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第59話 理想の王

 ヴァスの先導により、ユスティーナはまだ何かわめいているウルールに一礼して歩き始めた。向かった先は王家のみが使用を許されている、最上階のバルコニーだ。警備兵が置かれたその先の空間は誰もおらず、術による防御も張り巡られているため、密談にはもってこいの場所である。


「イシュカはどうやら、あの程度の女にまでナインの再起の噂が広がったことを確認してから、動き始めたらしいな」

「……そう、ですか」


 ナインの二度目の反乱。その話の出所自体がイシュカだったらしいことは、ユスティーナも聞いている。


 さすがのナインも、まだ前回の反乱より一年も経っていないのだ。厳重な警戒下で闇雲に再起を考えるほど愚かではなかった。

 しかしイシュカが彼の反乱の噂をそれとなくばらまき、平行してナインには正体を隠してヴァスの生存を教えたことで、ナインもその気にさせられてしまった。そんな話が流れているほど期待されているのなら、しかもヴァスの助けが見込めるならと、うかうかとイシュカの思惑どおりに再起を目論んでしまったのだ。


「自分があいつに利用されていたことも知らずに、いい気なものだ。そういう連中のほうが、やはりまだまだ優勢か」

「そうでしょうね。これまでのことを考えれば、私が悪いと思われるのは当然です」

「オレもな」


 ユスティーナへの悪口も絶えないが、直接的な被害をもたらしていたヴァスへのほうが眼が冷たいのは当たり前だ。ユスティーナもその点は認めるしかない。


「そうですね。正直、今とても胃が痛いです……せっかく、程々になら甘いものも食べて良くなったのに……」


 結局、山積みされた菓子類とは本日も縁がないままである。可能ならこのまま帰りたいぐらいだったが、そういうわけにもいくまい。


「ですが、せっかくの国王陛下の温情です。あの方と……ヴァス、あなたの優しさが正しかったと証明するためにも、私はもっとがんばらなければ」


 ──あの夜、イシュカがこの世界を去った後。アルウィンにこれまでのこと、全てを話し終えたユスティーナはヴァスに向き直って微笑んだ。さあ、一対一の戦いを始めましょう。


 ところがヴァスは首を振り、「お前の兄が先に言いたいことがあるようだ」と告げたのだ。不思議に思ったユスティーナがアルウィンを見やると、しばらくの間絶句していた彼が、ちょうど長いため息を吐き終えたところだった。


『……ああ、ユスティーナ、愛する妹よ。あんまりこの兄を、役立たずにしないでおくれ』


泣きそうな顔で、アルウィンは切々と訴えたのである。


『……ユスティーナ。私もね、なんとなくおかしいとは思っていたんだ。イシュカの、お前に対する態度がね』


 ここまでひどいとは思わなかったけれど、と付け加えたアルウィンは、ナイン以外の誰もが認める聡明な王である。ユスティーナともイシュカとも近い立場にいた彼が、不穏な空気を感じ取れないはずがなかった。


『だが、私はこの国の王だ。それを言い訳にして、お前を生け贄にし続けてきた……』


 自分を王にしてくれた太陽神の生まれ変わり。玉座を得た後も何かあるたびに助言してくれていたイシュカを、アルウィンは誰よりも頼ってきた。マーバルを統べる者として、彼を失うわけにはいかない。


 その思いはユスティーナも変わらない。兄様を責めたくてお話ししたわけではないです、と慌てる妹に、優柔不断と言われがちなアルウィンはきっぱりと言い切った。


『けれど、イシュカも言っていただろう? 君が理想とする王の道を歩いて行けばいい、とね』


 そして彼は、その場でヴァスをガンドル州の領主に戻すことを宣言し、銀月の君と共にこの国を人と獣が共存できる場所にするよう命じたのである。


『この条件を飲んでもらうよ、銀月の君。私の治世では、救える命は全て救うと決めたんだ』


 そうしてユスティーナは、安易に復讐を受けるわけにはいかなくなったのである。


「ユスティーナ」


 不意にヴァスがユスティーナを呼んだ。その声に含まれたある予感を察したユスティーナは、急いで話を逸らそうとした。


「あ、あの、そろそろ戻りませんか?」

「いや、まだだ」


 じり、とヴァスが距離を詰めてくる。彼が復讐を考えているなら相応しい間合いだ、喜んで待つが、そうではないことをユスティーナは知っている。……思い知らされている。


「つ……つ、次の銀月の君は、どんな人でしょうね!

「次の銀月の君はオレたちには関係ない」

「……そう、ですね」


 ヴァスの手にかからずとも、いつかユスティーナは死ぬ。死んでまた、イシュカと巡り会うのだろう。彼の運命の恋人として生きるのだろう。


 しかしその際の彼女は、今回の生の記憶を失っている。ヴァスの言うとおり、それは次の銀月の君であってユスティーナとは関係ない。口の上手い獣の正論に、ユスティーナはあっという間に手詰まりになってしまった。


「あの、この間、サラとリラが」

「好きだ」


 懲りずに振ったどうでもいい話は、あっさり撃ち落とされた。瞬時に真っ赤になったユスティーナは舞踏会場に戻ろうとしたが、ヴァスに行く手を遮られた。


「愛している」

「や、やめて!」


 簡単に命を使えなくなったユスティーナとヴァスは戦おうとしない。それどころか、連日のようにこうやって率直に口説いてくるのだ。


 最初の数回は冗談か、新しい高度な嫌味だと勘違いもできた。だがヴァスは再三にわたり、「獣返りの愛情など信じられんか?」と付け加えて退路を塞ぎ、ユスティーナをどんどん追い詰めていっているのである。


「……やはり、オレの言うことなど」

「ち、違います! あなたが悪いんじゃなくて……だってだって私、完璧にイシュカ様に去られてしまった、歴代最悪の銀月の君なんですもの! 王妹で可愛くて文武両道で全ての術が使えるだけで……!!」

「やかましい! オレだって別に、望んでお前なんぞのことを好きになったわけじゃないわ!!」


 事実の羅列ではあるが自慢にしか聞こえない。いい加減慣れたはずのヴァスも、いつかのローゼと似たような調子で怒鳴り付けてしまった。

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