7-7 パパブッシュの悩み
「悩みってなあに、ブッシュ。……もしかして、姫様のエッチな話?」
風呂に漬かって、妖精プティンは楽しそうだ。こいつ、マジでエロトーク好きだよな。女子とは思えんわ。
「違うし。始祖のダンジョン第四階層攻略に、ティラミスとマカロンを連れて行くべきかってことよ」
「ああ……そういう」
プティンは、ようやく真面目な顔つきとなった。俺の目の前、水面に器用にあぐらを組むと、腕も組む。いや、いくらちっこいとはいえ、素っ裸であぐらを組むのは止めてほしいんだが。微妙に見えそうだし。
「危ないからだよね」
「そうだ」
「ガトーは前、第四階層に連れてくのは止めとけって言ってたよね」
「ああ」
「ブッシュもあのときは、そのつもりだったでしょ」
「そうなんだけどさ」
そもそも、始祖のダンジョンに五歳のマカロンを連れて行ったのは、将来勇者に育つ主人公を、育てないとならないと思ったからだ。親の義務として。それに馬車で王女に依頼されたとき、本人もすごく行きたがっていた。なぜかティラミスまで賛成し、自分も加わるって後押ししてたからな。
「マカロン育成なら、浅い階層か、どこか王都の外の雑魚ダンジョンで鍛えればいいと思うんだ。もうある程度強くなったし」
「ならなにを悩んでるのさ、ブッシュ」
「攻略のことさ」
手を伸ばし、プティンの髪を撫でてやった。
「第四階層は、相当に難物だろう。なんせ神々の残存思念とかいう奴が相手だからな。いくらパーティーの人数が増え、こちらの戦闘力が上がったとはいえ、マカロンとティラミスを外すのは痛い。今となっては、強力な存在だからな」
「なるほど……」
髪を撫でる俺の指を掴むと、プティンは胸に抱いた。
「リーダーならではの悩みだね。……ブッシュってば、本当に立派になったよ。ボク、感心しちゃう」
「意見をくれ」
「まずマカロンね。もし居なかったらと考えてみるよ。前衛は、ブッシュとガトー、もうひとりのスカウトのエリンと、剣士クイニー、あとはランスロット卿ということになる」
「そうだな」
「でもスカウトは弓も使えるし、最前線に置くのは惜しい。タンク役の後ろで剣や弓など、いろいろな手段を状況に応じて使い分けるとき、最大の力を発揮するよ」
「俺もそう思う」
「となると、最前衛は、ブッシュとクイニー、ランスロット卿。これでもいいと思うよ。ただ、ランスロット卿は臆病者みたいだから、なんかあればきっと逃げる。クイニーはどうかわからないけど、本来こっちのパーティーじゃないから、イマイチ信用できない」
「だなー」
「となると、最悪、最前線はブッシュひとりが取り残されるよ。ブッシュどころか、全滅の危機じゃん」
「くそっ」
「こうした不安要素が実戦で出たときに、マカロンが前線に出てくれれば、すごく助かるよ、ブッシュ。これまでの戦闘でもそうだったでしょ。基本、後衛護衛をしながら、必要に応じて前に出てきて」
「マカロン、そのあたり咄嗟の判断もいいんだよな。子供のくせに」
「実際、魔道士ボーリックを命懸けで守ったし、闘志も凄いよ。頼りになる。だって考えてもみて。五歳の子供からしたら、普通サイズの人型モンスターだって、巨人に見えるよ」
「だよなー」
俺の指を離すと、体が冷えたのか、肩まで湯に漬かった。まあそうしてもらったほうが助かる。水面にあぐらとか、こいつ素っ裸だからな。割と目のやり場に困るというか。
「次にティラミスね。ボク、こっちは絶対に連れて行くべきだと思う」
「どうして」
「ブッシュも見たでしょ。ティラミス、なんだかわからないけど、時々凄い力を発揮するよ。瀕死のマカロンを無傷に戻すとか。あれ、回復魔法ともちょっと違ってた。そもそも復活魔法は、魔道士でもなかなか習得できない難物なのに」
「それはそうだ」
前、俺の矢傷も治してくれたしな。抱き着いて。
実際ティラミスの力、勇者ファミリーだからだと思うわ。プティンやガトーはなにも知らないが、転生者である俺は、マカロンが将来勇者に育つと知っている。その姉妹だ。ティラミスにも強力な主人公補正があるんだろうさ。
「たしかにティラミスの力はまだ不安定で、自由自在に発揮できるわけじゃないみたいだよ。でもいてくれれば、絶対にパーティーにプラスだよね。特にボス戦のような、厳しい戦いでは」
それは俺もそう思う。
「ボクの意見はこうだよ。ふたりとも連れて行く。始祖のダンジョン攻略を考えるなら、それしかない。戦闘力は、どれほどあっても困らないからね」
「危険性については、どう思う」
「連れてかないでボク達が全滅したら、ふたりはどう感じるかな。ブッシュが死んだら」
小さな妖精は、俺の目をじっと見つめてきた。
「それは……」
「ふたりとも、ものすごく悲しむよ。マカロン、パパのことが大好きだし。ティラミスだって。自分達が一緒にいたらって、一生悔やむよ。大きな心の傷になる」
「そう……だろうな」
ふたりとも、根は優しい女子だからな。マカロンは元気が先に立ってるけど。
「もし一緒の攻略中にブッシュが死んだら、それは逆に諦めがつくんじゃないかな。ダンジョンは弱肉強食。それは子供のマカロンだって、充分わかってるはずだもん。パパと一緒に全力で戦って誰かが倒れるなら、それは運命だと思えるに違いないよ。ブッシュに限らず、たとえ……自分がやられたとしても」
「あんまり死ぬ死ぬ言うな」
俺はともかく、ティラミスやマカロンが死ぬとこなんか、見たくないわ。
だが、プティンの言うこともよくわかる。それにマカロンの性格からして、絶対についてきたがるだろうし。
「そうした真実を知ることが、成長というものだよ。ブッシュ、マカロンを育てたいんでしょ。パパとして。なら冷徹な現実だって、経験させてあげたほうがいいよ。人生はここみたいにぬるま湯のお風呂じゃないからね」
冷たく聞こえる意見だが、たしかに説得力がある。将来魔王に挑戦する勇者だ。本来の物語が始まれば、厳しい世界で戦い、心折れずに生き残っていかなくてはならない。その心を養うのも、パパの務めだろう。
「なあプティン……」
ふと、ひとつの解決策が閃いた。パーティー戦闘力とふたりの安全、どちらも両立させる案が。
「帰還の珠ってのは、戦闘中でも使えるのか」
「使えるとは思うよ、ブッシュ。……ボス戦とかじゃなければ」
なら最悪、ヤバければ珠を使ってダンジョンを脱出するという、最後の手段は確保できるか。
「それでは一度、第四階層を試してみるか。最悪逃げ帰ると決めておいて」
「それがいいよブッシュ。ちゃんと、戦闘中でもすぐ出せるところに持っておくよう、ガトーに言っといてよね」




