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2-B ランスロット卿パーティーの分裂(ノエル視点)

★ノエル視点のアナザーサイドストーリーです★

ノエル:ランスロット卿パーティーのヒーラー。第一話でブッシュを助けてくれた娘。




「簡単ですよ。ブッシュをまた、仲間に入れるんです」


 私の提案に、昼食のテーブルは重い沈黙に包まれた。ここが正念場ね。私、ブッシュのためにも頑張るわ。


「試しに戻してみましょう。それでパーティーの戦闘力が回復したなら、それはブッシュに未知の力があったという証拠になるもの」

「……」

「元からブッシュはなんの力にもなってなかったって、皆さんおっしゃいました。逆に言えば、入れてもたいした問題はないってことです。これまでだって一緒にダンジョン探索をしてきた。それで出た課題は、せいぜい『足手まとい』程度です。つまり毒にも薬にもならないと、皆さんお考えですよね。……なら再加入させても、大した害はないのでは」

「……」

「それにブッシュは明るい人。連戦で疲れ切ったとき、励ましてくれる姿が慰みにも――」

「――もうよい、ノエル。言いたいことはわかった」


 手を振ると、ボーリックは私の話をさえぎった。


「わしはブッシュなど、屁の力にもならんと思う。……だがノエルの言うとおり、入れても大きな害がないのもたしかじゃ。ただ無能な足手まといというだけで」


 仲間を見回し、ひそひそ声になる。


「お主らもそう考えるなら、試しに戻してみるか。どうじゃ」

「そうね……。一日だけ試してもいいし。それでもあたしらの苦戦が変わらないなら、また首にすればいい。簡単な話よ」

「俺達に損はないな」

「よし、決まりじゃ……」


 ボーリックは、後ろを向いた。この店に入って、もう随分経っている。それでもまだのろのろ食事を続けているランスロット卿のテーブルに向かって。


「ランスロット卿、提案があるのじゃ」

「食事中だ。後にしろ」


 けんもほろろだ。


「重要な案件じゃ」

「ふん……」


 フォークとナイフを置くと膝の上のナプキンを取り上げ、気取った仕草で口を拭った。それから指で髭の形を直す。


「これだから下々の連中は……」


 はあーっと、溜息を漏らす。


「食事のマナーくらい守れんのか」


 顎をしゃくった。


「ほれ、言ってみろ」

「どうじゃろう。明日は探索中止で、この街におることだし、時間がある。話を着けて、あさってからブッシュをパーティーに戻しては」

「ブッシュ……だとぅ」


 じろっと睨む。


「ブッシュがいなくなって、私達のパーティーは弱くなりました」


 私もボーリックに口添えする。


「それなら戻せば、力が元に戻るのでは。実際――」

「生意気な口を利くな、ノエルっ」


 怒鳴られた。


「お前は借金のカタではないか。貴族に意見するなど、百年早いわ」

「試しに入れるだけじゃ、効果が無ければまた首にすればよい」

「論外だ」


 首を振っている。


「いいじゃないの、ランスロット卿。あたしたちの目標は、失われたアーティファクト入手。そのための、ただの作戦でしょ」

「エリン。ただの平民、しかも家族すら持てない底辺のブッシュに、この私が……貴族の私が頭を下げろと、こう言うのか?」

「頭を下げるとかではなくて、ただ――」

「黙れっ!」


 ガタッと音を立てて立ち上がった。


「無礼者っ! 私は貴族の中の貴族、ランスロット公爵家の出身だぞ」

「……本家の嫡男ちゃくなんってわけでもないでしょ」


 聞こえるかどうかの小声で、エリンが反抗する。


「傍流で落ちこぼれてたくせに偉そうに」

「なにか言ったか、エリン」

「いえ、なんでも……」


 白けた空気が、周囲に漂った。


「めんどくせえ」


 タルカスが、顎の無精髭をざりざりと撫でた。


「ただの実験じゃねえか。試せばいいだろ。アホらし」

「ランスロット家を愚弄するのか、貴様っ!」


 テーブルクロスを力いっぱい引いた。食器が全部床に落ちて、派手な音を立てて割れる。食堂中の視線が、ランスロット卿に集まった。なんだなんだと、厨房からも何人か顔を覗かせている。


「あんたはそりゃいいだろうさ、ランスロット卿」


 タルカスはランスロット卿を睨んだ。目が怒りに燃えているわ。


「あんたは戦闘のとき、前衛職のくせに重戦士の俺と並ぶわけでもねえ。はるか後方、女であるエリンのケツを見ながらコソコソやるだけのくせに。……でも俺はな、最前列で生きる死ぬだ。痛い思いは全部俺じゃねえか。少しはこっちのことも考えてはくれねえか、えっ貴族様よ」

「貴様っ!」


 ランスロット卿は、長剣を抜き放った。刀身が青白い光を発する。普通の剣じゃない、特別なアーティファクトだから。


「それ以上の侮辱、許さんぞ。神さえあやめる『神殺しの剣』の切れ味、身をもって味わってみるか」

「ほう、そうかい……」


 タルカスは、ゆっくり立ち上がった。


「みんなが楽しく飲む飯屋で、無粋に剣なんか抜きやがって……。ご自慢の剣、先祖伝来でもなんでもなくて、没落した名家から分捕ったんだってな、街の噂だと。徴税逃れの賄賂わいろとして。どこが名誉ある公爵家出身だよ。薄汚い徴税吏ちょうぜいり、どえらい小悪党のどチンピラじゃねえか」

「ぶ、無礼者っ」


 顔が真っ赤。ずばり、痛いところを突かれたからよ。


 ぷるぷると、貴重な剣を持つ手が震えているわ。


 それを見て、タルカスは背中の大剣を抜いた。


「どうしてもやりたいってのか、公爵家の隅っこさんよ」


 嘲るような笑いを浮かべている。


「き、貴様っ」


 ランスロット卿の声が裏返った。


「お、お前ら、私を守れ。金で動く、私の奴隷であろう」


 ローブを掴むと、魔道士ボーリックを自分の盾にする。


「けっ、相も変わらず、卑怯な野郎だぜ」


 タルカスが一歩踏み出す。


「ひ、ひいいーっ!」


 ランスロット卿は腰を抜かさんばかりよ。


「よしなさい、タルカス」


 私は思わず立ち塞がった。


「そんなことをしたら、あなたが損する。非がどちらにあるかじゃない。曲がりなりにも相手は今、王の命で動いている。無事では済まないわよ」

「ノエル……」


 タルカスは微笑んだ。


「お前はいつも判断力があるな。その頭の切れに、俺達はこれまで何度も助けられてきた……」


 ふっと緊張が解けると、大剣を背中に収めた。


「俺は抜けるぜ。こんな間抜けがリーダーなんて、命がいくらあっても足りないからな。俺の今週の俸給は、ノエルに贈与する。渡してやれよ、賄賂野郎」


 ランスロット卿を睨みつけた。がくがくと震えたまま、ランスロット卿はなにも言い返せない。


「加入してすぐ、嫌な野郎とわかったぜ。でも桁違いに金払いが良かったからな。我慢してはきたが、もう終わりだ。重戦士にだって、ジョブ特有のプライドがある。俺達はどんなパーティーでも引っ張りだこだからな。あんたのパーティーだと、もう重戦士は入らねえだろうさ……。ま、せいぜい好きに攻略すれや、カス」


 のしのしと、大股で出口に向かう。扉を開けたところで立ち止まり、振り返った。


「ボーリック、エリン、そしてノエル。お前らの無事と栄誉を重戦士の祖霊に祈っておいてやる。……あと、ヒゲの臆病者は死ね」


 言い捨てると、昼の陽光に姿を消した。怒りと恐怖で手の震えが止まらないランスロット卿を、後に残して。


 残された私達は、冷え切った空気のまま、解散となった。ランスロット卿は、冒険者ギルドに次の前衛職をリクルートに行くみたい。


 嫌な気分のまま歩き始めた私は、食堂脇の路地から声を掛けられた。汚れ切ったスカウト服、目つきの鋭い男に。自分の名前はガトーだと、男は名乗ったの。




●明日公開の次話から、新章「第三章 新米パパ、王女に泣いて頼まれる」入り!


マカロンやティラミスのためにパパタナシューとの決闘に勝ったブッシュ。だが決闘時の怪我のため、厨房の下働きはできなくなってしまう。そんな彼のために旅籠亭主サバランは、厨房作業からブッシュを外し、買い物を託す。だが買い物に出たブッシュを、意外すぎる人物が待ち構えていた……。


次話「掃き溜めに鶴、下町に王女」、明日公開!



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