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Number9  作者: 渡橋銀杏
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食人

【南部戦線レジスタンス陣営】


 その男の鎧はすでに返り血があふれている。おそらく、先ほどの変死体もこいつの仕業だ。確かに、こいつなら人の体を真っ二つに叩き割るなど造作もないだろう。


「用事なんてねえよ。俺は傭兵。金で雇われて戦うだけだ」


 金で雇われた? じゃあ、トロンだろうか。でも、それならトロンの兵を殺害する意味がわからない。誰かが明確な意図をもってこの戦場を混乱させようとしているのか。それをして特になるのはいったい誰だ?


「なら、その雇い主を教えなさい」


「俺はあまり賢くはないが、さすがに雇い主をぺらぺらと話すべきじゃあないことぐらいはわかる。それと、ターゲットにそれを教えるような馬鹿があるかよ」


「ターゲット?」


「お前のことだよ!」


 フェンドリックは膝を少し折り曲げると、こちらへと飛んできた。


 ナナはすぐさま、それをかわす。しかし、フェンドリックの長いリーチを持つ右腕が、爪をナナの白い肌にかすらせた。血が垂れて、軍服を汚す。


「まさか、傷をつけられるなんてね。乙女の顔に傷をつけるなんて、覚悟はできているんでしょうね。代償は大きいわよ」


「敵の顔面がぐっちゃぐちゃにはじけ飛んでも、顔色一つ変えることない女がそれを言うか。こりゃおもしろい冗談だ。戦場にいる時点で死ぬぐらいは覚悟してる」


 ナナは笑うフェンドリックを見つめる。ともに、目は感情のないただ獲物を見つめる目をしていた。到底、リノが踏み込める範囲ではない。


 しかし、ナナも馬鹿ではない。


 普通に身体能力を比べてやれる相手じゃない。なら、心理戦だ。


 優秀な指揮官は、戦闘が始まる前に勝負を決めている。


「フェンドリック」


「なんだぁ?」


「あなたのことを少しだけ調べさせてもらったわ」


 ナナは軍服のポケットから一枚のメモ用紙を取り出す。


「父は地方政治高官。母は元行商人。二人とも亡くなっているそうね」


「それがどうした?」


 フェンドリックは冷静に言うが、あきらかに目が動いた。動揺している証拠だ。


「端的に言うわ、あなたは食人族の血を引いてるでしょ」


 二人の間に沈黙が走る。まわりでは今も魔法と悲鳴が木霊している。


「ふっ、食人族だぁ? なかなかユニークな話じゃねえか」


「別にごまかす必要はないわよ。私は、あなたを差別しない」


 食人族。忌み嫌われた絶滅危惧種。その特徴は大きく分けて三つ。


 一つは、常人を遥に凌駕する筋力。


 一つは、魔法がきかないし、使えない。


 一つは、その名前の通りに栄養を、人を食らうことでしか摂取できない。


「仮に、俺の母が食人族だとすればどうなるんだ?」


「私なら、あなたの過去も未来も愛してあげられる」


「愛?」


 明らかに、フェンドリックの顔が曇った。それは、怒りにほんの少し悲しみというスパイスを加えた、味は何にも変わらないほどの少量だが確かに存在した。


「愛なんて、くだらないことを言うとはな、もういい。死ね」


 フェンドリックが、ナナに向かって襲い掛かった。ナナはそれを交わしながら、続ける。最低限の動きで、ナナの放つ声ができるだけフェンドリックに最短距離で届くように、大声で叫ぶのではなくて語り掛けるように話す。


 彼のスピードはすごいが、体が大きい分だけ小回りが利かない。リーチの範囲内から逃れることだけに集中すれば、そこまで強い相手ではない。もちろん、それはナナの人間離れした動体視力と反射神経によってなせる業だが。


「あなたの父親、あなたが十歳のころに亡くなっているわよね」


「それがどうしたぁ、お前には関係のない話だろ!」


 明らかに語気が吊り上がった。しかし、ナナは攻撃を躱しながら続ける。


「きっと、彼を殺したのは、あなたの母親。そうなんでしょ?」


 しかし、食人族の混血種にそんなものが通用するはずもない。かなり、間合いを詰められているのが、遠くから見ているリノにも分かった。しかし、ナナの言葉が放たれるほどに、フェンドリックの剣は大振りになってゆく。


 少なくとも、あの間合いでナナが相手、リノならば既に首をとれている。


 きっと、もう彼に理性は残っていない。


「それは違う。父は自ら、左腕を切り落としたんだ」


「はぁ?」


 ナナが想定外の返答に驚き、少しスピードが緩んだ瞬間だった。フェンドリックの大剣がナナの右腕を襲う。ナナは必死に空を掻いて右腕を引っ張り込もうとするが、剣先は二の腕にぶつかり、そこから先が空中にはじけ飛んだ。


「よし! 次は左腕だな」


 確かに、切った。腕ははじけ飛び、着地する前に再びフェンドリックは構えなおす。そして、左腕に狙いを定めたところで違和感を覚えた。


 それは、彼女の切断した腕から血しぶきが上がっていないこと。


 視界は綺麗で、なにも遮るものはない。その違和感を無視することができず、左腕を落とす絶好のチャンスを逃してまで三歩ほど後ろにさがって距離をとった。


「おまえ、ナニモンだ?」


 フェンドリックは、その少女に対して問いかける。


「あ~ばれちゃったか。本物はこっちよ」


「なに!」


 その言葉が聞こえたとともに、ちぎれた右腕が転がっている場所が光の蝶々に包まれた。そして、その光が消えるころには切断された腕が消えていた。


「そっちは擬人兵よ。別に、努力すれば見た目なんていくらでも変えられるの、ほらこんなふうに。誰にだってなれるけど、どうせなら可愛い方がいいわ」


 フェンドリックの視界には、大小さまざまな木があり、その木陰から何者かが姿を現す。それは、まごうことなくナナ=ルルフェンズだった。どれも贋作というにはもったいないほどに顔の傷すらも再現されている。


「ど、どういうことだ?」


 もちろん、フェンドリックがそこまで考えていなかったわけじゃない。


 しかし、確かに全員の顔に傷がついているのなら、本物も傷を受けているはずだ。なら、いつの間に偽物と入れ替わった。そんな隙がどこにあった。


「あら、おとなしくなったわね。じゃあ、聞くわ。あなたのお父様はどうして自らの腕を切り落としたの? 大丈夫、誰も責めたりはしない」


 フェンドリックはとにかく、声を発したものから狙うことにした。


 理由はもちろん、うざったいからだ。うるさいからだ。めんどうだからだ。


 しかし、ナナほどの人間がわざわざ話す危険をおかすわけがない。次々と量産されるナナそっくりの擬人兵に、フェンドリックは体力を消耗する。


「もしかして、妻が食人族だと知って自殺を図ったの?」


 そう言ったナナの首が飛んだ。


「それとも、妻のしていたことが許せないあまり心中でも図ったの?」


 そう言ったナナは腹を裂かれた。


「もしかして、あなたの母を生きながらえさせるために?」


 そう言ったナナの体は、何も起きなかった。フェンドリックの動きが確かに停止した。それは、この狂った戦場にて発生した一瞬の隙だった。しかし、リノも他の擬人兵もフェンドリックに対してアクションを起こそうとはしない。


「なるほど、それが答えってわけね」


「だから、どうした!」


 それはフェンドリックがまだ十歳のころだった。

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