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第39話 夢は終わり

「ユスティーナ様、本当におやせになりましたねえ」


 一日の終わり、ユスティーナを夜着に着替えさせながらのサラの評価にユスティーナは笑顔で答えた。


「そう? 嬉しい。元に戻ったかしら!」

「まだです」


 直後、厳しい美意識によってリラがばっさり否定した。


「そう……よね。まだ完全とは、言えないわ」


 リラより銀月の君に対する高い理想像を持つ師匠に絞られて、想定よりも速い速度でやせていっているのは自分でも分かっている。特に腕を酷使しているせいか、上半身はかなり細くなったが、腰回りにぜい肉が残っていた。


「ですが、ちょっとお衣装を工夫すれば、もう昔とそんなに変わりませんよ。ヴァスもローゼも、しょっちゅう見惚れているではないですか」


 マーバルの女性の衣装は肩や腕を出しがちなため、上半身に注目が集まりやすい作りなのだ。下半身の肉付きを隠すのはそんなに難しくないと、やんわりサラが反論すれば、今度はリラも姉に同意した。主に、見惚れている部分についてだが。


「そうですね。ヴァスのやつ、あれで意外と師匠に向いているのかも。手先が器用だし、思ったより世話焼きだし……世話焼きなのは、ユスティーナ様限定かもしれないですけど」

「そうね。でもそのあたりは、ローゼも負けていないわよ。ヴァスと違って人当たりがいいから、すぐにここの生活に馴染んだし」


 かと思えば、サラが妹に対抗する。


「あら、サラはローゼを推すの?」

「そういうわけではないけど、ヴァスの味方ばかりはできないでしょう。あの男、まだ一応はユスティーナ様に復讐すると息巻いているんだから」


 熱心に言い合う二人。連日の特訓に疲れており、うつらうつらしかけていたユスティーナは、「復讐」という単語にはっと覚醒した。


「おっと、失礼しました。最後はユスティーナ様のお気持ち次第ですよね。さあ、そろそろお休みください」


 その反応で双子の侍女たちも、肝心のユスティーナがほとんど話を聞いていなかったことに気付いたのだろう。首を竦めてサラが話をまとめた。


「……そうね。ありがとう、サラ、リラ。お休みなさい」


 小さなあくびなどして見せながら、ユスティーナも挨拶を返した。


※※※


 一度眼が冴えてはしまったが、結局は疲れに負けた。いつもより時間はかかったものの、ユスティーナは眠りに落ちていた。


 しかし眠りは浅かった。しばらく見逃してくれていた悪い夢がじりじりと、忍び寄ってくる。


『やっと会えたね、僕の女神』


 あの森の中の広場でユスティーナを見付け、微笑みかけてくれるイシュカ。色あせない思い出を、これまでずっとユスティーナは、五歳の自分と同化して噛み締めていた。


 だが今夜のユスティーナは、現在の姿で彼らの横に立ち、やっと再会できた運命の恋人たちを無言で眺めていた。


 これは夢。美しく覆せない、過去の再現でしかない。


 そのはずなのに、不意にイシュカがこちらを向いた。らんと見開かれた紫の眼が、現在のユスティーナを捉えた。


「きひゃあっ!?」


 今までにない展開に仰天したユスティーナは、引っくり返った声を上げて飛び起きた。寝ていたので髪は編んでいない。長い黒髪を腕にまとわりつかせながら、上半身を起こして息を整えていたユスティーナは、ふと現実の異変に気付いた。


「ん? あら? ヴァス……?」


 あたりを照らすのは、かすかに差し込む月の光のみ。だが獣返りの金の瞳は、闇の中でこそよく光る。ひどく冷たいその輝きの持ち主が、うっそりと枕元に立ってユスティーナを見下ろしていた。


「えっ? ローゼも、一緒……?」


 ヴァスの横ではローゼも薄闇に沈んでいる。思わずユスティーナは窓の外を確認したが、どう見てもまだ夜だった。夜を若い男と二人で過ごすなという理由で、ヴァスはユスティーナの師匠になってくれたはずである。


「三人なら、いいんですか……?」


 戦い、特に弓術については圧倒的な腕を持つユスティーナであるが、自分が世間知らずであることは一応自覚していた。銀月の君は俗世の常識になど無関心でいいと、イシュカに言われて育ってきたからだ。


 だが最近はよく、それではいけないと思うようになっていた。高貴なる義務を背負って生まれてきた以上、知っていて知らないふりならまだしも、頭から知ろうとしないのはよくないのだと。


 だから、三人なら問題ないのなら、もっと早く教えてほしかった。三人で山籠もりをしていたならば、今頃ヴァスの求める銀月の君になれていたかもしれないのに。彼の復讐を、受けられる立場になれていたかもしれないのに。


「──馬鹿な女だ。まだ気付かないのか」


 とんちんかんな考えを進めていたユスティーナは、ヴァスに嘲られて呆けてしまった。


 口の悪さで有名な男である。馬鹿な女呼ばわりは初めてではなかったが、こんなに強く突き放す意思を感じたのは、再会してから初めてだったからだ。


「ユスティーナ。俺が本当に幼馴染みを頼るために、ここに来たと思ってるのか? こんな、嫌な思い出しかない場所によ」


 その横でローゼも、ヴァスと同じような口調でより具体的に、ユスティーナを小馬鹿にしてきた。


「ローゼ……? え、で、では、なぜ?」


 最初から復讐を口にしていたヴァスと違い、ローゼの動機に違和感を覚えていたのは事実である。ダーントがまだ生きているならとにかく、敬愛する父を失意の中で死なせてしまった以上、ローゼがユスティーナ及びマーバル王家の者たちを許してくれる日は永遠に来ないと考えていた。


 それでも彼を受け入れたのは、何よりも生きて帰ってきてくれて嬉しかったからだ。これからも生きるためとはいえ、許してくれて、頼ってくれて、嬉しかったからだ。


 そうでなければ、ナインも敗北した今、一体ローゼはなんのために戻ってきたのか。


「ナインが再起する」

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