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1-A ランスロット卿パーティーの暗雲(ノエル視点)

★ノエル視点のアナザーサイドストーリーです★

ノエル:ランスロット卿パーティーのヒーラー。第一話でブッシュを助けてくれた娘。




「くそっ!」


 ランスロット卿は毒づいた。長剣を下げた右腕から、わずかに血が垂れている。


「雑魚のくせに手間取らせやがって」


 剣を振って血を飛ばした瞬間、顔を歪めたわ。傷が痛むからかしら。旧都王宮廃墟のダンジョン。剣を鞘に収めると私に向かい、腕を突き出した。


「おいノエル。回復を頼む」

「少しお待ち下さい。今、治療中です」


 私は今、重戦士タルカスに回復魔法を施している。ダンジョンの床に座り込んで、タルカスは顔を歪め、荒い息よ。プレートメイルの継ぎ目から血が流れ、ほこりまみれの岩場に血溜まりを作ってゆく。怪我が痛むのか背中の鞘に収めることすらできず、大剣はそこらに放り出されたままだわ。


「そんなの後にしろ。俺はリーダーだ。『神殺しの剣』だって持っているのに。……伝説のアーティファクトだぞ」


 血走った瞳で、タルカスがランスロット卿を睨んだ。なにも言わないけれど、怒りは隠せないわね。


「ですが卿、タルカスは重傷。先に治療しなくては、死んでしまうかもしれません」


 タルカスはタンク役。最前列で大剣を振り回し、敵が後衛を攻撃できないように牽制する。それだけにほぼ毎戦闘、受傷するの。その分、痛みには慣れているはずだけれど、失血を放置すれば、痛みどころか失神してしまうわ。


「ちっ……。大男は鈍重だからな。あっさり雑魚に傷つけられてりゃ世話ないわ。わかった。だが早くやれ。俺は痛い」

「……はい」


 私は治療に戻った。


「ふん。貴重な剣持ち前衛役のくせに、後ろでこそこそしかしない野郎が……」


 私にしか聞こえない小声で、タルカスが吐き捨てたわ。


「すぐ終わるからね、タルカス。頑張って」

「大丈夫だ、ノエル。こんなの蚊に食われた程度の傷だからな、俺達重戦士にとってみれば」

「はい終わり。よく頑張ったわね」


 肩を叩くと、プレートメイルを揺らして笑った。


「ノエルお前、俺の母親そっくりだわ。いくつになっても、俺を子供扱いするところとかな」

「お待たせしました、ランスロット卿」

「おう」


 続いて、卿の治療に入る。


「痛くないように頼む」

「はい」


 もとより、痛むほどじゃないわね。スケルトン兵の錆びた剣が、ちょっと前腕を撫でた程度の傷だから。でも卿は貴族、それも上級貴族であるランスロット公爵家の家系。まあ本人は本家でなく傍系だけれど……。それでも生まれが私達とは違う。大勢にかしづかれて育ったんだから、傲慢な性格になったのも、仕方ないわね。


 借金さえ返せば、こんな人の下から解放されるんだけれど、今朝、よせばいいのにブッシュに私の給金をあげちゃった。こんな調子だと、当分借金完済はずっと先だわね。


「それにしても……雑魚にしては強かったわね」


 スカウトのエリンが呟く。王宮地下とはいえ、ダンジョンは危険。なにしろ長期間の放置で床が脆くなっていたりもするし。それにモンスターが罠を仕掛けていることもある。彼女のようなスカウト職がいなければ、探索は難しいのよ。


「スケルトン十体を操るネクロマンサーなんて、いつもなら瞬殺なのに」

「ボーリックの魔法が効かなかったからな」


 治療を終えた腕を撫でると、ランスロット卿が唸った。


「どうしたボーリック。対アンデッドの術式は、お前の得意技だったではないか」

「ランスロット卿……」


 ボーリックが、魔道士ローブのフードを脱いだ。


「連中は異様に魔法耐性があった。おそらく、個体差が上ぶれたパーティーだったのでは……」

「それに、タルカスもあっさり斬られて倒れたしね」


 エリンは唇の端を曲げてみせた。不機嫌なのは隠せないわね。


「魔法ならともかく、プレートメイルの重戦士が、あっさり剣でやられるって、無様すぎるわ」

「俺が悪いっってのか、エリン」


 大剣を拾い、杖のようにして立ち上がると、エリンを睨む。


「風邪でもひいたんじゃないの、タルカス」

「俺は健康だ」

「あの……」


 私が口を挟むと、四人の視線が集まった。


「ブッシュを首にしたからではないでしょうか」

「はあ?」


 片方の眉を、ボーリックは上げてみせた。


「あいつが戦闘に役立ったことなど、一度でもあったか? せいぜいが最後方からポーションを投げてよこすくらいではないか。なにせわしらにはヒーラーはノエル、お前ひとりだ」

「同時に負傷したときは、たしかに便利だったわよね」


 ダンジョンの低い天井を見上げると、エリンはなにか考えている様子。


「でも今回は、長期戦での回復の話じゃない。こちらの攻撃に有効打が少なく、敵の攻撃はキツかった。回復は無関係。どちらかというと攻撃と防御よ」

「だからそこですよ」


 私は、思い切って口に出した。戦闘の間中、頭に浮かんで消えなかった考えだもの。


「このアーティファクト探索パーティーを組んだときに、最初からブッシュを入れましたよね」

「ああそうだ」


 タルカスは頷いた。


「俺達は全員、戦闘のプロ。……だが未見のダンジョンは、予想もできない危険は多い。雑用係を確保しておきたかったからな」

「そうじゃ。なにしろ今回は王の命によるクエストじゃ。最初だけでもパーティーを分厚くしておきたかっし」

「あたしだって、荷物運びなんてごめんだよ、ノエル。そもそもスカウトは未踏のダンジョンでもルートを探し出すのが仕事。荷物なんか持ってたら、敏捷な動きはできないからね」

「それにあやつは、ただの捨て駒」


 ランスロット卿が、意地の悪そうな笑みを浮かべた。本当にこの人、冷たいのよ。同じパーティーの仲間相手に、これだもの。


「強敵が現れ戦況が悪ければ、ブッシュだけ敵の前に蹴り飛ばして逃げればいい。実際、そのつもりだったんだが、あいつはあまりにも無能だった。あいつを入れると足手まといで行軍速度もだだ下がり。いろいろな損得を考えに入れると、もう雇っておく意味はない。……だからこそ叩き出したのだ」


 酷いわ。これが上級貴族の処世術って奴なのかしら。仲間すら見捨てるなんて……。


「で、なにが言いたいの、ノエル」

「ええエリス、ブッシュには隠された能力があったんじゃないかと」

「はあ? なによそれ」


 噴き出してるわ。


「そんな能力があったなら、あんな、誰が見ても足手まといの存在にはならないでしょ。実際、あたしたちと組むまでブッシュは、冒険者ギルドの底辺としてハンチク仕事しか割り振られてなかったじゃないの」

「だからこそ、あいつが死んでも泣く奴、困る奴はいない。実際にあいつは天涯孤独で家族もないし」


 私の脳裏に、ランスロット卿の言葉が渦を巻いた。


「だから雇ったんですか、ランスロット卿。家族がいないからいずれ、モンスターの前に蹴り飛ばして囮に使えばいいと。……使い捨ての駒として」

「ふん……」


 ランスロット卿が、ご自慢の髭を撫でた。


「お前もそうならないように励めよ、ノエル。ヒーラーの替えなど、いくらでもいる。重戦士、リーダー、スカウト、メイジ、ヒーラー……。俺達の中でいちばん取り替えが利くのはノエル、お前だからな」




●次話より新章開始です。

サバランの宿になんとか居場所を見つけたブッシュは、かりそめの家族ティラミスとマカロンを養い育てるため、前世の社畜スキルを全開放して働きまくる。だがブッシュを知る冒険者が食堂で難癖をつけてきて……。

第二章「新米パパ、家族を養う」、第一話「添い寝」、乞うご期待!

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