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運転手のうしろ

作者: 十一橋P助

 公園脇の道路にできた木陰に車を止め、仮眠をとっていると突然声をかけられた。

「お願いします」

 慌ててシートを起こし、左後方を振り返ると、いつの間にか一人の男が後部座席に座っていた。

「あの車、追いかけてもらえますか」

 指差されたほうを見ると、数メートル先のコンビニの駐車場から白いSUVが出てくるところだった。

 え?これってもしかして映画とかドラマで見るあのシチュエーションだろうか。まさか現実に起きるとは。タクシーを運転して20年。初めての経験だ。

「急いで」

 客の言葉で我に返り、畏まりましたと返事をしてから車を発進させた。離されないよう、それでいて近づきすぎないよう注意しながら白いSUVを追いかける。

 しばらくしてからルームミラー越しに客の様子を確認した。目つきが鋭くごつごつした顔つきの男だ。服装はグレーのスーツ。刑事だろうか。ということは、追っているのは容疑者……もしくは重要参考人かもしれない。

「あの……」と思い切って客に訊ねてみることにした。

「お客さん、もしかして刑事さんですか?」

 男はふっと笑ってから、

「とんでもない。違いますよ」

 ということは、探偵か興信所の類だろうか。

「それなら、探偵さんとか?浮気調査ですか?」

「ぜんぜん違いますって。私は普通の会社員でしたよ」

 ん?普通の会社員がタクシーを使って誰かの車のあとを追うなんてことがあるのだろうか。用があるのなら電話でも何でもして呼び止めればいいのだし。でも連絡先を知らない相手だとそれもできないか。いやいや。連絡先も知らない相手のあとを追うか?追うとしてもどんな理由で?そもそもタクシーを使ってまであとを追うという行為には、その相手に対する何がしかの執着が感じられるのだが……。

 なんだか犯罪の臭いがしてきた。まさかストーカーじゃないだろうな?いや待て。今頃気づいたが、確かさっきこの男は会社員でしたと言ったはず。「会社員です」ではなく「会社員でした」だ。ということは、今は会社員ではないということになる。

自ら辞めたのか、それともクビになったのか。もしやリストラか?あ……、それに対する逆恨みだったりして。あのSUVには会社の上司かなにかが乗っていて、復讐するためにこっそりあとをつけているのかも……。

 と、妄想にふけるうち例の車はとあるマンションの地下駐車場へと入っていった。

「その先で止めてください」

 男の指示に従い、マンションを少し通り過ぎてから車を止めた。

「お疲れさまでした」

 言いながらルームミラーを見て思わず振り返った。ドアは閉まったままなのに男がいない。後部座席を端から端へと見渡してみてもその姿はなかった。ただ、彼が座っていたあたりだけがぐっしょりと塗れているのが分かる。

 まさか……と思いつつ身体を戻してびくりとなった。運転席の外に例の男が立っていたからだ。窓を開けろというジェスチャーをしている。

 恐る恐る隙間を開けると、彼の声が聞こえてきた。

「あいつはさ、理由もなくいきなり俺を刺し殺しやがったんだ。どこのどいつか分からなかったけど、偶然見かけたところにたまたまあんたのタクシーがあった。おかげでこうして住処を突き止めることができたよ。礼を言うぜ」

 そこで男はマンションを見上げると、

「さて。どうやって復讐してやろうか……」

 そのセリフを残して男の姿は掻き消えた。

 そういえば、一ヶ月ほど前に通り魔的な殺人事件があったことを思い出した。仕事帰りの会社員が、深夜に人通りの途絶えた公園で殺されたって話だ。でもその犯人はまだ捕まっていないはず……。

 そこまで考えから慌てて電話を取り出し110番をプッシュした。

「もしもし、警察ですか。私タクシードライバーなんですけど、たった今、乗り逃げに会いました」

 たとえ幽霊といえども無賃乗車を許すわけにはいかないのだ。これは私の矜持といえるのかもしれない。

 だがそのとき私は気づいていなかった。例のマンションの駐車場の陰から、白いSUVを運転していた男がじっと私の様子を窺っていたことに……。




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