3-1 掃き溜めに鶴、下町に王女
「怪我、大丈夫か」
翌朝の帳場で、サバランは俺の左手に視線を走らせた。
「ええ……すみません、騒ぎを起こして」
「話はみんなから聞いた。お前がどうしてあのふたりの家族になったのかは知らんが、家族を守るために戦ったんだ。男として誇っていい」
「ありがとうございます」
「なんでも、ナイフワークが凄かったらしいな。お前はたしかに短剣使いだったが、それほどの使い手とは知らなかったわ。みんな驚いていた。あのボンクラがなと」
誰の噂だか知らんが、余計なお世話だわ。
それにあの後、部屋で棒切れ使って試してみたが、普通にナイフワークは下手くそだった。何度も指を突いたからな。一度なんか怪我してるところ突いて、痛すぎて飛び上がったし。なんであのとき加速できたかわからん。なんやら知らんが多分、火事場の馬鹿力的なサムシングだろう。
「それにな、ブッシュ」
「はい」
「お前が暴れてくれたって、かまやしねえ。ここは冒険者宿、あれくらいのイベントがあったほうが、評判を呼ぶからな」
笑ってるな。そんなもんか。さすがは剣と魔法の異世界だけある。とりあえず問題にならなくて良かったわ。
「実際、おかげで今日は、宿も飯も予約殺到。ブッシュがナイフで傷つけたテーブルで食いたいってリクエストまであったからな」
「昨日の今日、しかもまだ朝六時とかですよ」
「冒険者の口コミネットワークなめんな。噂が広まるのはあっという間だ。昨日ここで飯食ってた連中だって、街に繰り出して冒険者相手の娼館だのバーだのにしけこんだりするしな。ひと晩ありゃあ、街中の冒険者が知ってるってもんよ」
「はあ……」
「にしても、働いてはもらう」
このハゲ、ちゃっかりしてるわ。まあ、ホームレスになった俺とおまけのふたりを雇ってくれただけで、神経営者ではあるが。
「もちろんです」
「だが、その手じゃ、芋の皮剥きも皿洗いも無理だわな」
「すみません……」
「水回りは無理。だから今日は買い出しを頼もう」
「わかりました」
「八百屋と魚屋、肉屋な。あとは魔導洗濯屋に行け」
「そんなにたくさん持てません」
一家庭ならともかく、ここは小さい宿とはいえ十部屋近くある。しかも食堂には宿泊客以外も食べにくる。その分の買い出しなら、かなりの量に決まってる。
「配達は向こうがしてくれる。お前はこのメモどおりに相手に注文するだけでいい」
紙を渡してくれた。なにか細かくいろいろ書き込んである。ゲーム小説世界だけに、日本語なのは助かる。てか、どうせなら魔導ECとか設定しとけよ原作者。ネットスーパー的な奴。ほんなら俺が楽できたのに。
「朝早く、朝飯前で悪いが、今から行ってくれるか」
「いいですよ」
「なんせ市場は朝早いからな。早く行かないと、いい食材を他に取られっちまう」
「ですね」
築地や豊洲とおんなじだな、そこは。
「ティラミスとマカロンは安心しろ。俺がちゃんと飯を食わせて、それから部屋の掃除と片付けをやらせる」
「助かります」
「昨日、金貨を稼いだんだろ」
「ええまあ」
「せいぜい頑張って稼げよ、『パパ』」
にやりと笑う。どうにも、昨日のマカロンの騒ぎ、よく聞いてるみたいだわ。さすがハゲてても経営者ってところか……。
●
「えーと……、まずは魚屋から行けって書いてあるな」
ハゲの……じゃないかサバランのメモを手に、宿屋を出た。
「足が早いだけに魚屋がいちばん、朝騒がしいからな。まあ当然か。えーと……」
サバランは簡単な地図も書いてくれてはいたが、それは「この街の住人なら誰でもわかる」というレベル。俺の中身はこの街、右も左も……それこそ東西すらわからないのに、どうしろってんだ。
太陽を見て、地図の東西をなんとか見当つけたとき、声を掛けられた。
「おい」
「……」
見ると、眼光の鋭い冒険者。男。三十歳くらいだろう。原作アニメで見た、スカウト風の出で立ちだ。周囲に数人、控えている。こいつの仲間だろう。俺を見ているし。
そういや思い出した。たしかこいつ、昨日の夜、宿屋の食堂にいたわ。ほぼほぼ全員大騒ぎで俺達の決闘を見てたのに、隅の席に座り込んだまま、じっとこちらを観察していた、薄気味悪い野郎だ。
「ブッシュだな。ついてこい」
「はあ? 勘弁しろよ。俺は忙しい」
今は宿屋の外。こいつは客でもない。別に敬語を使う必要はない。そもそも、どういう意図かわからない。昨日見て、俺が下働きなのは知ってるはずだ。だから追い剥ぎじゃあないだろうが。
「いいから来い。悪い話じゃない」
「忙しいって言ってんだろ。食材の買い出しと洗濯屋に行かんと。こっちは生活が懸かってるんだ。どけよ」
邪険に体を押しのけると、腕を掴まれた。
「なんだ。放せよ」
「すまん。これも仕事でな。……おい」
横にいる男に、視線を送る。こいつはムキムキで、高そうな鎧を身に纏っている。
「こいつの買い出し、お前が代行しろ」
「わかりました」
頷く。
「よし」
スカウトは、俺に向き直った。
「安心しろ、こっちが買って、宿屋に持ち込んでおく。そのメモを渡せ」
「はあ?」
「だからついてこい」
「やなこった。お前、人さらいかなんかだろう。俺には大事な家族がいる。今死ぬわけにはいかないんだ」
「こいつ、勘違いしているようです。ガトー様」
「ふむ……」
ガトーと呼ばれたスカウトは、俺をじっと見つめた。
「まあ当然か」
「お待ちなさい」
声がかかった。女だ。ローブ姿、フードを目深に被っており、顔が見えない。薄い色の金髪が、かろうじてフードから覗いている。
「わたくしの用と知っても、断りますか」
フードを脱いだ。
「いけません、ひ……」
誰かが止めたが、もう遅い。
「ブッシュさん、わたくしの用向きです」
「はあ? 誰だよお前」
どえらく美人……というよりかわいい系だが、育ちは良さそうだ。まだ二十歳前と思われるが、態度は堂々としている。
「まあ……」
目を見開いた。
「わたくしをご存知ないのですか」
「知らんわ。悪いがこっちは記憶喪失だ」
とにかく、そういうことにしておく。面倒避けのためにもな。
「おお……」
「まさか……」
街ゆく人々が、周囲でざわめき始めた。
「ひ、姫様」
「タルト王女様が、こんな下々の通りに……」
「貴族院前でも、大聖堂前でもないのに。ただの下町だぞ」
ざわざわ。
「なんだ。お前、王女なのか」
「不届き者っ!」
さっきこいつを止めようとしたおっさんだ。ヒゲのじじいで、見るからにお付きの従者といった風情。
「その言葉遣い。姫に対し、無礼であろう」
「いいのです、じい」
王女らしき女は微笑んだ。
「わたくしはタルト。あなたを男と見込んで頼みがあります。わずかの時間、話を聞いてはもらえませんか」
●王女の頼みは、王家にまつわるアーティファクト探索だった。ランスロット卿と同じ狙いの願いをなぜするのか尋ねると、王女はランスロット卿パーティーとノエルにまつわる秘密を明かしてくれた。それは……。
次話「ランスロット卿パーティーの凋落」、明日公開!




