ひまわりの天使
僕の目の前に天使がいる。
いや、断じて見間違いではなく、だ。
ただ一つ、本でよく見る天使と違うところがあるとすれば、黒と紫とを混ぜて薄くしたような色をした羽だ。その色のせいなのか、機械でできた翼のように見えた。
「君は....天使?」
「テンシ? それは、空からの使いのことかい?」
作り物のような天使は小首を傾げた。
「うん、まあそんな感じ、だけど......」
「そうか! だったらボクは『テンシ』だな!」
少年のような見た目をした天使はうんうん、と頷いた。
「君の、名前は?」
天使に対する畏怖の念よりも強く、僕の中の興味が口を動かした。
「ボクかい? ボクは......そう、『ひまわり』と呼ばれている」
ひまわり。その名前を聞いた僕は、なぜ彼がここに居るのかを少し理解した。今僕がいるのは叔父が管理する向日葵畑。そして、今は夏。天使と僕の目の前には、咲き乱れる向日葵が広がっている。
「この地上にはボクの呼び名の元になった版画あると聞いてね、立ち寄ってみたんだ」
「ひまわり」という名の天使は眼前の花と同じような色の瞳をゆっくりと動かし、自分と同じぐらいの背丈の向日葵に感心していた。
「天使って、もっとこう....厳かなものだと思ってた......」
「いや、ボクのようなのはほんの一握りさ。そもそも天使は地上には降りてこないしね。ま、ボクはもうすぐ仕事を終えるから....特別にね」
「仕事?」
僕が聞き返すと、天使は空を見上げた。
「ああ。ボクの仕事は空を見ることだ。天から見下ろしてね、晴れだとか、雨だとか、ね。それを地上にいる人に伝えることがボクの仕事さ」
空を見る、いわば天気を見るという事だ。僕もこの天使にお世話になっていたかもしれない。
内心で密かに感謝していると、天使が少し目を伏せた。
「ただ、この仕事も大変でね。何せ一日に何回も見なくてはいけないからさ....ボクみたいなおいぼれ『ひまわり』から新しい『ひまわり』に交代するんだ」
機械のような翼には、よく見ると傷があるように見えた。
「しかし、最後に素晴らしいものが見えたね。向日葵というものは、こんなにも美しいのだねえ」
天使は僕に微笑んだ。
「この向日葵の持ち主に伝えておいてくれるかい? 美しいひまわりをありがとう、とね」
天使はそう言い終わると、光の中に消えていった。
僕はひまわりのような天使を忘れないうちに、青空の下を叔父の家へと駆け出した。
ひまわり9号は現在も稼働中だそうです