ep-4 新たなる世界に
「さて……行くか」
いい天気だ。王都を照らす太陽を、俺は見上げた。
「ブッシュ様……。道中、お気をつけて」
旅立ちの日。王都の門前まで、タルト王女がわざわざ見送りに来てくれた。
考えてみればここは、転生初日、俺がヒゲカスランスロット卿に追放された、まさにその場所。転生五秒で、俺はここ異世界でも底辺中の底辺に身をやつした。
それが今は、こうして王女が見送りにきてくれている。変われば変わるもんだわ。
ここにいるのは、俺の家族にノエル、それに見送りの王女と護衛。あとはサバランだ。ガトーは早くも、王女のために辺境での偵察に旅立ったと聞いている。
俺の前で、道は八方に広がっている。王都前の真っ直ぐな大街道が、左右と前に。それに小道がいくつも、くねくねと。
「マカロン、嫌になったらすぐに戻ってくるんだぞ。このじいじのところに。ブッシュなんか捨て置いて構わんからな」
マカロンの手を強く握り、サバランの顔はもう涙でぐしゃぐしゃだ。
「大丈夫だよ、サバランのおじいちゃん。あたしのパパとママは世界一だもん」
「も、もう一度言ってくれ」
「おじいちゃん」
「マカロンーっ」
抱き着いて大泣きしてるな。いつものサバランだわ。
「テ、ティラミスも頼む」
「サバランおじい様。留守中、お元気で」
「ティラミスーっ!」
もう勝手にやってくれ。
「ブッシュ様……」
お付きの前というのに、タルト王女は俺の手を握ってきた。
「お留守の間、ブッシュ様と皆様のご無事を祈念しておきます。……できればたまには戻ってきて、武勇伝を聞かせてくださいね」
「プティンが教えてくれるだろ、テレパシーで」
「ふふっ……」
俺の耳に唇を寄せる。
「直接ですよ。……ふたりっきりで」
熱い瞳で見つめてくる。
「姫様……」
「ほらほらふたりで見つめ合ってないでよー」
妖精プティンは、俺の首に抱き着いている。
「もう行こうよ、ブッシュ。陽が落ちる前に、宿場に入りたいし。王都近郊というのに初日から野宿はごめんだからね」
「わかってるよ、プティン」
「お風呂に入って、姫様にまた見せてあげないとならないし」
こいつ……。例によってロクなこと考えてないな。この際肛門でも見せつけて、プティンとその先の王女を絶句させてやろうか。
「ブッシュ、どっちに進むの」
ノエルが俺の顔を見上げてきた。まぶしげに。俺達は、タルト姫の要請を受けて、近在の村々の情勢調査に赴くところだ。どのルートを進み村を選ぶかは、俺の裁量に任せられている。
「ブッシュの好きな道でいいのよ。私達のリーダーなんだもん」
「そうだなあ……」
見回した。
大街道には、ひっきりなしに馬車が往来している。王国を支える、経済の大動脈といった印象だ。それに比べ、小道はどれものんびりした雰囲気。辺境商人の駄馬が、道脇の草をのんびり食べていたりする。
「よし、右前の小道を行こう。日当たりもいいし、先は森だ。きっと気持ちいいぞ」
「いいわね。楽しいと思うわよ」
「さあ来い、マカロン」
「うん、パパ」
走ってきたマカロンを抱き上げると、肩車してやった。
「わあ、たかーい」
「ふふっ。良かったわね、マカロン」
「ママー、手を握ってよ」
「はいはい」
「さて行くぞ、みんな」
俺達は進み始めた。無事を願う王女やサバランの祝福を受けながら。
俺の前に、決められた道などない。
俺の後ろに道はできる。
俺は、この世界を突き進んでいくわ。
マカロンという主人公を育てながら。本当の物語が、マカロンの前から始まるまで。
「パパーっ。大好き」
「よしよし」
「ブッシュパパ、手を……」
「ほら」
ティラミスの手を取った。ティラミスの手は、春の陽射しのように温かい。
「いい天気になってよかったよね」
「本当だよね、ノエル。ねえねえブッシュ……」
妖精プティンが、いつもどおり俺の胸に潜ってきた。
「ボクやノエルと一緒で嬉しい? ねえねえ」
「ブッシュさん、行きましょう」
「パパ」
「よしよし」
俺は、一歩踏み出した。
まだ見ぬ世界へと。
(第一部「新米パパ」編 了)
●次話、エキストラエピソード「妖精と王女のバスタイムトーク」。お楽しみにー




