ホールケーキのメッセージプレートに何書く?
日常的にホールケーキを食べている方は、よほどケーキが好きならば別でしょうが、それほど多くはないのでしょうか?
いや、私は大好きですけど、年がら年中ケーキを食べているわけではありません。
ただ、ここのところ続けて食べる機会と印象に残る出来事があったので、その時のことを綴ってみようと思います。
私がケーキを食べる時といったら、まずは結婚記念日、次に誕生日です。
結婚記念日は、カミさんにプレゼントを贈ったりサプライズをしたりと、洒落たことはしませんが、せめてケーキ屋に寄ってから帰宅するのが毎年の恒例となっています。
ケーキを購入する店舗は毎回同じで、レジスタッフも毎回同じ女性なのですが、あちらは私――年に数回しか訪れない客――のことなど、覚えていないように思えます。
いや、覚えている可能性はありますが、事務的で無愛想な店員なので、その鉄仮面の下で何を考えているのか窺い知ることができないんですよ。
毎回私は、カウンター一体型のショーケースに並べられた魅惑のケーキ群の前で、どれにしようかひとしきり悩むのですが、結局選ぶケーキはイチゴショートに落ち着いてしまう――といった風に行動がパターン化しています。
他のケーキが美味しそうなので思わず目移りしてしまうのですが、悩んだ末に出す答えは、やはりシンプル・イズ・ベスト。
神は言っている。イチゴショートを選ぶ定めであると。
リヴァイ兵長は言っている。悔いなき選択をしろと。
そんな優柔不断な私を、仮にその店員が覚えているのだとしたら、“はぁ……また無駄に悩んでいるよ、このおじさん。結果は変わらないんだから早くしてくれないかな?
早よ! イチゴショート一択おじさん早よ!!”とか心の中で煽っているに違いありません。
うるせー! 俺は客だぞ、この女型の巨人めが!!
いつもはそんな被害妄想めいたことを考えながらケーキを購入するのですが……ところが今年は別のことで悩むはめになったのです。
結婚記念日当日、仕事帰りに例のケーキ屋に訪れると、見知った夫婦がショーケースの前に屯しているじゃないですか。
カミさんの姉夫婦――つまり義姉夫婦です。
因みにカウンター越しの店員は、いつもの女型の巨人でした。
義姉夫婦は奇しくも私達と結婚記念日が同じなので、夫婦でケーキを買いに来たのでしょう。
あんたら仲良いな……。
詳細は省きますが、私はこの夫婦が少し苦手なので、正直スルーしたかったのですが、気付いてしまった以上、そういうわけにもいきません。
そもそも、私もこれからショーケースの前に行くのだから、遭遇は不可避。
今日はさっさと商品を決めて、さっさと退散よう。
そう意を決して、私は二人に声をかけました。
「どうも、こんばんわ」
すると義姉の夫――義兄が、テンション高めに反応します。
「おお!? オムライス君じゃ~ん、どうしたの今日は~?」
続けて義姉が言いました。
「こんばんは……。どうしたも何も、私達と同じ理由でしょ?」
彼等も結婚記念日が同じことを知っているので、確かに考えるまでもないことですが、義兄のリアクションは、明るく接しようというサービス精神から来るものなのでしょう。
「……まあ、そんなところです。二人は何を買うか考えてるところですか?」
「そうそう、うちは子ども達の好みがバラバラだから、カットケーキを人数分買おうと思ってね」
「なるほど、大変ですね。うちは無難にイチゴショートですよ。みんな好きだし、兵長も推してますし」
「「兵長?」」
などと、適当な会話を振りつつ、私はショーケースの中に目的のブツがあるか素早く確認すると、すかさず“これください”と女型の巨人に注文しました。
やや強引かもしれませんが、会話の流れとして、おかしくないはずです。
「かしこまりました、ありがとうございます。メッセージプレートに記入するメッセージは如何されますか?」
「ああ、無しでいいですよ」
バースデーケーキなら“Happy birthday kamisan”程度の記入はしますが、結婚記念日は気の利いたメッセージが思い付かないので、メッセージプレートは無しにしているのです。
「いや、無しは無いでしょ。そこは何か入れとこうよ」
すると、すかさず義姉に突っ込まれてしまいました。
家族の誕生日以外は、ケーキの用途を店員に伝える必要がないので、スムーズに会計が済むのですが、その日は口出し大好きな義姉が介入してきたのです。
……やはりこの人苦手です。
うるせー! あんたらが夫婦仲良く来店したり、個別にカットケーキを買うように、ウチにはウチのやり方があるんだよ!
――などと口答えできるわけもなく、良いメッセージが思い付かない旨を伝えると、今度は義兄が介入してきました。
「オムライスくん、そこはI Love Youでしょ、I Love You」
「……いやいや、いい年して流石に恥ずかしいですよ」
いくらシンプル・イズ・ベストとはいえ、限度がありますよ。
“無い無い”と、手を振りながら私が否定すると悪ノリ大好きな義兄は“I Love You、はい! I Love You”などと囃し立ててきます。
あまつさえ手拍子付きで……。
間髪入れず義姉も参加してきて、うざいなんてもんじゃありません。
浮かれてんじゃねえぞ、てめーら……。
何か言ってくれよと、助けを求めるように女型の巨人に視線を向けると、彼女はジト目でこちらの様子を窺っています。“どうでもいいから早よーせい!”と、言わんばかりの冷たい眼差しで……。
ぐっ、これが四面楚歌というやつか……。
追い詰められた私は、なんつーか、このノリに合わせて勢いで注文すれば、さほど恥ずかしくないのでは? ワンチャンカミさんの機嫌が良くなるかもしれないし――などと、無理矢理ポジティブシンキングに切り替え、絞り出すように言いました。
「あ……I Love Youで……」
すると、笑いやがったんですよ。
いつもは営業スマイルすら寄越さない女型の巨人が“フッ”って笑いやかったんですよ! 鼻で!!
もう、久々に羞恥心で体が熱くなりましたね。
本気で恥ずかしいと、背中を中心に熱が広がっていくような感覚になるのを、思い出しました。
小学校の国語の授業で、朗読を間違った時以来の感覚ですよ、これは……。
「申し訳ありません、スペースの関係でI Love Youは入れることができません」
……………………は!?
こんなに恥ずかしい思いをした結果がこれですよ。
いやいや、というかおかしいだろ!
バースデーケーキは“Happy birthday”が入るのに、何で“I Love You”は入らないんだよ!?
それとも何か? バースデーケーキとその他では、メッセージプレートの仕様が違うとでも?
いずれにせよ、そんな文字数で何を書くというのか、ふざけてるのか!!
……後に冷静に考えれば、そう思うのでしょうが、この時はテンパってそれどころじゃありません。
“じゃ、じゃあLoveで”と言うのが精一杯でした。
もう動揺しすぎて、そこから帰路につくまでの記憶が定かではありませんが、かろうじて義姉が“言えたじゃねーか”的なことを言っていたのを、覚えています。
ファイナルファンタジー風に言ったって駄目なんだよ!
「ただいマーメイド」
そんなこんなで自宅に到着すると、リビングには誰もいません。
二階から話し声が聴こえてくるので、母娘3人で談笑でもしているのでしょう。
特にサプライズのつもりは無いのですが、私は黙ってケーキ箱を冷蔵庫に収納して二階に向かいます。
いちいちケーキをアピールするのもイヤらしいし、メッセージプレートの“Love”も謎ですし。
まぁ、夕飯の準備をしていれば、冷蔵庫を空けるので、嫌でもケーキの存在に気付くでしょう。
「カミさん、今日は何合ちゃん?」
「んー、3合ちゃんで」
カミさんは米研ぎが苦手だと言うので、このように何合研ぐか尋ねてから米を研ぐのが、私の帰宅後の役割となっています。
語尾に“ちゃん”を付けるのは、自分でも良く分からないノリです。
米を研いだ後、下の娘と入浴している間に、カミさんが夕飯を作るのがいつものルーティンなので、風呂から上がった頃にはケーキに気付いていることでしょう。
ところが、風呂から上がっても、カミさんも長女もケーキに気付いた様子がありません。
どうやら、その日はカレーライスなので、私の米研ぎ待ちだったようです。
ケーキを入れたのは冷蔵庫の中段で、飲み物は下段の別室に入れているので、このままでは気付かない可能性が高いです。
なんてこった……。
ケーキの存在を黙っていれば、夕飯のカレーで満腹になってしまい、女衆のケーキを食べる余力が無くなってしまうので、私はやむを得なくケーキのことを白状しました。
「なんで黙ってたの? 馬鹿なの?」
「いや、毎年のことだし、言わなくてもわかるかなーって」
まあ、カミさんの言わんとすることは分かります。
前もってケーキを買うことを知っていれば、デザートに合わせた献立にすることができますので。
……でも、毎年のことなんだし“ケーキがあるかも”くらいの頭でいてくれてもいいのでは?――と思うのは、私の甘えなのでしょうか?
まぁ、娘達は喜んでいるので良しとしましょうかね。
――そして家族全員夕飯を食べ終わり、ケーキを食べる時間と相成りました。
果たしてカミさんはメッセージプレートにどんな反応を示すのか?
お互い気恥ずかしくなりそうな“I Love You”は回避できたものの、“Love”だと短文すぎて謎という、複雑な気持ちですよ、私は。
やはりメッセージプレートは無しが正解だったのでは?
――などと考えているうちに、ケーキの箱が開かれ、ついに審判の時がやってきてしまいました。
「Loveって何?」
「さあ? なんだろうねー?」
「こっちが聞いてるんだけど! Loveって何? 何に対してLoveなのか言ってみなさいよ?」
「…………Love and peace……みたいな?」
「……やっぱり馬鹿なの?」
――その後、娘達によるメッセージプレート争奪戦が勃発。
“Love”の文字は、秒で彼女達の胃に収まりましたとさ。
この後、カミさんにケーキ屋での出来事を話したら、爆笑されました。
世界平和はどうだかわかりませんが、我が家の平和はなんとかなったようです。
お読みいただきありがとうございました。
一応完結表記にしておりますが、バースデーケーキ編を追加で書くかもしれません。