突如の異世界
『俺さえハッピーエンドになっていれば良い』と、思い始めたのはいつだっただろうか。
覚えてはいないが随分と前ということだけは分かる。
そして俺は、いつ何時でもハッピーエンドになるように尽力した。そのおかげか、俺はいつも人生勝ち組と言われ続けた。別に俺は、『努力している人の気持ちも知らずに』といった様なことを言いたいわけではない。俺が言いたいのは、『俺は成功してきた』この一つだ。
だから俺は、今までの生き方を続ける。それが、たとえ地球じゃない場所だったとしても・・・・
「「は?」」
俺の声と、俺の周りを取り巻き総立ちとなっている観客と思われる者たちの声とが重なる。目の前にいる大柄の男は気を失っているのか、微動だにしない。その光景に呆気に取られている俺には構わず、近くにいた女性が高らかに声を上げる。
「五年生、ガリス=ロバート戦闘不能。 よって、二年生、グレア=レッドハーンプルの勝利とする」
よくわからないまま勝利を宣言された俺。
どうやら、転生させられたようだ。俺、死んでないのに。
とは言え、このままここで突っ立っている訳にもいかない。だから、入退場口と思われる場所に向かうことにした。その最中ずっと向けられている、探られるような気持ちの悪い視線を無視して外に出る。
そこでも同じ様な視線を向けられていたが、今までとは違う視線を一つ感じる。その視線は素直にすごいと言われているような感じのものだ。それを辿っていくと、一人の男子生徒の元へと辿り着いた。その男は、手を上げて俺の元へと駆け寄ってくる。
「すげーじゃん、グレア! ライマイ史上最強と謳われる、ガリスの野郎を倒すなんて」
そう言って、俺の髪をもみくちゃにする。それから、俺たちは人の流れに乗って帰路に着くことにした。帰る際に、俺はあれをしっかり見逃すことなく校門を出ていく。
「それにしても、本当にすげーな! 俺にも、アレのやり方を教えてくれよ」
帰り道の途中、この男は興奮した様子で同じようなことを何度も言っている。この男が言っている『あれ』がパンチなのかキックなのか分からない以上迂闊には答えられない。だから、そのたびに誤魔化してはいるがそろそろ限界が近そうだ。だから、一つ鎌をかけてみることにした。
「あれって、あのパンチのことか?」
(どうだ、当たってるか?)
俺は、『違う』と言われた時のことを考えながら次の言葉を待つ。
「あれは、パンチをしてたのか? 速すぎて、俺には見えなかったから分かんなかったんだよ」
この男は、頭を掻きながらそう答える。俺は、思わずずっこけそうになる。だけど、そのことで『あれ』と言っていた理由がわかった。とりあえず、この場ではパンチと言って濁していた方が賢明だと判断した俺は、話を合わせることにする。
「俺も、あのパンチに関してはよく分からないんだよ」
その後に、男から言葉が出ないから俺はもう一声付け足しておく。
「咄嗟に出たって感じで・・・・」
それでも、言葉が返ってこない。
「俺、何か変なことを言ったか?」
我慢しきれずにそう言うと、男はハッと目を見開いた。
「グレア、お前って『僕っ子』だったよな?」
怪しむ様に俺を見てくる男。俺はこの時、思考をフル回転させる。
結果、
「気づいたか? 俺のことを、よく見ているか試してみただけだ」
と、いうことにしておく。
「そうなのか? それよりも、いつも別れている場所、もう過ぎてるけど・・・・」
そう言って、さっき通り過ぎた分かれ道を指でさす。
「あぁ、そうだった。じゃあ、また明日」
俺は、あの男のバカなのか、天然なのか分からない部分に助けられた。そして、多くの生徒を掻き分けながらきた道を引き返して行く。そんな中、1つ俺を追っている様な視線を感じたがさっきの男だと思って、気に留めることはしなかった。
俺は、自分の家がどこか分からないまま、さっきの大通りから分岐されていた道からひたすら真っ直ぐに歩いている。
すると、前方に車みたいで車じゃない乗り物を発見した。外見は一部分を除いては完全に車なのだ。車じゃないところといえば、タイヤがなく宙に浮かんでいる部分だけ。そこが違ってしまうと、車とはいえないのかもしれないが・・・・。
そんな考察をしていると、黒色で高級そうな車もどきの乗り物のドアが開く。そこから出てきた人物は、黒色のスーツを着こなし綺麗な白髪が生えている、これぞ『執事』といった人だった。その人は、深々と頭を下げる。
「おかえりなさいませ、グレア様。私、セバス=ニジェール、お待ちしておりました」
(グレア様って俺のことだよな?)
先の女性が俺の名前を『グレア=レッドハーンプル』と呼んでいたことを思い出す。
だけど念のために、後ろを振り返っておく。だが、そこには誰もいない。と言うことは、俺に言っていたということになる。おそらく、前で立っているセバスとか言う男は俺の・・・・いや、元の体の持ち主の執事ということだろう。ならば、話を合わせておくことしか答えは無いと考える。
「あぁ、ありがとう、セバス」
「滅相もございません。では早速、ご帰宅しましょう」
セバスは、そう言って後部座席のドアを開ける。俺は、その流れのままに車もどきへと乗り込む。セバスも後部座席のドアを閉めてから、運転席へと乗り込む。そして、セバスがバックミラーを確認したところでミラー越しに目が合う。
「グレア様、お顔を直されていませんよ」
セバスは、平然とした顔でそう言って、エンジンをかけた。それと同時に、車もどきは停車していた時よりも上昇してスムーズに前へと発進していく。
その間俺は、車もどきに感心している訳ではなく、セバスが言っていた言葉の意味を頑張って理解しようとしている。
(は? 『お顔を直す』? 俺の顔が変だとでも言いたいのか? 実際、俺の顔という訳でもないが・・・・)
何度考えても、ベストアンサーと呼ばれるような考えは浮かんでこず、気晴らしに窓の外を見ることにする。俺は、その景色を見て圧倒されることになる。そこには、空飛ぶ車が何台も行き交い、なんなら空を飛んでいる人だっている。薄々思っていたことだったが、どうやらこの世界には魔法というものが存在しているらしい。そんな景色に、呆気に取られていると、前方に大きく立派な屋敷が見えてくる。その時、セバスから声が掛かる。
「グレア様、お屋敷はもうそこになります。お早めに魔法を解かれる方が良いと思われるのですが・・・・」
その言葉から数秒後、俺はさっきのセバスの言葉をようやく理解することができた。自分の顔になんでか、かけている魔法を解けと言う意味だったんだと。
(だけど、なんで自分の顔に魔法なんかかけてんだ? もしかして、顔が悪過ぎてそれを隠したいとか? それに、魔法ってどうやったら解くことができるんだ?)
そう考えるも、屋敷まではもう、すぐそこへと迫ってしまっているため、『魔法よ解けろ』と、念じてみることにする。その前に、しっかりと自分の顔を窓の反射を利用して見てから。
『魔法よ解けろ』
もう一度窓の反射を利用して、自分の顔を確かめてみると、そこには、黄金比とでも呼べそうなとても整った美しい、男の俺でも惚れてしまいそうな顔が写っていた。魔法がかかっていた時は、はっきりしない顔だったというのに。
空飛ぶ車から降りた俺とセバスは、屋敷の扉の前に立つ。すると、扉がゆっくりと開かれていく。
「おかえりなさいませ、グレア様」
屋敷の中に入ると同時に総勢十名とちょっとのメイドと執事たちに向かい入れられる。その中には、エルフ族と見られる者もいる。
ここでちょっとした疑問が生まれる。
(挨拶もなしに入っていくと無愛想だろうか?)
元の体の持ち主の行動理論を読みたいところではあるが、何せこの体の持ち主と喋ったことが無い為、読もうにも読むことができない。
その時だった。まるでいつも挨拶をしているかの様な記憶が脳裏に浮かぶ。俺は、その記憶通りの挨拶をすることにした。
「ただいま、みんな。女神ミスラ様の加護がみんなに届くように願うよ」
無事に挨拶を終えて俺は自室に案内されていった。
自室では、流石に一人になることが出来るらしい。それにしても、自室とは思えないほどの大きさだ。普通に、一つの家として使うことが出来そうなほど。
とりあえず、長いソファーに座って今までに起きたことの整理をしてみることにする。
まず、俺は朝起きた時には日本にいた。それは間違いない。朝起きて、一月って言うのに地球温暖化の影響で気温が30℃まで上がって暑くなった室温を下げるために、エアコンを18℃に設定したのも覚えている。
そこから、三十分程スマホを触って、朝ごはんを食べるために、一階に降りようとして廊下に出た瞬間に足元に光が出てきたかと思えば、この世界に転生させられていた。死んでもないのに。
それで、俺はグレア=レッドハーンプルになっていた。そして、ガリスとか言うやつに何かの試合と思われるもので勝利していて、多くの人から色々な感情がこもっていそうな視線を向けられる羽目になったと。で、その後にあの名前も知らない男に話しかけられて一緒に帰った。
あの時にあいつは『ガリスの野郎』と言っていたけど、確かガリスは五年生と審判は言っていたはず。そこから考えると、あの男はガリスに対して良い感情ばかりを抱いてるわけじゃないと言うことだ。
そして、校門を出る時に学校の名前を見てきた。確か、ライジングマイト学園だったはず。あの男が、『ライマイ』と言っていたのは、学校の名称を略したものだったのだろう。
そこから、セバスに会って空飛ぶ車に乗った。その時に、「顔にかけている魔法を解け」と、言われた。なぜ元の体の持ち主は、こんなにイケメンな顔に魔法をかけていたのかが全く理解できない。それに、あの時は言われるがままだったが、屋敷に入る前に魔法を解かないといけなかった理由も分からない。
それにまだ謎はある。さっき、俺の頭に突然浮かんできた記憶のことだ。あの時俺は、どんな挨拶をするべきかで悩んでいると、まるで今までも同じ様な挨拶をしてきたかの様な記憶が脳内再生された。最後に、何で俺が転生する羽目になったのか。
これらのことを繰り返し繰り返し考えていると、時間は一瞬にして過ぎてたらしい。セバスが、夕食の迎えに来た。
「失礼します。グレア様、ご夕食の準備ができました。ご主人様と奥様もお待ちとのことであります」
そう言うとセバスは部屋を出ていく。
俺一人では食事を取る場に行くことは不可能と思い、すぐさまセバスの後を追う。
この時の俺は忘れていた。ガリスという人物が、『ライマイ史上最強』と、言われていたことに。
「それじゃあ、いただきましょうか。女神ミスラ様の恩恵に感謝を、そして大地の恵み、天の恵みに感謝を」
柔らかい声でそう言った女性は、おそらく俺の母親に当たる人だろう。今の言葉にも、『女神ミスラ』が出てきていたが、この世界では『女神ミスラ』とはどう言った存在なのだろう。
そんなことを考えながらも、とりあえず今は食事と思い、目の前に広がる食事に手をのばそうとしたところで、この場にいる全員の視線が俺に向いていることに気づく。
(おそらく俺が何か言わなければいけないのだろう)
そう直感的に判断した俺は、一つ咳払いをして間を作る。
だがそんなことをしたところで、状況が変わることはない。
少し焦る俺。すると、また俺の脳内で再生される記憶が出てくる。さっきと同じ様に俺は、脳内再生された記憶をそのまま実行に移すことにする。
「女神ミスラ様の恩恵に感謝を」
俺のその一声を境に、食事は始まった。メンバーは、俺、おそらく母親、おそらく父親。
今日の夕食のメニューは、トカゲの尻尾、きのこ頭のおっさん、猿でも口にしないスープ、パン・・・・ではないのだろう。何かの尻尾の丸焼きと、きのこのマリネと思われるものと、紫色のスープとパン。唯一初めましてじゃない食材がパンだ。
食事が始まると、第一声、父親が俺に話を振る。
「グレア、明日はついに、宿泊研修会からグリントが帰ってくるな」
「っ! ・・・・そ、そうでうすね」
吹き出しそうになるのを何とか堪えて、そう返事をした。そして、脳内をフル稼働させる。
(グリントというのは、兄か弟なのか、はたまた姉なのか、それとも妹なのか。もしかしたら従兄弟という線も入れておこう)
俺が、脳内フル稼働させていると今度は母親が声を上げた。
「グレアちゃん。ちょっと反応薄くない? ・・・・はっ! もしかして反抗期?」
喚く母親を横目に、またしても脳内フル稼働。
(今のを反応を濃くしろと言われても・・・・。だけど、元の体の持ち主は明るい人だったってことが分かったことは収穫になる)
そんなことを考えながらも、一応謝っておくことにする。
「すみません、少し反応が薄過ぎましたね」
今の俺なりの精一杯の笑顔でそう言うと、今度はまた父親が声を上げる。
「グレア、なんかいつもと違う気がするんだが・・・・。いつもはもっと明るいぞ。調子が悪いのだったら、部屋に戻っても良いんだぞ」
(嘘だろ? これ以上明るくしろってのか? )
俺は、心の中で思っていることを口に出さないようにしながら、今日のところは部屋に戻らせてもらった。
自室に戻った俺は、部屋に備え付けられているお風呂を使わせてもらう。そして、特にできることもないため寝ることにした。
俺が寝ている最中に、体の中が騒がしい気がしたのは気のせいだろう。
「おはようございます、グレア様。調子はいかがでしょうか?」
目を覚ますと同時に、セバスが丁寧なお辞儀をしてそう言った。
「おはよう、セバス。昨日早めに寝たから、調子はもう大丈夫だよ」
セバスに挨拶をして、ベッドから立ち上がる。そしてそのまま朝食を摂りに行く。どうやら、今日両親は忙しいらしく朝一番に家を出たとのことだ。
そこから朝食のメニュー以外は特に何もなかった。ちなみに、朝食のメニューはと言うと、サビキ釣りで使うアマエビとコマセの盛り合わせ、アロエの先祖のサラダ、金魚掬いで金魚と一緒についてくる水風味のスープ。あと、パン。おそらくは、エビ的な何かとチリメンジャコ的な何かの盛り合わせと、何かよく分からない緑のトゲトゲのついたもののサラダと、ほぼ無色透明だが僅かに色付いているスープとパンだと思う。結局朝食も、パンしか食べたことがあったものは無かった。
そして、ついに学校に行く時間が来てしまった。
「グレア様、ご支度は整いましたでしょうか?」
セバスは、俺の身なりを確認した。
「では行きましょう」
身なりの確認を終えたセバスはそう言った。
それから、セバスと俺は空飛ぶ車に乗り込んだ。
そして、屋敷の敷地を越えて少ししたところでセバスが口を開く。
「グレア様、そろそろ魔法をおかけになった方がよろしいかと」
そう、これが一番の問題だ。元の体の持ち主がなぜ自分の顔に魔法をかけていたのかが分からないし、第一魔法の解き方は昨日たまたま分かったけど魔法のかけ方は何一つとして分からない。セバスに聞くっていうのも一つの手だとは思うが、それはそれで怪しまれることになりそうだから極力避けておきたい。となると、解決策は一つに絞られる。
「今日から、魔法をかけて学校に行くことを辞めるよ」
そう言うと、セバスは慌てた様子で聞き返してきた。
「えっ? 申し訳ございません。ま、魔法をかけない?」
「うん。今僕はそう言ったよ」
「本当におっしゃているのですか?」
セバスの勢いに呆気に取られていると、セバスがひとつ咳払いしてから再び口を開いた。
「申し訳ございません、少し取り乱してしまいました。今日からは、魔法をおかけにならずに学校に行くとのことですね。承知いたしました。ですが、宜しいのですか? グレア様がそれでよろしいとおっしゃるのならば私はかまいませんが・・・・。本当に宜しいのですか?」
「僕は別に構わないよ」
「そう・・・・ですか。でしたら、私としても言える事はありません」
セバスは、まだ何か言いたそうにしている気がする。それに、セバスがこんなにも念を押すということは、きっと何かがあるのだろう。だけど、魔法が使えないことに関してはどうしようも出来ない。
そうして、昨日車に乗ったところで俺は車から降りた。そのまま俺は、昨日途中まで一緒に帰っていた男と歩いていた大通りに出る。そこには、大勢の通学中の生徒たちがいた。俺は、その波に乗っかるために曲がり角から一歩踏み出すと、どこからかこんな声が聞こえてきた。
「えっ? あのお方って、国王陛下の息子のグレア=レッドハーンプル様じゃない?」
「まじ? 同姓同名の人が、うちの学校にいるとは聞いていたけど・・・・。あの顔に、オーラ、絶対にグレア様で間違い無いわね」
どうやら、俺と同姓同名の国王の息子がいるらしい。紛らわしいからやめてほしいものだ。そう思いつつも、俺は学校へと足を向ける。
その道中、一つ感じたものがある。
(おかしい)
そう、昨日とは顔が全然違うっていうのに俺への視線が強すぎる。それも、昨日よりもはるかにきつい気がする。俺の自意識過剰かと疑いたくなるほどに。
その時、後ろから肩をつつかれた。
「おはよう、グレア。髪の色と髪型を変えたのか? いつもと全然雰囲気が違うから気づかないところだったぞ」
そう言って、俺の顔を正面から覗き込む男は、昨日途中まで一緒に帰っていた男だ。さすが、一緒に帰っているほどのことはある。俺の顔や髪型が変わったぐらいでは、誰か分からなくなる様なことは無いらしい。
「おはよう、えーと・・・・」
俺は挨拶をし返そうと思ったが、一つ困ったことがあった。
(しまった。この人の名前、俺知らないんだった)
そう、俺は目の前にいる男の名前を知らない。だから俺は、相手の顔をまじまじと見つめる。なぜなら、顔から連想される、それっぽい名前を言ってみると案外当たっているかもしれないからだ。
だがその時、周囲の異変に気づく。急に、辺りが静まり返ったのだった。まるで、誰かがやらかしてしまったのを全員が目撃してしまったかの様に。そして、目の前の男に関しては、蛇に睨まれたウサギの様になっている。もちろんウサギ側だ。すると、急に目の前の男が土下座をして凄まじい勢いでこう言った。
「も、も、申し訳ございませんでした。私はミイスタ=ハシェミットと申します。まさか、国王陛下のご子息様であれれるグレア=レッドハーンプル様とは知らずに、さ、先ほどの無礼をお許しください」
聞き間違いと思いたいような話だった。
(俺が国王陛下の息子だって?)
まさかの情報によって立ちくらみが起きそうになるが、必死に堪える。だけど、その情報によって色々と見えてきたものもある。まず、元の体の持ち主がなぜ顔を変えて学校に登校していたのか。これは、国王陛下の息子ということがバレてしまうと目立ってしまうからだろう。そして、セバスがあんなにも『顔を変えずに学校に行くのか』と、念を押していた理由もきっとそれと同じだと思う。
とりあえず今は、ここからいち早く逃げることが最優先だ。と、言うことで俺はミイスタに返事をしてから学校へと即座に向かった。
「はぁー」
俺は、トイレの個室で深いため息をつく。何とか学校のトイレに入ることができたが一時避難場所として、トイレを選んだことは間違いだったかもしれない。このままトイレの中に引きこもると言うわけにもいかないし、かといって今すぐ出ていっても多くの生徒が登校中だ。それに、俺は自分が行くべき教室も知らないからトイレから出たところで、廊下を彷徨って目立つだけだ。そう分析をしていると、個室の外から話し声が聞こえてきた。
「そういえば、国王陛下の子供がここに来ているらしいぞ」
「マジ?」
「マジ。確か名前は・・・・、えーと、何とかレッドハーンプル様だったはず」
「グレア=レッドハーンプル様な」
その後も俺に関する話題が続き、用を終えた2人は去って行った。
『やばい』としか感想が出ない。既に、情報が出回っているとなるとトイレから今まで以上に出たくなくなる。もういっそ、今日一日トイレに引きこもろうか真剣に考えるぐらいだ。
[本当に困ったねー。あっ! しまった]
俺の体内で声が響く。
[お前誰だ?]
[ありゃ、気づかれちゃったか。それにしても、本当に困ったことになったね]
[お前は困ってなさそうだがな]
[いやいや、困っているよ。だって僕と君はいわゆる、一心同体って言うやつだからね。君の考えは全て僕にも伝わってくるし]
[いや、お前の考えは俺に伝わってこないから一心同体ではない。そんなことはどうでもいい。もう一度聞くが、お前は誰だ?]
[そんなに急かさなくてもいいじゃないか。僕は、君が言うところの『元の体の持ち主』だよ]
どうやら、本当に俺の思考が読めているらしい。
[疑わなくたっていいじゃないか]
元の体の持ち主がそう言ったところでチャイムが鳴り響く。このチャイムが予鈴なのか本鈴なのかが気になるところだ。
[疑いたくもなるさ。他にも聞きたいことはあるが、それはまた後だ。最後に、お前の教室はどこだ?]
[君が聞きたいこととやらを君の思考から読んでおくよ。で、教室は、今君がいる棟の二階の一番奥だよ。席は、ミイスタの隣で一番後ろの一番奥から一つ手前だよ。あと、今のチャイムは朝礼の五分前になる予鈴だから急げば朝礼には間に合うと思う]
俺は、元の体の持ち主に言われた通りに進んで行く。そして、たどり着いた場所は『2年1組』と書かれているクラスだった。俺は、教室の中に入りたく無いという気持ちと、入らないと始まらないという気持ちで葛藤しながらも、チャイムがなってから教室に入る方が目立つと考え、満を持して教室の後ろの入り口から突入する。その突入と同時にチャイムも鳴った。俺は、俯きながら一直線に一番奥からニ番目の席へと進んで行く。
そして、席に着いてから顔を上げると左の席にいるミイスタこそ驚いているものの、右の席の生徒、及び他の生徒たちは俺の存在に気づいていないのか友達同士で話をしている。そのことに気づいた俺は、周りがだんだんと見える様になってきた。
俺が落ち着きを取り戻してきていると、教室の前の扉が開く。
「おはようございまーす。みなさん、今日もお元気で・・・・す・・・・か?」
全体を見回しながら、挨拶をする担任と思われる女性教師。全体を見回しているのだからもちろん俺と目が合う。よって、担任の先生が凍り付く。教室にいる全員も先生の異変に気が付いたらしく、先生の視線を辿っていく。もちろんその視線の先には俺がいる。だから、教室にいる人物全員が凍り付く。そのまま時は流れ続ける。このままだと、誰も解凍されずに時間だけが過ぎていくと判断した俺はその場に立ってから、話をすることにした。
「昨日までの『グレア=レッドハーンプル』と、今日の『グレア=レッドハーンプル』は同じ人物です」
『実際には全然違うけどな』と、自分にツッコミを入れつつも続きを話す。
「だから、僕と接する際には今までと同じように接してくれたら嬉しく思います」
俺は、最後に頭を下げてから椅子に座り直した。
そこから、沈黙が一秒二秒と続いていき三十秒程した時だろうか、先生がその沈黙を打破した。
「そ、そういう訳、ら、らしいので皆さんそういう訳で。で、では、一限目は魔法の授業となっているのでマジックルームに遅れずに来てくださいね」
そう言って、先生は逃げるようにして教室を去って行く。
俺は、マジックルームとやらがどこにあるかが分からない以上みんなの動き出しを待っておこうと思った矢先、一名の来訪者がクラスメイト全員の視線を背負ってやって来た。
「グレア君、で良いのかな?」
「うん、でも呼び捨てにしてもらっても良いよ」
「分かった。喋る時にも、敬語は必要ないってことで良いよね?」
「もちろん」
俺がそう返すと、ポニーテールを揺らし、自席である一番前の列の右から二番目の席へと戻って行った。おそらく、クラスメイト全員のために俺との接し方の確認をしたかったのだろう。
[おい、あいつの名前は?]
[彼女は、トリーニャ=ネーヴィスだよ]
クラスメイトの名前を覚えていないとなると、不審がられるだろうから早く覚えないといけない。
[その必要はないと思うよ。まだクラス替えしたばっかりだし]
[そうなのか? ていうか、俺の思考を勝手に読むのやめてもらえます?]
[あはは、ごめん、ごめん。だけど、勝手に頭の中に流れ込んできちゃうんだよ]
心の中で話をしていると、さっきまであんぐりと口を開けていたミイスタが話しかけてきた。
「昨日までのグレアで良いんだよな?」
「そうだよ」
「じゃあ、ちなみに俺の名前は何だ?」
さっき、俺に謝っていた時に名前を言っていたことを忘れているのか、はたまた、ただのバカなのかは分からないが、とりあえずは答えておくことにする。
「ミイスタ=ハシェミット、だろ?」
「正解、どうやら本物のようだな」
本物かどうかの確認を終えたミイスタは満足げに頷く。本物かどうかを確認するためには、もっと難しい質問をすれば良いと思うが、そのことは口には出さない。あえて、自分で自分の首を絞める必要もないし。
そんなことを考えていると、教室の大体の人が移動を開始し始める。
「グレア、俺たちも行こうぜ」
「そうだな」
それから、俺は学校中と言っても過言ではないほどの人たちから視線をあびながらもマジックルックームへと向かった。
「はーい、みなさん揃いましたね。今日はみなさんが二年生になってから初めての魔法の授業ということなので、大体はわかっているつもりなのですが、基礎能力を見たいと思います」
少し時間が経って落ち着きを取り戻した先生が俺たちの前に立って説明を始めた。
どうやら、俺たちの目の前に聳え立っている、ジャッジウォールと言われているものに自分の最大火力である魔法をぶち込めばいいらしい。それに魔法をぶち込むことによって、そ魔法の属性と威力が壁に表示されるらしい。
早速一人目がぶち込んだ。属性は水と地で、威力は9901だ。そして二人目のトリーニャが魔法を放つ。属性は光と闇で威力は9900だ。その二人が魔法を放った後はとても大きな拍手が起きていた。
ちなみに、順番はというと席順らしい。だから俺は、最期から二番目ということになる。最初の二人こそ見てはいたものの、俺はやらなければいけない事を実行する。
[おい、魔法はどうやったら発動させることができるんだ?]
[そうだった、そうだった。君は、昨日魔法をいとも簡単に解くことができていたから発動も簡単にできると思うよ。まずは、『マジックオープン』と念じることによって今の自分が発動することができる魔法が頭に浮かんでくる。そしてその中から、使いたい魔法を強く念じることによって魔法を発動させることができるよ]
[そうか、多分理解した。]
そんなやりとりをしていると、あっという間に俺の番が回ってきた。
「グレア君、君の番です。」
先生が俺を招く。
俺は一つ息を吐いてから、魔法を発動させようとする。
(分かってはいたが、視線が結構強いな)
そう思いながらも意識を魔法に向ける。
『マジックオープン』
そう念じることで色々な魔法が浮かび上がる。その中から俺は適当なものを選び再び念じる。
(実は適当に選んではないがな)
『レインボーアロー』
すると、七色に輝く弓と矢が俺の手元に現れる。
[あっ! ちょっと待って!]
そんな声が聞こえるがもう止められそうにない。それに、今ので俺の考えは当たっているかもしれないことが分かった。
俺は、矢を放つ。
そして前を見ると、そこにはとんでもない数値が叩き出されていた。
属性、光、闇、炎、水、氷、雷、地
威力、29900
一日一回か二日に一度のペースで出していけたら良いと思っています。ありがとうございました