と石を投げてきた。


「ま……魔女め!」

「この、忌まわしき魔女め!」


 東西南北、まるで時計の盤上に配置された数字のように、全方向からつぶてが降り注ぐ。

 当然、縛られた状態でそれを避けきれるはずもなく、石はアデルの体のあちこちを傷付けた。


 距離があるぶん、威力はそこまでではないが、あちこちから目に見える形で悪意をぶつけられるこの状況が、とても苦しい。


(結構この都の人々にも、尽くしてきたと思ったんだけどなあ。まあでも、それだけのことをしたと言われれば、……返す言葉もないけど)


 足元の藁が、ぱちぱちと音を立てて燃えている。

 金色に踊る炎を見つめているうちに、ふと金色の髪を持つ弟子を思い出してしまい、アデルは腕輪を嵌めた両手を強く握りしめた。


(レイノルドの怒りは、こんなものじゃなかったはず)


 レイノルド。

 東の魔女アデルの、3番目にして最後の弟子。


 陽光のような金色の髪と、空のような青い瞳を持った彼は、聖主教の宗教画から飛び出してきたような、まさに勇者となるべき少年だった。


 ところが7年前、アデルがその運命を変えたのだ。


 強大な聖力を持つ彼が、魔女である自分を殺しにくるのを恐れ、まだ8歳だった幼い彼を、魔力に目覚めきらぬうちに教会から攫った。

 以降、彼が間違っても魔力に目覚めぬよう、勇者の素養を台無しにするような、誤った教育を施しに施し続けたのだが――。


(運命っていうのかなあ。結局、こうなるんだもんなあ)


 7年の時を経た今、アデルは「運命」だとか「宿命」といったものの重さを思い知る。


 結局、こちらの努力虚しく、あの優秀な弟子は、自らの魔力を覚醒させてしまった。

 未来の彼に殺されないよう、精一杯感じよく接してきたつもりだし、彼も懐いてくれたと思っていた。

 だが、本来浴するべきだった権利を奪われ、7年間も悪しき魔女の元で育てられたという事実を知って、どうやらレイノルドはあっさり憎悪の炎を燃やしてしまったらしい。

 そうなる運命だったとはいえ、あんまりだ。


 だがまあ、アデルもアデルで、健気な彼に情が湧いてしまい、危険を知りつつもずるずるとレイノルドを弟子にしつづけた結果、現状――「勇者のせいで死ぬ」という予知通りの事態――に陥っているのだから、彼にばかり文句は言えない。

 運命というものの強制力の強さに慄くばかりだ。


(あーあ。結局、あの子を弟子に取ったことこそが、裏目に出たってことよね。王にも匹敵する贅沢三昧の勇者暮らしを奪われ、辺境で卑しい魔女の下働きをさせられ続けたわけだから……そりゃ、恨みもするわよ)


 8歳から15歳。

 人生の土台となる大事な7年間を、嫌われ者の魔女に奪われ、貧乏暮らしを強いられたレイノルドの怒りは、いかほどばかりか。

 誇り高く、敵には果断とした対応も躊躇わなかった彼のことだ。

 もし教会がアデルを処刑しなければ、それこそ本来の予知夢のように、レイノルドはアデルを鎖で縛り上げ、四肢を落とし、目を抉り取りと、死んだほうがマシという目に遭わせ続けただろう。


(うぅ……焼死は嫌だけど、長引く拷問はもっといや。一瞬で死ねるだけマシ、一瞬で死ねるだけマシ)


 徐々に火の手が足元に迫って来た。

 恐怖から目を逸らす意味も込めて、アデルは必死に己に言い聞かせる。


 そうとも。

 痛いのも苦しいのもごめんだが、それならまだ期間が短いほうがいい。


(それに……レイノルドのことを騙すのも、どのみち限界だった。これでいいのよ)


 縄を舐めはじめた炎を見つめながら、アデルは「これでいいのよ」と胸の内で繰り返した。


 主の愛し子、レイノルド。

 勇者となる宿命にあった彼は、やはりその魂までもが美しく、打算と私欲にまみれたアデルのことを信じ、まっすぐな敬慕の視線を向け続けた。


 その視線に応え、「理想の師匠」を演じ続けるには、アデルは小心者すぎたのだ。

 彼は真実を知り、本来アデルに向けるべき感情を取り戻した。

 勇者は勇者となり、魔女は運命の通り――時期と方法は違うけれど――死ぬ。


 なにもかも、あるべき姿へ。

 これでよかったのだ。


(ああ! でもひとつ欲張るなら、レイノルドがこれで怒りを静めてくれますように! ほか2人の弟子に八つ当たりとかしませんように! 極力楽に死ねますように! 死後は楽園に行けますように! マルティンやエミリーと楽園で再会して、楽しく一杯やれますように!)


 ぐっと顎を反らしながら、ひとつというには少々欲張りな願いごとを並べ立てる。

 特に、アデルが育てたほか2人の弟子、マルティンとエミリーを置いて行ってしまうことには、師匠として胸が痛んだ。


 ――ごぉっ!


 十字の柱に巻き付けられていた油縄に、炎が移る。

 そこから炎は、獲物を前にした蛇のように、獰猛に膨らみ、柱を駆け上がった!


(来る――!)


 固く目を瞑った、その時である。


『師匠! 師匠、やった! 繋がった! 成功だ!』


 どこからともなく、耳に馴染んだ声が響き、アデルははっと目を見開いた。


(マルティン?)


 声は末弟子のものではなく、先ほど思い浮かべたばかりの一番弟子、マルティンのものだ。

 だが、彼特有の、人のよさそうなそばかす顔が、どこを探しても見当たらない。

 アデルが視線をさまよわせていると、再び声が響いた。


『師匠、ここ! 炎の中だ! いい、時間がないから要件だけ言うよ!』


 なんと、声は足元で燃えさかる炎から響いているのであった。

 よくよく目を凝らせば、赤い輪郭の中に、マルティンの顔が映り込んでいる。


 アデルはぎょっと肩を揺らした。


(いや、なんで下からのアングル! というかなんで、炎の中から通信できるの!? マルティンには、こんな魔力はなかったはず)


 このお人好しの一番弟子は、師匠に似て、さしたる魔力を持っていないはずだった。

 特筆すべき事項があるとしたら、マッチに火を灯す程度の炎が操れることと、数学が図抜けて得意であったことくらいだ。


(それに、マルティンの顔……なんか老けてない?)


 ついでに言えば、アデルの1歳年下のマルティンは、20そこそこのはずなのに、炎に映る彼は、なぜだか30歳ほどの男性に見えた。

 疑問に答えるように、炎の中の彼が叫んだ。


『僕は今、7年後の未来から師匠に話しかけているんだ。この7年で、僕は炎魔法と、時空を操る魔法を会得した』

「えっ、すご!」


 思わず肉声で感嘆を表現してしまう。

 とある事情で喉を痛めていたアデルは、日頃はあまり話さぬようにしていたのだが、このときばかりは驚きが勝ってしまったのだ。


 途端に、立ち上っていた煙を吸い込んでしまい、ただでさえ弱い喉を一層傷付けたアデルは、ごほごほと咳き込んだ。


『ありがとう。それで、なんでそんな努力をしたかと言えば、それは師匠を助けるためだ。師匠を、火刑から救おうと思ったんだよ』


 驚くべき師弟愛に、思わず咳が止まる。

 アデルとマルティンたちは、師弟というよりは、幼なじみというか、ただはぐれ者同士集まって、成り行きで暮らしていた者同士だ。


 たまたま年長だったという理由で師匠ぶっていただけの自分に、マルティンがまさかそんな決意を抱いてくれようとは、思いもしなかった。


「マ、マルティン、ありが――」


 喉の痛みをおして礼を述べようとしたが、遮られる。


『なぜだかわかる? それは、師匠が教会に殺されてからのこの7年、激怒した末弟子が暴れに暴れ、なかば魔王と化してるからだよ!』


 マルティンが必死の形相で告げた内容に、アデルは思わずぽかんとした。


 末弟子。

 ということはレイノルドだ。


 あの清廉で忠実で真面目で美麗な、とにかくいくつ美徳的な形容詞を並べても間に合わない彼が激怒で、魔王とは。


「はい……?」

『おかげで世界はめちゃくちゃだ。今にも滅びそうだよ。僕も兄弟子として手を尽くしてきたつもりだけど、もう限界だ! 弟子の不始末は、師匠がどうにかして!』

「え? あ」

『いい? 今から3数えた後、師匠をこっちに引き寄せ(・・・・)るから。あの末弟子の屋敷の前に飛ばす。僕もすぐ駆けつけるから、その場から動かないでよ! 師匠はとにかく、息をして立っていてくれればそれでいいから! 頼むから、何もしないでよ!』


 時間がないからなのか、それともよほど腹に据えかねているのか、マルティンは一方的にまくしたて、こちらは相槌を打つ隙もない。


「え、ちょっと待って、どうして、私の処刑に、あの子が怒るの? だってもう、私が誘拐犯だったって、彼にはバレて、だからこそ彼は処刑を承認――」

『説明は後! いい、行くよ!』


 ひとまず、レイノルドがまるでアデルの処刑に反対だったような口ぶりが気になって、そこだけでも問いただそうとしたのだが、マルティンは声を荒らげ、両手を炎越しに突き出すだけだった。

 折しも、柱を駆け上がっていた炎は、とうとうアデルの爪先に辿りついたところである。


『3!』

「ちょ、ちょっと、待ってってば! 引き寄せるって、なに!? 7年後の世界に行くの!?」


『2!』

「待って、ってば! レイノルドは、いったい――」


『1!』

「ねえ!」


 マルティンはきつく両目を閉じ、手に力を込めている。

 突き出した腕はがくがくと震え、顔には脂汗がびっしりと滲んでいるのが、炎越しにもよく見えた。


「マルティン、あの子は――」

『行けええええ!』


 1番弟子の渾身の叫びとともに、炎が唸りを立てて広がった!

 ――ごおおおっ!


「きゃああ!」


 アデルは悲鳴を上げ、咄嗟に目を瞑る。


 全身が炎に包まれ、焼け焦げるかと思いきや、意外にも熱はなく、ただ、強烈な光だけがアデルを満たした。


 眩しい。

 光が溢れる。




 視界を白く塗りつぶすほどの、暴力的な光に呑まれ――アデルは時空を超えた。

投稿初日スペシャルで、今日は4話投稿しますね!!

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火やぶりは一瞬では死ねないよ主人公さん… 外側しか焼けないから何時間もかかるし、外でやってるから酸欠とか一酸化炭素中毒にもならない 風が弱ければ煙で死ねるかもだけど無茶苦茶苦しいはず
1年に1本忙しい中、目標を護るその姿勢 感服いたします 当方、忙しくやっと読めるZeって思ったら 不慮の事態に巻き込まれ 時を遡り、還って来ましたよ。 ショタモノと思わせつつリープモノとは(笑) …
無欲の番外編から、わくわく
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